表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

第12話 よし、帰るか


 拳を引いた瞬間、獅堂の身体がふわりと浮き、そのまま洞窟の床へ崩れ落ちた。


 白いスーツは土埃にまみれ、動きはない。

 呼吸はしている。

 死んではいないが――しばらく目を覚ますこともないだろう。


「……終わったな」


 俺が呟くと、


「ほ、穂高さん……!」


 背後から京介が駆け寄ってきた。


 涙と汗で表情はぐしゃぐしゃだが、その瞳だけはまっすぐで濁りがなかった。


「俺……俺、本当に救われました。ありがとうございます……!」


 そう言って深々と頭を下げる。


 京介の魔力の質は淡く澄んでいる。

 そして一切曇りがない。

 それは、真っ直ぐ生きてきた証拠だ。


 俺は首を横に振った。


「礼を言われるようなことはしていない。ただ、自分で進む先を選んだだけだ」


「でも……俺、ずっと怖かったんです。ボスを裏切ることも、自分の人生を選ぶことも」


「怖くて当然だろう。だがその一歩を踏み出したのは、お前自身だ。誇っていい」


 京介の喉が震え、拳を強く握った。


「……はい」


 獅堂の倒れた身体の傍には、大きな黒い鞄が転がっていた。


 京介はその鞄を拾い、中を探る。


「……ありました」


 しばらくして京介が取り出したのは、一枚の書類だった。


 角は折れ、シワもついているが――見覚えのある名前が記されていた。


「これは……父親の……」


「九十九家の借金契約書です。ボスはこれを永久拘束の道具として保管していました。だから……」


 京介は書類を両手で差し出した。


「これ、あなたが持っておくべきものです」


「……借金はどうなる?」


「破棄できます。俺はもうすぐ組を抜けますが……代理人としての権限は、まだ少し残っている。ダンジョンを出たら、一緒に返済義務の破棄手続きをしましょう」


「助かる」


 俺が受け取ると、京介はほっと息をついた。


 これで九十九家の問題は――終わる。

 朱莉の未来は、守られた。



 それからダンジョンの出口へ向かう道。


 魔力の濃い空気が薄れ、風が微かに流れ込んでくる。


「……穂高さん」


「なんだ?」


 京介は少し照れくさそうに笑った。


「俺、これから……もっと強くなりたいです。今日、穂高さんが戦ってるのを見て……胸を張って、人のために動ける冒険者でいたいって思いました」


「いい考えだ」


 京介の背中に、もはや獅堂の影はなかった。


 この選択が正しいかどうかは、これからの京介自身が決めればいいことだ。


 これから俺と京介の関わりがなくなったとしても、俺は彼の人生を応援したいと思った。


 そう思って外に出ようとした時――


「……あの、穂高さん」


「どうした?」


「これから穂高さんのこと、その……師匠って呼んでもいいですか?」


 俺は即答した。


「断る」


「即答ッ!?」


 京介が情けない声を上げる。


「俺には師匠がいる。弟子を取るつもりもない。第一、俺自身もまだ未熟な身。師匠と呼ばれるほどの立場じゃないんだ」


「えぇ……でもぉ……」


「呼ぶなら名前で呼べ。穂高でいい」


 しばらく黙ったあと――


「……ありがとうございます、穂高さん」


 明るい笑みで京介は深く頷いた。


「でも穂高さん……修行は、つけて欲しいです」


「いや、断る」


「また即答ッ!?」


 俺が修行をつけなくとも、京介はこれからもっと強くなるだろう。


 その時、再び肩を並べることになる。

 そんな予感があった。


 俺も京介に置いて行かれないよう、しっかり鍛えておかないとな。


 洞窟の出口、ダンジョンゲートが揺れている。


「…よし、帰るか」


 京介の新たな未来を祝福している――そんな光に感じた。



 * * *



 薄暗いダンジョンの中。

 俺、黒瀬戒士くろせかいしはゆっくりと目を開けた。


 焦点が合わない視界。

 痛む腹部。

 倒れたままの体。


「……俺は……負けたのか……?」


 呟いた声は、驚くほど弱かった。


 ふらつきながら体を起こし、周囲を見る。


 気絶した獅ノ宮獅童が横たわり、黒服の姿はどこにもない。


 ――壊滅。

 

 残っているのは惨めな敗北感だけだった。


「……終わりだな」


 俺は立ち上がろうとしたが、膝が崩れた。


 腹の奥で、何かが折れたような感覚。

 拳を握る。


 獅ノ目組にとって、金が全て。

 そして敗北は死だと教えられてきた。


 だから俺は自分の重力魔法を鍛え続け、ここまで強くなった。


 全てはこの組のため。

 ある不祥事で冒険者ギルドを追い出された俺を拾ってくれたボスのため。


「俺たち……もう、ここまでですね」


 きっと組はこれで崩壊。


 獅ノ目組でない自分、負けた自分に生きる価値など一切として感じない。


「……今まで、ありがとうございました」


 魔力を指先に集め、最後の一撃を自分へ向けようとした――その時。


 コツ、コツ、と靴音が響いた。


「――死ぬには早いぞ」


 静かな声。

 しかし空気を震わせるような圧。


 俺はその声の主を見た。


 若い男。

 俺と同じ黒服を着ている。

 表情は穏やかだが、瞳の奥だけが異様に深い。


「……誰だ、貴様」


 こんな奴、獅ノ目組にいなかったと、今更ながらに俺は気づく。


 男は答えず、ただ歩み寄ってきた。

 その歩みは音もなく、影のように静かだった。


「重力を操る冒険者が、こんな場所で死ぬとはな。非常に惜しい」


 心が揺れる。


「俺は……敗北者だ。俺に価値など――」


「ある」


 その声は淡々としているのに、なぜか絶対の確信があった。


「お前にはまだ伸びしろがある。ただの敗北で終わる器ではない」


 俺は理解できず眉を寄せた。


 男は続ける。


「九十九穂高。あいつは必ず上へ行く者だ。リベンジ……したくはないか?」


 胸がざわりと鳴る。


「……俺では無理だったんだ」


 それに一度負けた相手にもう一度挑むことなど、俺にとっては恥でしかない。


「今のお前ではな。だが――これからのお前なら、話は別だ」


 男の瞳が、僅かに笑った。


 俺はかつて感じたことのない震えを覚える。


 恐怖か。

 畏敬か。

 あるいは……憧れに近い何か。


「知りたくないか? お前の魔法……重力魔法の、本当の底を」


 呼吸が止まった。


「それとも一度敗けた程度のプライドを――抱えたまま地獄に落ちるか?」


 男はゆっくり手を差し出す。


「来い、黒瀬戒士。ここからお前の人生を作り直してやる。僕の元で、な」


 俺はしばらく思考が止まる。


 だがこの男の言葉は、胸に強く響いた。


「……俺に……まだ価値があるのなら……」


「ある」


「強くなりたい。あいつに……九十九穂高に、勝てるほどに」


 俺は男の差し出した手を取った。


「それで、貴様は……何者なんだ?」


 男は一瞬だけ目を細め、微笑む。


「そうだな。今は『仙人の後継者』とでも名乗っておこうか」


 そして男は背を向ける。


「ついてこい。黒瀬戒士。お前の物語は――ここからが本番だ!」


 俺は迷いなく、その手を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ