[はやボク] 1-9.ある意味ぜいたくな食生活
午前の授業が終わるチャイムが鳴ったと同時に、教室のあちこちで椅子の音と空腹のため息が混ざり合う。
さて、ボクもそろそろ動き出すか。購買部でパンでも買って、校舎の裏のベンチでひとりランチとしゃれ込もう。
ウチの学園の購買部は、正確にはコンビニのフランチャイズで、地域密着感もへったくれもない。でも弁当の種類は豊富だし、スマホ決済もできる。
効率化の権化って感じだ。こういうのを《民間委託の成果》とか言うんだろうな。知らんけど。
そんなことをぼんやり考えながら隣を見ると――
いた。爆弾娘。
机に突っ伏して、スースーと規則正しい寝息を立てている。
さっきの3時間目、授業中に弁当を完食していたのを確認済みなので、こりゃもう放課後まで寝ててくれるだろう。
今日は一人で、静かに、穏やかに、誰にもツッコミを入れられずにランチができる。
勝ったな。
そっと椅子を引いて立ち上がろうとした、そのときブレザーの裾が、何かに引っかかった。
……じゃなくて、引っ張られてる?
「……私、ランチパック・ピーナッツバターとナイススティックね……」
おいおい、寝言で注文するなよ。しかも、なにその糖質欲張りセット。
「寝てたんじゃないの?」
「……寝ててもお腹はすくんだよ……」
「だったら起きて自分で買いに行きなよ。売り切れてたらどうするの。それ売ってなかったら嫌だし」
「……そうだね……。うーん、しょうがない。よっこらしょっと。ふぁ~……」
のそのそと起き上がるソラ。相変わらず、寝起きの顔がゆるすぎる。ちゃんとしてれば、結構整った顔立ちなのに。もったいないなって。
「ねぇ、私のスマホ知らない?」
「知らないよ。ポケットの中にあるんじゃないの?」
「無い。あれ? 今日、寮に忘れてきたかも」
「でもさっき、お弁当食べてたじゃん。朝コンビニ寄ったんじゃないの?」
「んにゃ、あれ深夜のコンビニで夜食用に買ったやつ。その後すぐ寝落ちして、そのまま今日のお弁当になった感じ?」
「いやいや、深夜に出歩くの危ないでしょ……」
「大丈夫だよ。うちの寮、一階がコンビニだから。エレベーター降りて十秒でお菓子にありつける」
すごいね、それ。でもなんか……寂しい生活かも。
「じゃ、お昼代は貸してあげるよ。一緒に買いに行こ」
「ありがと~! 恩にきるよマイブラザー!」
「はいはい、もう、そういうの良いから。それより、ほらブレザーの襟の後ろ曲がってるよ」
つい手が伸びて、ソラの襟を整える。
自分でも驚いた。他人の服なんて、物心ついたときから触った記憶がない。
「キミってさ、お母さんみたいだよね」
「やめてよ、もう。つまんないこと言ってないで早く行こう。お昼休み終わっちゃう」
ああ……まただよ。
今日も、また、この子と一緒に昼飯か。でも、そんなに嫌じゃない。
まあいっか。
一人で食べるご飯は気楽でいいけど味気ないし。




