第1話 女神様の微笑み? 受付嬢、久遠華怜
「カナタさん、こんにちは。あなたをお待ちしておりました。ダンジョンサポート部受付担当しております。久遠華怜です」
冒険者資格を取りに来たら、いきなりとんでもない美人に出迎えられた。
まさか女神様に出会えるとは、さすがダンジョン。いや、でも女神様がダンジョンにいるものなのか?
ダンジョンらしさ?からすると、彼女は女神様ではなくてエルフなのかもしれない。
エルフかどうかの確認はやっぱり耳だよね。と、彼女をじっと見つめていると彼女の存在が儚く思え、遠くへ行ってしまいそうに感じた。
彼女が俺の右手を両手でぎゅっと握っていた。柔らかく温かい。
えっ?なんでいきなり女神様に手を握られているの?
いつの間にか、俺は彼女の存在を確かめるために、無意識のうちに手を差し出していた。
その手を彼女に拒まれることなく、「ここに居ますよ」と伝えているかのように、優しく握り返された。
ああ、危なかった…さっきは、彼女の耳を確かめようとしていたのかもしれない。
心臓が止まったわ。
たしかに彼女の美貌は神秘的な魅力があり、特別なものを感じた。
それに惹かれて思わず手を伸ばしたが、もし触れていたなら、すべてが終わっていた。
彼女の優しさに救われたな。
ここは彼女に優しさに応えるため俺も彼女の手を握り返すことにした。ぎゅっ、ぎゅっと力を込めると、彼女も同じように握り返してくる。
俺は冒険者資格を取るためにここに来たんだよな?
彼女に優しさについ甘えてしまったが、このままでは資格も取れずに追い返されそうだ。
でも、握り返してくれたな。
もしかしたら、これは冒険者取得の一環なのだろうか?
「これでカナタさんも今日から冒険者ですね」
「いや、違うだろ」
思わずツッコミを入れたが、これで冒険者資格が取得できるなら、何度でも返納して、握手を繰り返しますよ?
「では、仕切り直ししましょう!もう一度握手するところから始めますね」
この人は人の心でも読んでいるのだろうか?やっぱり女神様なんじゃないか?
握手が終わった後も、彼女の手から伝わった温もりは、消えることなく俺の指先に刻まれ、ほのかな安心感として静かに残っていた。
「ふふふっ冗談ですよ。カナタさんには、まずは冒険者になるため に今から受講していただきますね」
優しげな笑みを浮かべた彼女に部屋へと案内された。
資格取得の講義を受けるには立派過ぎる部屋だった。アンティークの調度品が飾られ、客間として申し分ない空間だった。豪華なソファやクラシックな置時計が配置されている。ただ、古すぎる時計なのか、指している時刻はわずかに遅れている。
「冒険者資格を受講にしては部屋が立派過ぎやしませんか?」
「ご予約いただいたカナタさんのために、このような部屋をご用意いたしました」
今時ネット予約もせずに直接訪問で予約したのが功を奏したのか。画面越しより、やっぱり直接顔合わせだよな。
ということもなく、ただ直接受講を申し込みに来ただけの話だ。
あの時、受付を終えてほっとしたのも束の間、突然の怒号が響き渡った。振り向く間もなく、隣で荒っぽい男たちが激しく言い争っていた。
受付担当の女性は、一瞬手元の端末を確認しつつも、騒ぎに気を取られた様子だった。
その間、彼女の操作していた端末の画面がかすかに明滅し、微かな異常を示した。
机が揺れ、書類が飛び散り、混乱の渦の中で彼女の端末も影響を受けたのだろうか。
次の瞬間——彼女の顔が強張った。
『…すみません、データが消えてしまいました…』
彼女の青ざめた表情に嫌な予感が走る。
まさか、と思いながら端末をのぞき込むと、そこには絶望的な文字が躍っていた。
『エラー:データが見つかりません』」
結果、俺はデータの再入力に追われ、その日の受講開始時間を大幅に逃し、申し訳なさそうに『後日お越しください 』という言葉を受け入れるしかなかった。
柄の悪い者同士がケンカをしていたはずなのだが、いつも間にか標的を変え、次はお嬢様とそのお付のような人たちに絡んでいた。
柄の悪い連中が彼女らに手を出そうとしたその時、さっとその手を取り、あっさりと対処した。
この件はもう済んでいた話でしたでしょう。そんな類のことを口にしていた。
それだけでことは収まったようだ。
データが吹き飛ぶ前に現れて欲しかったね。
そしたら、俺の手続きも何事もなく終わっていたのに。
ふと、意識を現在へと戻すと、改めてこの部屋の豪奢な雰囲気が目に入った。
データを飛ばし、後日に回した不手際のお詫びの面もあるのだろうか?
それにしても用意された部屋にしては立派過ぎるし、なにより受講生は俺だけだ。
彼女がお茶を注いだ後、ゆっくりとした所作で席に着き話しを始めた。
「今から25年前、世界各地に突如としてダンジョンが姿を現しました。この出来事をきっかけに、世界は大きく変わり、現在では法整備が進み、ダンジョンはきちんと管理されています」
現在では、ダンジョン探検に関連する教育機関も存在し、多くの若者が冒険者という職業に強い憧れを抱いているらしい。
「また、ダンジョン内では、モンスターを倒すことレベルアップ をし、より強力なスキルや能力を獲得もできます」
レベルやステータスがあるが、職業は無い。正確には、称号として存在してはいる。
魔法寄りのステータス、スキル持ちならば、魔法使い。
力に偏ったステータスを持ち、挑発スキルがある場合ならば、称号しては戦士などになるらしい。
つまり、職業の影響によって、ステータスやスキルが後天的に向上したり派生するものではない。
「ステータス、スキルはダンジョンに入って初めて得られます。ですが、ダンジョン出現後に生まれた子供たちは生まれ持ってスキルを持つことが知られています」
ダンジョン内でのみステータスとスキルが発揮される。つまり、外では通常の人間能力であり、スキルも発動しない。
だが、ステータス確認は外でも可能で、ダンジョン出現後に生まれた子供たちはその方法で確認されている。
その子供たちは、ダンジョンに入らずとも成長するにつれて、ステータスやスキルにわずかな向上と変化が見られる。
そのためダンジョン黎明期より、ダンジョン出現後に生まれた子供たちに優秀な冒険が多く、現に今のトップ層の年齢は20代前半が多い。
しばらく講義は続き、その他には、冒険者の心構えやマナー、スキル、装備の扱い方、安全対策などについて説明が行われた。
「ダンジョンには常に危険が伴い、ケガや死が近いです。しかし、初心者には救済措置のようなものが設けられています。これは10階層までと制限がありますが、死亡や負傷による後遺症が残ることはありません」
そう、ダンジョンでは、低階層において死ぬことがないのだ。
ダンジョンで負ったケガならば、ダンジョンから出る時には消えている。
冒険者を本業としない学生や週末のみの活動など、カジュアルに冒険を楽しむ人たちが爆発的に増えている理由でもある。
俺はこのシステムを利用する。
これにより冒険や戦闘に、多少のリスクをとりながら経験を積むことができる。
ごく普通の一般人が、獰猛なモンスター、刃物を持った人型の敵、そんなものを目の前にしてどんな行動がとれる?
リスクを恐れない頭のネジの吹き飛んだ者でない限り、恐怖を抱き最初の一歩の行動さえ起こせないのではないか?
「ですが、カナタさんあなたにはこのシステムが適用されません」
「へっ!?」
適用されない?なんで?俺は相当な間抜けな顔を晒したかもしれない。
「それはカナタさんのスキル名が…」