0章2話
「お前のつまらん言い訳なんて、公式の証明書一枚の前じゃ無意味だなぁ!」
狡坂の嘲笑が響く。
俺はその言葉を聞きながら、ゆっくりと息をついた。
――まったく、どこまで面倒な奴だ。
商業区の喧騒の中、狡坂は証明書を掲げたまま、堂々と俺を見下ろしている。
いつものように、自信満々な態度で。
「俺にはわかるぜ、お前があいつらから報酬を受け取ったのをな。匂いが違うんだよ――俺と同じ、報酬を受け取った者の臭いがな」
挑発するように言葉を吐きながら、狡坂はわずかに口元を歪める。
まるで、確信しているかのように。
「なるほど。英雄と言うのは、分け前をピンハネする臭いがすると言うことか?」
「ああん?何言ってやがる?」
「つまり、こういうことだな。お前が言う “同じ臭い” ってのは、英雄の分け前をピンハネする臭いなのか?それとも――雑魚の臭いがお前と同じってことか?」
俺はゆっくりと視線を向け、続けた。
「だって、お前は “俺と同じ臭いがする” って言ったんだ。なら、英雄であるお前が、分け前をピンハネする臭いがしているのか? それとも、雑魚の臭いが英雄であるお前と同じってことになるのか?」
「何を言ってるのかさっぱりわからねぇが、俺を馬鹿にしてるってことか?」
「いや、感心したよ。その言葉を聞いて、むしろ改めて馬鹿にする理由が増えたな」
「てめぇ。俺は英雄だぞ。ブラッド・レブナントを倒したんだ。それに逆らうってのがどういうことかわからないおめぇの方がバカだろ?大馬鹿だろっ!!」
狡坂の怒声が響く。
俺はその言葉を聞きながら、ふっと息をついた。
「へぇ……英雄ねぇ。だったら俺にも資格があるな。なんせ分け前をハネて来たからね」
と、馬鹿にしたように同意した。
「おっ、お前も同じじゃねぇか。くだらねぇな!」
狡坂は、鼻をすすり不適な笑みを浮かべる。
「さっさと、その分け前も俺に寄越しやがれ。結局、お前は搾取される側なんだよ。俺の方が遥かに上ってことだ!」
がははと、喉の奥から響くような下品な笑いを上げる。
「搾取?いや、お前はまだ正当な報酬を受け取ってないよ。それに今からお前が俺に搾取される側になるのさ」
狡坂の笑い声が途切れる。
「あん?」
証明書を持つ手が微妙に硬直する。
何を言われたのか、すぐに飲み込めないらしい。
まるで聞き違いでもしたかのように、眉間に皺を寄せながら俺を見返す。
「いやね。今からお前に報酬を渡すんだ」
言いながら、俺は封印のオーブを軽く指先で回し、目の前に掲げる。
「それから、これを “高値で” 買ってもらおうと思ってね」
狡坂の目がわずかに揺れる。
「はぁ?自分のスキルを封印するだけのオーブを買うバカがどこにいるんだ?お前…本当に何言ってるんだ?いや…それより報酬寄越す覚悟はできたんだろ?さっさと寄越せ」
狡坂は証明書を持つ手を強く握りしめ、苛立ちを隠すことなく俺を睨みつけた。
「本当は譲りたくないんだよ。お前にとって正当な報酬とは言えね。だが、そこまで望まれるなら仕方がないさ。さっさとスキルを使いな」
「やっと素直に応じるようになったか」
狡坂は勝ち誇ったように口元を歪め、
「じゃあ遠慮なく使わせてもらうぜ――!」
そう言って、にやけた顔のままスキルを発動させた。
「へぇ……これが “お裾分け“か」
俺は封印のオーブを軽く指で弾きながら、静かに呟いた。
「……なんだと?」
狡坂の表情が一瞬でこわばる。
さっきまでの余裕はどこへ消えたのか。
顔色がみるみるうちに青ざめ、証明書を握る指先がわずかに震える――。
狡坂の声が、突然、鋭く響いた。
「なんで、てめぇは俺のスキル名を知っているんだ?だっ……誰も知らないはずだ!」
今までの余裕が崩れ、目は見開かれ、怒りと戸惑いが入り混じった表情へと変わる。
まるで足元をすくわれたかのような狼狽――それを隠そうとするかのように、大声を張り上げる。
だが、その叫びが虚しく響くだけで、俺はただ淡々と奴を見つめるだけだった。
その問いに俺は相手もせず、ただ肩をすくめる。
「いや、それよりも不思議なのはさ――」
俺はゆっくりと視線を向け、淡々と続けた。
「ブラッド・レブナントを倒したことのない奴が、なんで “本当に倒した者” の前で威勢を張れるんだ?」
一拍置き、口角をあげて、ふと笑う。
「お前……本当にバカなのか?」
「何言ってやが……くっ…!」
狡坂の言葉が途切れる。
瞬間、彼の顔が歪んだ。
まるで体の奥から突き上げるような痛みに耐えるかのように、喉を詰まらせる。 俺に向けられたはずの言葉が途中で掻き消え、代わりに苦悶の息が漏れた。
「悪かった。今から間抜けが足されるんだった。バカなんて言葉じゃお前を修飾するのに不足してたわ」
言いながら、俺は静かに封印のオーブを指先でゆっくりとなぞった。
狡坂は苦悶の表情を浮かべたまま、額に汗を滲ませる。
その証明書を握る手は、さっきまでの余裕が嘘のように強張っていた。
俺はゆっくりと視線を向け、続ける。
「狡坂……それがお前の正当報酬だ」
言葉の重みを乗せるように、封印のオーブを手のひらの上で転がす。
「佐久間さんたちのパーティー ‘残焔の盟’ からすべてを奪ったな」
狡坂の表情が一層苦々しく歪む。俺は構わず続けた。
「いや……足りなかったんだよ。そう、お前にはまだ足りなかった……」
一拍置き、俺は冷ややかに笑う。
「だから、俺が佐久間さんたちからピンハネしてきたよ。 ――ブラッド・レブナントから受けた呪いをな」
狡坂の目が大きく見開かれた。
「おっ……お前……」
狡坂の顔が歪む。
反抗しようとするが、言葉にならない。
喉が詰まるように震え、息を整えようとするが、うまくいかない。
大量の汗を流し、目は見開かれ、焦点が定まらない。
まるで、何かを理解しようとしているが――すでに遅い。
「お前……もしかして、本気で俺を相手に抵抗する気でいるのか?」
俺は冷めた目で、狡坂を見据えた。
狡坂の肩がわずかに跳ねる。
その顔には、怒りは既にない。困惑ともつかない歪みが浮かんでいた。
喉を動かして何かを言おうとするが、声にならない。
俺は静かに一歩踏み出し、冷めた目のまま言葉を続ける。
「……それとも、自分の立場がまだ理解できていないのか?」
そして、狡坂の肩に俺は手を添える。
「大丈夫だ。救いの手はある」
狡坂の目に光が僅かに灯る。
「ブラッド・レブナントの呪いってやつは、あいつのスキルの残滓なんだよ。つまり、この封印のオーブによってお前は助かるってわけさ」
そう言って、目の前に封印のオーブを掲げる。
「まぁこのオーブも特別製でね。普通の封印のオーブでは、呪いは解けない……」
「なぁ、お前のために売らずに取っておいたんだ。いくらで買ってくれる?」
◇◆◇◆◇◆
いつもの日常が戻った空間の中、佐久間さんは、はっきりとした足取りで俺に近づいて来た。
その顔には、安堵と感謝が入り混じった表情が浮かんでいた。
「カナタさん。改めて本当にありがとうございます」
言葉は静かだが、確かな想いが込められている。
仲間たちも、それぞれに表情を引き締め、佐久間さんの言葉に続くようにお礼を言ってきた。
長かった苦悶の日々は見事に晴れた。
そして、ようやく言葉にできる感情――それが、俺への感謝だった。
佐久間さんたちの言葉が胸の内に響く。
俺はしばし、その気持ちを受け止めるように穏やかな声で返答した。
「佐久間さん。それに皆さんも本当に良かったですね」
「はい、カタナさんのおかげですべてを取り戻せました。報酬も、名誉も、そして仲間たちすべてです」
佐久間さんはそう言って、仲間を見渡し頷き合った。
「それにしても見事でしたね。狡坂は封印のオーブのおかげで、呪いだけでなく自分のスキルまで封印してしまったそうです。とんだ、間抜けな奴がいたもんですね」
佐久間さんのセリフに、俺も周りの人たちも一緒に笑い声をあげた。
笑いが落ち着くと、ふと穏やかな空気が広がる。
ようやく佐久間さんたちにも日常が戻ったのだ――そう、実感できる瞬間だった。
試験的に0章を掲載しました。
物語的には、二十数話以降の感じを受け取っていただくためです。
修正、削除する可能性はあります。
二十数話以降を知る人にとっては、逆に物足りなさを感じる内容かも知れませんね。