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[はやボク] 1-11.眠りの浅い次の朝

挿絵(By みてみん)


 今日はいつもより早く目が覚めてしまって、ガラにもなくまだ誰もいない学校に早く来てしまった。

ウチの学園は驚くほど部活動が活発じゃない。だから朝練なんてやってるのは特殊なごく一部の部活だけだ。


 いつもより早く目が覚めてしまったのは、ソラがI.W.A.N.の指示でボクを不登校から立ち直らせようとしてくれてることを知ってしまって、心が緊張して、眠りが浅くなってしまったからなのだろうか。

 でも実際、ボクの不登校や引きこもりは改善傾向にあるのも事実だし「学校に行けなくなっちゃったんだよね」と言ったソラに対して共感はあっても不快感はない。

 元々信じてたという程のことでもないから裏切られたという訳でもないし。


「ステア、誰もいない校舎って、なんか怖いな。何か気を紛らわすことない?」


 ポンっと目の前に現れたステアが笑顔で応えた。


「そうですねぇ~、今まで行ってみたことのない特別教室を探検するなんてどうでしょう? ナンチャッテ(テヘペロ)」


《そうですねぇ~》、《ナンチャッテ(テヘペロ) 》って、おじさん構文?

 幼女設定じゃなかったの?

 詰めが甘いな。どうでもいいけど。


「分かった、そしたら案内して」

「了解しました~ じゃあまずは音楽室に行ってみましょう♪」

 ステアに促されるまま音楽室に足を進めた。


 音楽室に近づくにつれ、風のように軽やかで、それでいて内に芯を秘めたピアノの旋律が、そっと耳を撫でてきた。


 これは――


《星条旗よ永遠なれ》。


 運動会の行進曲や吹奏楽ではお馴染みのオーケストラのこの曲が、なぜピアノで……

 いや、そんな驚きはどうでもよくなるくらいに、この演奏は息をのむほどの力を感じさせるに十分すぎるくらいだった。


 音楽室の前に立ち尽くしているうちにも、鍵盤を駆け巡る指の軌跡が、その力強い旋律が、壁で隔てられているにも関わらず、空気の温度を変える。

 明るく朗らかで、勇ましく、勝利と自由の象徴。けれど、このピアノの音には、それだけじゃない《何か》があった。

 跳ねるようなリズムに、痛みが混ざっていた。誇らしげなフレーズの中に、切なさが滲んでいた。そして、すべての音が、あまりにも《生きて》いた。


 ああ、そうか。


 これは……誰かが、生きようとしている音の感じがするんだ。この曲に、こんなに人の《叫び》のようなものが宿るなんて知らなかった。


 決して楽譜を正しく再現された演奏じゃない。強く叩きすぎた音も、滑った音もある。でも、なんだかよく分からない説得力みたいなものを感じる。


 そっと音楽室のドアを指で押して、すき間から中を覗くと、椅子がわずかに軋む音、ダンパーペダルを踏むたびに小さな振動が床に伝わってきた。

 そして、肩をわずかに震わせて、額にはうっすらと汗が滲んだソラの、ピアノに語りかけるような姿があった。


 ……ソラ……?


 この前ゲーセンで見た、フレーム単位の正確な手さばきで格ゲーを極めるソラ。

 勝つための動き。結果を出すための技術。あれはまるで、機械的な《正しさ》の象徴だった。

 でも今ここにいるソラは、彼女のピアノの演奏は、ミスがある。不安定なところもある。

 でもそのすべてがリアルだ。言葉ではなく感情が伝わってくる感じがする。

 彼女は言葉では伝えられない何かをピアノに語りかけているようにも思える。


 ――そして、曲が終わった。


 気づけば、ボクの手は無意識に拍手をしていた。なんで拍手をしたのか、自分でもよく分からない。


「あ、あれ~? 変なとこ見られちゃったな(笑)」


 あんな事があった後でも自然に振る舞えるソラの心は強いと思う。


「変じゃないよ。すごい。……感動したよ」

「げへへ、ありがと」


 いつものソラとは違って顔を赤らめてあからさまに照れていた。いつものソラなら、褒められたら自慢げな態度を取るのに。


「私ね、元気が出ないときは朝早くここに来てピアノを弾くんだ。そうすると元気が出るの」


 ああそうか、昨日のこと、やっぱり気にしてるんだな。


「褒めてもらえたのは嬉しいけど、私なんてせいぜいちょっと上手な高校生レベルだよ。ピアニストになるとか、そういうのも別に考えてないし」


 ――いや、これはもう、ちょっと上手い高校生レベルなんてもんじゃない……

 そう思ったけど、口には出さなかった。いや、口に出せなかった。

 ソラはピアノが本当に好きなんだ。

 だから、いつもなら、他のことなら、得意げになるのに、こんなにもすごい演奏ができるのに謙遜なんてするんだ。

 だから、もし「プロになれるよ」なんて言葉を投げたら――

 きっとソラは、それを笑って、はぐらかしてしまう気がしたから、ボクはそれ以上言葉にすることができなかった。

 それはあまりにも軽々しい。それはあまりにも不誠実だ。


 そんな思考をめぐらしていたボクをよそにソラが席を立とうとしたとき、ポケットから小さな薬の袋がひらりと落ちた。


「あ、これね、食前に飲むと糖質の吸収を緩やかにするんだって。私こう見えて、お水飲んだだけでも太っちゃう体質だからさ(笑) 乙女のナ・ヤ・ミってやつ? キミはそういうの無縁そうで羨ましいな」

「そんなことないよ。ボクだってこれでも一応気を付けてるんだから! ていうか、ソラはいつもめっちゃ甘いもんばっかり食べてんじゃん」


 ソラはハハハと軽く笑って、何事もなかったように教室へと歩き出した。ボクもそのあとを追いながら、落ちた薬の名前が気になっていた。


 ――ボトリミン。


 どこかで聞いたことがあるような……そんな気がする。だけど、どうしても思い出せない。胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。

「星条旗よ永遠なれ」という曲、たぶん誰でも一度は聞いたことがある曲で、本文にも合った通り、運動会の行進曲としては定番なのですが、今一度お聞きいただくのが良いと思います。

たまたまネットサーフィン(死語)をしていたらちょうどピアノでこの曲を演奏しているものを見つけたのでご紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=Qvxwq6pftGw

本文と合わせて干渉していただければ幸いです

 (いつき) 修次(しゅうじ)

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