プレリュード 早く卒業して学園からオサラバしたいので不登校だったボクが再登校を決意する [はやボク]
この物語は、実在の団体や事件とは関係があるかもしれません。
登場する技術やサービスは、数年後の未来の話かもしれません。
気まぐれでいつもより早く登校してしまった朝の教室には、まだ誰もいない。
まだ誰もいないというより、正確には《ほぼ》誰もいない。つまりボク以外の《人間》は誰もいないというのが正しい表現だ。
静かな空間に混じって、カチカチと規則的に鳴る音――例のアレだ。
「おはようございます。本日も風紀は美しく、精神は清潔に。」
……また勝手に起動してる。
「ステア。さっきからその選挙演説みたいなノリは何?」
「校内放送の自動翻訳サンプルです。どうぞお気になさらず」
この子は特別支援対象生徒にだけ学園から貸与されるスマートグラスに内蔵されたサポートナビゲーターAI 《ステア》 。
サポートっていうけど、感情を持たないプログラムにこちらの気持ちなど分かるわけもなく、本来こちらが起動リクエストをしない限り出てこないはずなのだけど、なぜか必要ないタイミングでしれっと出てくるから正直対応に少々困っている。
そうこうしているうちに、何人かの生徒が教室に入ってきた。
今日も、いつもと変わらない平凡な一日が――
「ところで、今日はまだソラさんの姿が見えませんね?」
ステアが、胸の前でホログラムの腕らしきものを組みながら言う。ほんの少し、寂しそうに見えるのは気のせいか。
「例によって寝坊で遅刻なんじゃないかな。あの子教室でもよく居眠りしてるし」
「情報確認が完了しました。午前中は定期コンディション評価が予定されていたようです。保健室に立ち寄ってから登校とのことです」
「ふーん……」
その《定期コンディション評価》というのが何なのかよく分かんないけど、そういえばあの子、居眠りだけじゃなく時々だるそうにしてる日もある。なにか関係あるのかな。
いや、気にしても仕方ないか。今日はソラがいない、静かなランチができる。久しぶりに購買部でハムたまマヨパンでも買って、人気のない場所でのんびり食べよう。
……と思っていたら、スマートグラスがピロンと音を鳴らした。
※本日は風紀点検モードが実施されます。生徒の服装・態度・表情などの確認にご協力ください。
「……風紀点検?」
「はい。学園インフラシステムスケジュールによると、本日より《フウキ》による定期点検モードが試験運用されます」
「フウキって、この前言ってた、あのAI搭載ロボットの?」
「はい。校内の風紀維持のために設計されたユニットです。生徒の《非人間的行動》を検知する能力に長けています」
「非人間的って……どんな基準よ」
「ちなみに今朝のあなたの無表情率は97.4パーセント。ほぼロボットですね」
だからステア、勝手にスキャンしないでくれる?
そのとき、グラスに赤い警告が浮かんだ。
ピッ…… ※対象:感情欠落の兆候を検知
「ちょっ……待って待って! 誰が感情欠落だって?」
「おそらく、あなたです」
……知ってますけども。
※観察対象:C-207/対応レベル:経過監視
「……まさか、マークされたってこと?」
「その可能性が高いです。しばらくは日常行動の記録が義務化されるかもしれません」
マジで? うっかり再調整対象とか言われたら非常にめんどくさいことになるんじゃないのか?
「大丈夫です! 日常行動の記録が義務化されても、私はいつも、あなたのそばにいます!!」
いやいやいや、それ何のフォローにもなってないから。
あれこれ頭の中がフル回転し始めたとき、ソラがバタバタと教室に入ってくる。相変わらず落ち着きのない足取りだ。
「おはよ! ……って、あれ? 今日はキミ、早いね」
「気まぐれ。たまたま」
「へぇ、めずらしっ」
彼女の名前はソラ。
通称《爆弾娘》。ボクの中だけだけど。
彼女は毎日どうでもいいことを見つけてはネタにして勝手に楽しんで勝手に笑い転げてる。
しかもクラスの皆んなとは適当な距離感で接してるのに、それをボクにだけ押し付けて、いっつも振り回される。
空気でいたいボクにとってはちょっと厄介な存在だ。
まぁ、悪い子ではないんだけどね。
「ソラ、体調悪かったんじゃないの?」
「いやー、朝ちょっと寝坊してさ。保健室に寄ったら、ちょっとだけ引き止められちゃって。でも元気健康ファイト一発!」
そう言ってソラは空手の正拳突きの型をしてみせた。
……なんだそれ。
「あ、そうそう! 校庭でフウキってのを見たんだけど、軍用ロボみたいでマジでヤバい奴だった! 目からビームとか出しそうだったし!」
「しかも、なんか周りに何台もドローンがびゅんびゅん飛んでて『ララァ』とか聞こえてきそうだった!」
うん、ソラ、今どきのJKが、そんな古いロボットアニメ、なんで知ってるのかな?
「……で、ボクは今そのヤバい奴にマークされたっぽいんだけどね。」
「マジで? それってエリートマークじゃん! ヤバいやつじゃん! ステータス上昇ボーナスもらえるやつ!」
それはゲームの話か何かです?
「とにかく逃げよ! すぐそこにもドローンが飛んでたよ! 購買部の裏、非常階段からプール棟の裏まで抜ければ、セーフ判定ゾーンのはず!」
「はずって……あなた何者?」
「ソラさんの今日の自由行動計画を解析しました。回避ルート予測、共有します」
「だから、なんでステアまでノリノリなの?」
その後、二人と一ホログラムによる、校内全力ダッシュが始まった。
非常階段を一気に降り、機材室の裏を抜け、体育倉庫を通り抜け――
途中で通りかかった茶道室では、湯気の向こうから「静粛に」と睨まれ、弓道場では放たれた矢があわや頭上をかすめていった。
普段ろくに部活動なんてやってない学校なのに、こういうときに限って目につくな。
「あーもー、ほんとに青春って感じ! アオハル最高!」
「ハァ? なに言っちゃってるのソラ?!」
「フウキ・サブシステム・ドローンE-4接近中。回避不能です!」
「え、は? やばいやばいやばい!」
ついに行き止まり。
裏庭の隅っこの物陰で、ふたりして身を縮める。
※警告:観察対象C-207を確認。風紀違反の可能性あり。処置を開始します
終わった……
その瞬間――
「状況を中断します」
聞き覚えのある冷たい声がそこに響いた。
振り向くと、教務部長先生が立っていた。静かに、そして圧倒的な存在感で。
「本ユニットの判断に誤差が認められました。当該生徒の行動は風紀違反には該当しません」
※……プロンプト確認。点検プロセス中断。ユニット撤収します
ドローンが静かに空を飛び去っていく。
「……なんか、助かった?」
「何もしてないのにマークされる運の悪さ、今日も冴えてますね!」
うるさいですよ、ステア。
「お二人とも、お騒がせしました。」
教務部長先生は、それだけ言うと、その場を去っていった。相変わらず感情が読めない人……というか、ヒトかどうかも怪しい存在だ。
「いやぁ、スリル満点だったね! でもさ、こういうのも、たまにはアリじゃね?」
「アリって、何が……」
「生きてるって感じ!」
「……」
なんなんだろう、この子は。ほんと、意味が分からない。
でも――
これは不登校で引きこもりだったボクがこの学園に再登校してからのとある一日の出来事。
まだ肌寒かった春のあの日からもう1ヶ月以上経っているのか
いや、むしろ《まだ》一ヶ月と少しか経ってないのか……
だから、ただ何事もなく卒業して、この学園から早いことオサラバしたいんだ、ボクは。
今はただ、心の底から、そう思うしかなかった。
その願いが、叶うかどうかは――
まだ分からないけど。
(早く卒業して学園からオサラバしたいので
不登校だったボクが再登校を決意する 本編に続く)
この度は《プレリュード 早く卒業して学園からオサラバしたいので不登校だったボクが再登校を決意する》を読んでくださってありがとうございました。
今回のストーリーは、本編の1か月少し後の出来事の内容になっていて、本編の雰囲気を味わってもらおうと思い創作しました。
すでに本編も完結していますので、ぜひ引き続き本編の方もお楽しみいただければ幸いです。
重ねて、この度は読了ありがとうございました。
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樹 修次