第二話 先達の言うことは聞きましょう
もうちょいコチラのお話です。
ギィーッキキ
「こう何日も暇だと曜日の感覚もわからなくなりますね〜」
本当ならバリバリ働かなきゃ行けない平日の昼間ではあるけれど、まるっきり仕事が入っていない為に今日も今日とてアパートから車で15分にある会社の事務所兼倉庫で錆だらけのパイプ椅子に座りながら、棚の整理をしている社長に声をかけた。
「本当に参ったよなぁ〜、こんなに暇な事今までなかったもんな本当だったら決まっていた仕事も、先延ばしやらお流れになっちまったからな」
今年で70歳とは思えない体躯の社長は白髪の増えた頭を撫でながらそんな言葉を口にした。
「もしかして干されたんですかね?」
実は少し前にうちの会社に勤めていた30代の社員が、仕事中に他の会社の作業員と些細な事がきっかけ現場で大揉めしてしまったのだ。
そこに運悪く元請けの会社と発注者の代表者が工事の進捗状態を見にきていたから大変なことになってしまった。
幸い両者共に手を出す様なことはなかったが、ハッキリ言って現場でのウチの会社の印象は最悪のものになったであろう事が容易に想像出来た。
『はぁ〜〜〜〜〜』っと大きなため息をついたのは社長も俺も同時だった。
「そうなんだよなぁ〜、本当にあの一件以来めっきり仕事の依頼が来なくなったんだよなぁ〜」
「でも社長も俺もあの時は離れたところにいたし、どうしようもなかったじゃないですか・・・それにあの後、元請けの事務所に頭を下げに行ったり事後処理だってしっかりやったはずですよ」
社長は俺の言葉に頷きながらゆっくりと目の前のイスに腰を下ろしながら、しみじみと語り出した。
「あのな、今までだって何度も言ってきたけどな、仕事っていうのは結局人と人の繋がりと積み重ねなんだよどれだけ一緒仕事をして来ても、信用を積み重ねても、そんなもんは一瞬で崩れちまうもんなんだよ 特に今の時代は人とのトラブルが1番避けなきゃ行けない時代なんだよ」
「でも、これまで何十年も一緒に仕事して来たのにこんなのってひどくないですか?」
「所詮はうちも数ある下請けのひとつだったって事だよ、あの時いた監督連中なんてみんな俺の子供よりも歳下の奴らなんだから余計なトラブルを避けようとするのは当たり前なんだよ、俺もあと15年若ければまだまだこれから盛り返してやれるんだけどな」
「あいつが辞めちゃったから、俺と社長の2人になっちゃいましたもんね」
社長は少しだけ苦笑いしながら俺の持って来た塩飴の袋をいじりながら
「トラック減らして、給料も下げてやってきたけどな、そろそろ潮時かもしれね〜なぁ」
と言って、先ほどよりは少し小さくため息をついた。
いくら従業員数が少なくとも月々の税金の支払いだけでも相当な負担がある事、仕事がないにも関わらず社長が自分の老後の蓄えすら削って俺に給料を支払ってくれている事も知っている。
「わりぃ〜なぁ、今まで頑張ってくれたのに弱気な事しか言えなくて」
あの豪快で前向きで頼りになる社長のそんな寂しげな言葉に思わず泣きそうになってしまった。
正直、会社には今まで俺の可能な限りの力を尽くしてきたつもりだったが、心のどこかで社長にも仕事にも甘えていたんだなって事は今の現状を見れば明らかだ、俺がもっとしっかりしていれば、元請との人間関係を築いて先頭に立って若い奴らを引っ張っていればこんな事にはならなかったんじゃないか?
それもすべて俺自身の積み重ねてきた事の結果だった。
そんな事を考えていると
「もうすぐ昼飯だな、どこかでラーメンでもたべるか?」
悲しさと共にこれから先の不安からくる焦燥感から胸の辺りが締め付けられる様な感じがする。
俺は社長の誘いを初めて断った。
昼過ぎに退社した社長を見送った俺は、もう15年近く乗っている、これまたオンボロのミニバンの運転席に座りながら考えていた。
どうしよう?どうしよう?
もう貯金も底をつきかけているし、アパートの家賃に月々の生活費、自家用車も維持出来る状態じゃなくなっている。
「仕事を探すか?いやいや俺に何ができるんだ?これから先もずっと肉体労働?肩も腰もずっと痛いのに大丈夫なのか?他の職種なら行けるのか?」
ブツブツと正解の出ない独り言を続けていたその時
車内から見えた地元ではそこそこ有名な山が目に入った時、一瞬にして頭の中が真っ白になってしまった。
「もういいや」
それはフリーズだったのかもしれない。
もうすぐアチラに行く予定です。