[はやボク] 1-8.名前の書き方
「私の名前さ――」
また今日は一段と唐突な切り口ですね、ソラさん。
そういえば初日に名前を聞いたとき留学生なのかなって思ったよな。
《ユン・ソラ》
名前も苗字もカタカナだし。
「学籍登録的にはカタカナ表記なんだけど、漢字表記もあってさ」
ちょっと照れくさそうに語り出したソラが、少しだけ可愛らしく見えた。
「そうなんだ? 中国からの留学とか?」
「ううん。一応日本国籍。おじいちゃんがね、在日朝鮮人で、私その三世なの。ルパン三世」
「何それ、世紀の大泥棒? ていうかアルセーヌ・ルパンはフランス人だよ」
「そうなんだ、今知った。キミって物知りだね」
まあ、引きこもりなんてやってると無駄に雑学だけは身に着くんだよね。
「それでね、私の名前を漢字で書くと、苗字の《ユン》は伊藤博文の《伊》の字のニンベンが無い《尹》って書いて、《ソラ》は青空の《空》に胡蝶蘭の《蘭》って書くの」
《尹・空蘭》
綺麗な響きだなと思っていたけど、漢字で書くその字も綺麗だし可憐。
日頃はガサツに振る舞ってて、いい子を演じる策略的な子なのかと最初は思ってたけど、本当は繊細で優しくて思いやりのある子なんだなって最近分かってきた。
「素敵な名前だね」
「ほんとに!? ありがとう! 嬉しい!!」
「完全に名前負けしてるけどね」
「キミさ、そういうとこだぞ! だから友達出来ないんだよ。むー」
「ほっとけ(笑)」
こういう屈託のない膨れっ面もこの子の魅力なんだろう。誰からも愛される、優しい子。ちょっと羨ましくもある。
「でもね、《空蘭》って韓国とかだと『ソラ』って発音しなんだって。まったくの当て字。ていうか完全にキラキラネーム。ウケる(笑)」
「良いんじゃん、似合ってるんだからさ」
「なぁにそれ、キサマ、私を誘ってるのか? 寝言は寝てから言いたまえよ」
「ちょ、何言ってんの? キモいわ。誘うとかそんなわけないじゃん」
なんか見透かされたみたいで悔しい。耳が熱くなってるの、バレたらヤバいな。
「そうだよねー、キミはそういう奴だよねー。超ガッカリだわ。およよ」
だから《およよ》ってなんの言葉なの?
「ていうかさ、ソラって他の子と普段あんまり仲良くしたり連んだりしないよね。始業式の日は結構ガツガツ行ってたのに。なんか意外」
「うーん、そうだねー。私みたいのが仲良くしたらウザったいかなってさー」
「え? じゃあボクにはどうして?」
「キミはほら《友達になって》って顔に書いてあるから……」
いや、何がどうなるとそうなるんだよ。確かに最初に比べたら嫌じゃなくなったけど、嫌じゃなくなったけど……
「はぁん? やっぱり図星かー? 可愛い奴め(笑)」
「やめろって! からかうなよ!」
「あはは、ごめーん! でもキミと一緒にいるのはホント楽しいんだよ!」
まったく、本当に何がどうなったらそういうことになるんだよ。
最初は、ソラは誰とも深く関わらないタイプだと思ってたのに、気づいたら結構深いところまで入って来られてる。
でも、それほど嫌な気はしない。天然の人たらしって怖いな。
深くなくても人と関わりあいたくないと思っていた自分の意外な一面に、自分でも驚いてるよ。