[はやボク] 1-2.第一の難関、教務部長先生
ともあれ、まずは教室に行く前に教務部長室とやらに行かなければいけないらしい。
そりゃそうだ。不登校からの復帰って言ったって、年度が変わったのだから自分のクラスも分からない。たぶん留年だろうから一年なんだろうけど何組かも分からない。
そう言った細かいことを伝えるという名目で今までバックレてたことに対するお説教を教務部長先生が直々にご指導くださるのが本質なんだろう。たぶん。
コンコン
「お、おはようございます」
「どうぞお入りください」
透き通っていて、きれいで落ち着きのある声が教務部長室の中から聞こえた。
「失礼します」
恐る恐る扉を開いて中に入ると、すらっとしていて、それでいて背筋をピンとたてた姿勢のいい女性――
教務部長先生がそこに居た。
身体の線は細く、まっすぐな長髪で肌は透き通るように白く、年齢としては三十歳くらいなのだろうか。教務部長という役職としてはかなり若いと思うのだけど、表情からは冷静さと自信が見られ、なるほど、さぞかし優秀な人なんだろうと想像するのに難しくはなかった。
「久しぶりの登校はどうですか? 緊張されていませんか?」
教務部長先生は気遣った言葉をかけた。
「はい、ちょっと緊張していますが、大丈夫です。今までご迷惑をおかけしました。今日からは休まず登校します」
お説教を手短に済ませるためには、先手を打って謝ってしまうのが常套手段だ。反省している人間を追い詰めようとする人なんて、まあそうは居ない。
教育者なら尚更だ。人付き合いは苦手だけど、こういうことだけは人並み以上に頭が回る自分が、正直ちょっと嫌いだ。
「それなら良かったです。少し心配していましたが、あなたの言葉を聞いて安心しました」
ほらね。
こうして先回りすれば余計なトラブルも、めんどくさいやり取りもしないで済む。
「あなたは一年時の出席日数が著しく低いですが、年度通り二年生となります。
クラスはC組です。編入という形になります。授業も他の生徒と同じように受けてもらいます。特別扱いはありません」
「……はい」
感情があるのかないのか、教務部長先生は淡々とそう言った。
まぁ、特別扱いされるよりはマシか。
しかも二年次に進級出来るなら考えてたよりも一年早く卒業できるのでありがたい。早いとここんな学園からはズラかりたいし。
「とはいえ、あなたには学園のシステムに慣れていない部分もあるでしょうし、一年次に習得していただくはずだったカリキュラムの内容も把握できていないと思われます。ですからそのために学園内ではこのスマートグラスを着用してください。一年次に知りうるはずだった学園生活で必要な情報や履修すべきだったカリキュラムは、すべてこのグラスを通じて確認できます」
これはいわゆる不登校者を選別するための《ラベル》なんだろうな。
見た目はただのメガネだけど、中身はたぶん、思考も感情もモニタリングするためのものだろう。ハイテク社会ばんざい。もちろん皮肉だけど。
「何か質問はありますか?」
「……ありません」
「では、準備が出来たら教室へ向かってください。教室へのルートもそのグラスで確認できます。これから頑張ってくださいね」
……《頑張って》……か。
軽いな。軽い。
引きこもりがなぜ引きこもるかなんて、彼女には分からないだろうし、分かろうともしない。
そりゃそうだ。
本来引きこもりなんて普通の生徒がするもんじゃないし、なるもんでもない。そんな例外のことなんていちいち知る必要もない。学校なんて、生徒を集めて、授業料をもらって、適当に制限を設けて、三年間という期間限定で子どもを預かるだけの託児所みたいなものなのだから。
でもまあ、大人になって会社勤めするまでの間、社会に飼い慣らされる予行練習みたいなことをする、 そういうのもひっくるめてボクは再びここに来たんだ。
電源スイッチは……っと、これか。
さてと、グラス越しの世界はどんなふうに見えるんだろう。視力は両目とも1・5。メガネなんて無縁のものだと思ってたけど、早く慣れないと。メガネも。学園生活も。
《何とか》なるさ。たぶんね。
まだ少し寒い春の風が、いい加減な性格のボクの心に少しだけチクりと刺さったような気がした。