第13話 ランキングバトル、初戦
あのダンジョン事件から数日後。
朝のニュース番組では、獅ノ目組が冒険者協会へ正式に解散届を提出した――そんな話題が流れていた。
……まあ、そうなるよな。
黒瀬や獅堂がその後どうなったかまでは分からない。
だが今回の件が引き金になったのは間違いない。
仕返しが来るかもしれないと思い、念のため朱莉を守るために学校を休んでいたが、その必要ももうなさそうだ。
そして京介――
あいつは獅ノ目組を抜け、そのまま学校寮に移ることになった。
元々特待推薦だったらしく、学費は全額免除。
寮費もほぼ無料。
つまり最初から、組の金に頼る理由なんてなかったらしい。
『これからは、自分の力で生きたいんです』
そう言って、寮の端の小部屋へ移った京介は、今は寮の雑務アルバイトとトレーニングで忙しくしているようだ。
……あいつなら、強くなる。
借金の鎖が外れたせいか、家の空気もどこか明るい。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
朱莉が笑顔で手を振ってくれる。
その姿を見送ってから、俺は久しぶりに学校の門をくぐった。
朝の空気は思ったより軽い。
日常が、ようやく戻ってきた……そんな感覚だった。
――冒険者学校。
数日来てないだけなのに、ものすごく久しぶりな気がする。
校舎の廊下を歩いていると、ひとりの男子が反対側から歩いてきた。
黒田仁。
以前、俺に絡んできたクラスメイト。
あいつと目が合った。
少し前なら、こちらを威圧するように睨みつけてきたはずだ。
だが今日は違う。
黒田は一瞬だけ眉を動かすと、そのまま何も言わずに俺の横をすれ違っていった。
……ふむ。
別に謝罪されたわけでも、仲良くなったわけでもないが、明確に向けられていた敵意が消え去ったのは、非常に良いことだ。
まぁ俺としても、過去の因縁にいつまでも時間を使うつもりはない。
俺はそのまま教室の扉を開けた。
「おはよう、九十九くん!」
「お、おはよう~」
「この前休んでたけど大丈夫だった?」
驚いた。
まるで普通のクラスメイトを見るかのように自然に声をかけられる。
このクラスの雰囲気からして、俺が最弱で足手まといだという考えは、少なくともかなり減ったようだ。
俺は軽く会釈して席につく。
……平和だな。
ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。
穂高にとって、学校は地獄そのものだった。
日々最弱と罵られ、暴力を振るわれる日々。
そして家に帰れば獅ノ目組の恐怖に怯える。
それが以前までの九十九穂高。
だが今、その壁は全てとっぱらわれた。
今の景色、穂高が見たらどう思うのだろうか?
喜んでくれるといいんだがな。
そんな平穏を噛み締めた五分後――
廊下の向こうで、バタバタと騒がしい足音が聞こえた。
近づく声。
どんどん大きくなる気配。
嫌な予感がする。
ガラァァン!!
教室中に響く勢いで扉が開いた。
「穂高さーーんッ!!」
やはり京介だった。
一年Aクラスにして、近接最強の男。
「えっ、だれ?」
「Aクラスの獅ノ宮京介だよ。この前ニュースでやってた獅ノ目組の……」
「なんでDクラスに来んの?」
「ていうか 穂高さんってもしかして……九十九のこと言ってんのか??」
ざわつきは止まらない。
京介は息を切らしながら俺の机に両手をつく。
「穂高さん……!!!!」
「落ち着け。どうした?」
「それがですね、Dクラスの前を通り過ぎた瞬間、俺の穂高さんセンサーが反応して……!」
「そんなセンサーはない」
「心のやつです!!」
周囲がクスクス笑い始める。
「なんか……青春してる?」
「惚れられてるじゃん九十九……」
放っておこう。
訂正したら余計燃えるだけだ。
「で、結局用はそれだけか?」
「……あ、いや、違くて……俺が穂高さんを探してたのは、これです!」
京介はスマホを俺の机に突き出す。
画面には校内ランキングバトルの対戦表。
そして、表示された【九十九穂高】の名前。
「……明日の放課後か」
「そうなんですよ!!」
京介は机を揺らす勢いで食いついてくる。
「穂高さん……! 俺、応援しに行きますね! いや応援というより……見届けたいんです!! 俺の新しい人生のスタートを導いてくれた人の戦いを!!」
「そんな大げさな」
「大げさじゃありません!! 俺にとっては人生の一大事なんです!!」
クラス中が静まり返る。
「明日の放課後、絶対行きますから! 必ず応援に行きますから!!」
「来なくていい」
「行きます!!」
ちょうどその時、担任が入ってきた。
「……獅ノ宮くん。授業はじまる。戻りなさい」
「すみませんっ!!」
京介は深く頭を下げ、俺に熱い目を向けて囁く。
「明日……絶対見に行きますから……!」
「来なくていいと言っている」
「むしろ行かない選択肢がないッ!!」
叫びながら全速力でAクラスへ戻っていった。
――静寂。
さきほどまでの騒ぎが嘘のように、教室はしんと静まり返る。
そして……
「……九十九って、やっぱヤバいやつなのか?」
「いやいや、あの獅ノ宮があそこまで懐くって普通じゃないだろ」
「明日のランキングバトル……観に行く?」
勝手な憶測が広がっていく。
こうなってしまうか。
やはり京介には、学校では絡まないように言い聞かせとくべきだったな。
……しばらくは騒がしい日々になりそうだ。
* * *
翌日。放課後。
演習場に向かった瞬間――俺は少しだけ驚いた。
観客席がざわついている。
いつもは空席だらけのはずなのに、今日は人がぎっしり詰まっていた。
「おい、あれがDクラスの九十九ってやつらしいぜ」
「獅ノ宮京介が肩入れしてるって噂、本当?」
「なんか……やべぇもん見れる気がする」
誰かの好奇心が、次の誰かを呼んで。
こうして世の中には、人だかりができるのだろう。
……めんどくさいな。
ただのランキングバトルの一戦だ。
目立つような内容ではない。
そう思いつつ歩いていると――
「穂高さーーーん!!」
今日もいた。
京介が最前列で手をブンブン振っている。
その近くには紗和もいた。
胸の前で手を合わせて、小動物みたいに不安そうに揺れている。
「ほ、穂高……! 無理せず、ダメだと思ったらすぐにリタイアね!」
「あ、あぁ」
俺は手を挙げ、そう答える。
昨日もメッセージで同じことを言われた。
本当に紗和は穂高のことが心配らしい。
だったら、余計負けるわけにはいかないな。
ふぅ、と小さく息を整えた。
審判役の教師が声を張る。
「両者、前へ!」
俺は今日の対戦相手の正面に立つ。
茶髪の女子。
背は俺より少し低い。手足は細いが、両拳を握る姿には覚悟が滲んでいた。
「九十九穂高さんですね。……あの、手加減とかはいりません。貴方の全力を見せてください!」
丁寧な声だった。
「そうか。分かった」
礼を交わし、それぞれ距離を取る。
審判の手が上がり――
「では。これより〈一年Bクラス、風祭美鈴VS一年Dクラス、九十九穂高〉ランキングバトル、開始!」
乾いた空気が張り詰める。
「……っ!」
相手の女子生徒が魔力を前へ集中させる。
風属性の初歩魔法、風刃を形成しているのが分かる。
魔力の密度は低い。
だが真剣に戦う意思は伝わる。
だからこそ――俺も誠実に応じる。
最短で終わらせることが、彼女への礼だ。
「――失礼」
踏み込む。
たった一歩。
それだけで、風刃が放たれる前に間合いを詰められた女子生徒は、反応が追いつかなかった。
「え……?」
軽く肩へ触れる程度の動作。
だがその瞬間――風が乱れ、魔法の形が崩れた。
魔力操作の肝を崩しただけだ。
彼女は驚いたまま動きを止める。
そして俺は軽い掌底を、彼女の背中に打つ。
「……ッ!?」
バランスを崩し、手を床に付きながらも、なんとか姿勢を立て直そうとするが――
「この辺で終わろう」
俺は彼女に手をかざし、掌から炎をチラつかせた。
「……降、参です」
ハッとした表情。
負けを確信した彼女、しかしなぜか嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「勝負あり!」
審判の声が響いた。
静寂。
そして――
「「……はやっ!?」」
観客席が一気にざわついた。
「ちょっと触れただけだよな……?」
「魔法の発動スピードも有り得ないくらい速いし」
「今の見えた? え、何が起きたの?」
京介は叫ぶ。
「さすがです穂高さん!! やっぱり俺の目は間違ってなかった!!」
こんなにも観客がザワついている中でも、京介の声は一段とうるさかった。
はぁ。
変なやつに気に入られたもんだ。
「九十九さん!!」
倒された相手の女子生徒が、走ってこちらへ来た。
「は、はい?」
「お願いがあるんです!」
彼女は急に俺の耳元で囁き始める。
「あなたの力を、どうか貸してください!!」
弱く震えた彼女の声が、俺の耳までハッキリと届いたのだった。




