[はやボク] 1-10.パンケーキは何かのフラグ
「それでさ、裏通りのカフェ、パンケーキがすっごく美味しいの!」
やれやれ、今日はカフェに拉致られるのか。
「じゃあレッツラゴーー!」
だんだんソラの自己中にも慣れてきた自分がちょっと怖いよ。
でも、まぁいいか。ちょうどお腹もすいてたし。ていうか《レッツラゴー》っていつの人?
「こんちわー! 今日もいい天気ですねっ」
明るく店内に入るソラに対して、店員の態度は非常に冷めている。
「ん」
歳は二十代後半、三十歳手前くらいだろうか。
身長はそんなに高くないけど、髪は軽いウェーブのかかった茶髪で、顔は松坂桃李に似たヒーロー顔のイケメン。だけど、随分と不愛想で、バイトの店番にしてもひどいな。
カウンターに座ったソラは「キミも早く」と手招きする。
「マスター、ホットラテといつものパンケーキ。キミもそれでいいよね?」
「あ、うん。おまかせで」
え? ちょ? これがマスター!? マジでか?
この不愛想さで経営は大丈夫なのか?
いや、心配するのは余計なお世話か。心配なんてしてないけど。
「フルーツタルトも美味しいんだけどね、やっぱりプレーンなパンケーキが最っっっ高に美味しいんだよぉ」
まるで自分のことのように自慢げに話すソラの顔は、まだ食べてないパンケーキの美味しさの想像で既にほっぺたが落っこちてるみたいだ。
「ん」
変わらず不愛想なマスターが、パックの木綿豆腐くらいの厚さのあるパンケーキをカウンターに乗せた。
作り置きじゃなくて今焼いたのに手際がいいな。無愛想だけど、腕は確かなのか。
「わーお! な? めっちゃ美味しそうだろ? いただきまーす!」
「……ほんとだ。いただきます」
口の中に入れたときに感じたそれは雲のようにフワフワで、バターとシロップをかけただけのシンプルなパンケーキなのに、見た目以上に美味しかった。適切な言葉が思いつかない。
「……美味し……」
「だろ? クラスのみんなには内緒だぜ!」
内緒も何も、ボクがソラ以外のクラスメイトと話したことないの、知ってるくせに。
「パンケーキなんてレシピ通り作れば誰でも旨く作れるものだ」
ちょっ? マスター、本当に大丈夫か?
「いやぁ、マスターが作るから美味しいんだよ! いつもありがとねっ」
……《ありがと》、か。
こういう言葉を自然に口にできる人って正直怖い。本当に天然の人たらし。
「ところでさ、ソラって勉強、わざと手を抜いてるよね。この前の中間テストも途中までしか解答しなかったでしょ?」
あれ? なんでそんなこと聞くんだボクは?
「ああぁ、バレちゃってた?(笑) いやぁ、なんかさ、ガリ勉って近寄りがたいじゃん?」
目をそらして少し悲しそうな表情でソラはこう続けた。
「……実はさ、私、中学のときそれで浮いちゃって学校に行けなくなっちゃったんだよね」
「そ、そうだったんだ。ごめん、変なこと聞いちゃって……」
しまった。人のことを聞くなんて、慣れないことをして地雷を踏んでしまった。
「あ、ううん! 良いの良いの。昔のことだし、もう全然平気だから。私の方こそごめん。暗い空気にしちゃって。キミも気にしないで!」
いや、ソラはガリ勉なんかじゃない。たぐい稀なる記憶力と論理思考能力、そして瞬間的判断力を持っている。あのゲームプレイを見てそう感じた。この子は尋常じゃなく《完璧すぎる》んだ。
……ああ、そうか。
ボクがソラに苦手意識があるのは、登校拒否の同族嫌悪からだったのか。ソラがボク以外のクラスの生徒にあまり近づかないのもそのせい。
なのに一緒にいるのが不快じゃない。それは、ソラのボクに対する好意なんかじゃなくて、たぶんあれのせいだ。
ソラはこちらから目を逸らしてこう切り出した。
「じゃあさ、そんな直感の冴えてるキミなら、私がキミに絡んでるのもI.W.A.N..・の指示って、知ってるんだよね?」
「……うん、なんとなく、気づいてた」
――I.W.A.N.(イワン)――
Intelligence Worlnic Adjast pseudo Nature の頭文字をとって名付けられたそれは、商品の流通、交差点の信号、電気、ガス、水道などのインフラ調整、そして市民のメンタルヘルス、思想から価値観創造まで、人類の生活すべてを管理・制御し、《自由》と《豊かさ》を与えるための 巨大なコンピューターであり、それを基盤に世界を調整する超高性能AI。
……少なくとも、ボクはそう認識していた。不登校だったボクが再び学園に登校しようと思ったことも、ソラと一緒にいて不快じゃないのも、たぶんそう。
《それがすべてだ》と。疑いもなく。




