0章1話
イレギュラーモンスターであるブラッド・レヴナントを討伐を終え、ダンジョン階下である商業区へ帰還すると、すぐに狡坂という男が絡んできた。
「お前らに、ブラッド・レヴナントを倒せるわけがない。討伐証明書を持っている俺だけが倒せるんだ」
ブラッド・レブナント討伐証明書を片手に持ち、狡坂は自信満々に笑みを浮かべる。
「他のみんなに、俺の功績をかすめ取った卑劣奴らとして紹介してやろうか?……それが嫌なら、分け前を寄越せ」
紙の端を指先で軽くなぞりながら、男は嘲笑と共に告げる。
まるでこちらの事情などどうでもいいと言わんばかりの理不尽な要求だった。
「事情があってな。渡す訳にはいかないんだ。お前に、英雄の器ほどあれば渡すんだが……」
俺は奴の目を見据えて、はっきりと言い返した。
狡坂は薄く笑い、証明書をもう一度ゆっくりと持ち上げると、それを誇示するようにわずかに傾け、余裕たっぷりに鼻で笑う。
「お前みたいな雑魚が、その英雄に逆らうとはな。身の程知らずもここまで来ると笑えるぜ」
改めて証明書を少し持ち上げると、彼はちらりと視線を落とし、それを誇示するように掲げた。
「俺様はダンジョン管理局公式のイレギュラー討伐者様だ。お前ごときが俺に口を挟める立場だとでも思ってるのか?」
彼は証明書を軽く揺らしながら、挑発的な笑みを浮かべる。まるで相手の反論など最初から聞く気もないかのように、紙を指先で弾いた。
「これがブラッド・レヴナント討伐証明書だ。ほら、この証明書が見えねぇのか?公式に認められた、俺様の偉業だぜ?」
声には揺るぎない自信が滲んでいる。彼は証明書をひと振りし、嘲るように言い放った。
「お前のつまらん言い訳なんて、公式の証明書一枚の前じゃ無意味だなぁ!」
◇◆◇◆◇◆
ダンジョン商業区には、モンスター素材の取引所がある。その近くで待ち合わせをしていると、派手な格好をした男が、あちこちのパーティーに声をかけていた。
男は派手な装いをしていた。鮮やかな刺繍が施されたマント、金属飾りのついたブーツ。妙に華美な格好のせいで、その振る舞いがさらに鼻につく。
男の様子を見ていると、声をかけられたパーティーは、決まってアイテムや金品らしきものを渡していた。
すごいな。無関係の人から分け前をピンハネするスキルか。
これ、ほぼ犯罪じゃないか?
しかし、渡した方は疑問も後悔もないらしい。
とんでもないスキルだな。
男がこちらを見ていることに気づいた次の瞬間、ゆっくりと歩み寄ってきた。
待っていたかのような迷いのない足取りで、すぐ目の前まで来ると、軽く顎を上げて言う。
「報酬、分けてくれよ」
まるで当然の権利であるかのように、躊躇なく言い放った。口調には遠慮もなければ、恥じらいの欠片もない。
すげースキルだ。
まるで会話の流れを無視している。
前置きもなく、唐突に要求を突きつけるだけで成立するものなのか?
試しに、アイテムを差しだした。
「あん?外れアイテム。封印のオーブじゃねぇか。使用すると自分のスキルを封印するオーブだ。売れもしねぇ。こんなアイテム使う奴は、相当な間抜けしかいねぇよな。こんなもんしか持ってないから、こんなところに突っ立っていたのかよ」
……えっ?さすがに言いすぎじゃないか?
いや、それよりも――他のパーティーはこれを疑問に思わないのか?
金品を搾り取られ、挙げ句の果てに罵倒までされているのに、誰も何も言わない。
しかも、こいつ自身は何の被害も受けない。
本当にすごいスキルだな。
男は短く舌打ちをすると、手に持っていた用紙をぎゅっと握り直した。
苛立ちを隠そうともせず、肩をわずかに揺らす。
振り返ることなく足早に歩き出し、靴底が地面を強く叩く音が響いた。
だが、次の瞬間、男は視線を横に流し、すぐ近くのパーティーへ向かって歩み寄る。
「おい、お前ら――」
先ほどと変わらぬ調子で、躊躇なく話しかける。
まるでこれが日常の一部であるかのように、自然な動作で金品を求める言葉を紡いでいた。
その直後、近くから足音が響いた。しっかりとした歩調でこちらへ向かってくる。
「お待たせしました、カナタさん」
低めの声が落ち着いた調子でそう告げられる。
顔を上げると、佐久間さんを中心に、数名の仲間が立っていた。
彼らも軽く頷きながら、それぞれ視線を合わせる。佐久間さんは穏やかな笑みを浮かべ、代表して口を開く。
「今日はよろしくお願いします」
「佐久間さん、皆さんどうも」
俺も返事をすると、彼らの間で軽い緊張がほどけたような空気が流れる。
佐久間さんがふと視線を横へ流す。
仲間たちもそれにならい、その先を見る。
そこには、まだ別のパーティーへと声をかけている狡坂の姿があった。
じっと見つめた後、佐久間さんはわずかに眉をひそめる。その周囲の仲間も、それぞれの思惑を抱えたように目を細める。
「カナタさん……狡坂に絡まれていたのですか?」
「ええ、やっぱりあいつが狡坂でしたか」
「アイテムを奪われませんでしたか?」
「いや、これを奴に渡そうとしたんですがね…。断られました」
そう言って、封印のオーブを佐久間さんへと見せた。
佐久間さんはそれを見るなり、思わず笑い声を漏らした。
「あはは。封印のオーブですか、さすがに使いどころもなく売れないものは受け取らなかったですね」
佐久間さんは笑った直後、突然、顔を歪めた。 苦悶の声を上げ、胸元を押さえながら身をよじる。
「……っ、く……!」
佐久間さんの額にじわりと汗が滲み、呼吸が乱れる。 周囲の空気が一瞬張り詰めた。
俺は思わず一歩踏み出し、焦るように声をかける。
「佐久間さん、大丈夫ですか?」
佐久間さんは奥歯を噛みしめ、かすかに首を振る。
どうやら呪いが発動したらしい――それも、かなり強力なものだ。
◇◆◇◆◇◆
イレギュラーモンスターである、ブラッド・レブナント討伐の為、佐久間さんたちと20階層に来ていた。
佐久間さんにとっては2回目の討伐であり、呪いを授かった相手でもある。
まぁ今回討伐するのは俺なんだけど。
ブラッド・レヴナントは 特異な再生能力を持つモンスターだ。
ダメージを受けても、その傷は時間とともに修復される。
しかし、ただ耐久力が高いだけではない。
戦闘中、こちらが与えたダメージは蓄積し、やがて「痛み」として跳ね返る。
最初は何も起こらない。
しかし、攻撃を重ねるほど、蓄積された痛みが襲いかかってくる。
これは、ダメージではなく 蓄積する痛みの反撃だ。
この厄介な特性のせいで、ブラッド・レヴナントは 冒険者たちに嫌われ、放置されがち だった。
討伐するには痛みを伴うリスクが高すぎる。
少しでも長引けば、後半の戦闘は 耐えることが主になる。
結果、ブラッド・レヴナントは後回しにされ、手を出されることなく時間が過ぎていく――。
そのため、ダンジョン管理課は 討伐証明書を発行している。
これを取得すれば、特別報酬や特別待遇を受けることができる仕組みだ。
佐久間さんたちのパーティー “残焔の盟 (ざんえんのめい)” は、 このイレギュラーモンスターの 初討伐を成し遂げ、偉業を達成した。
しかし、代償はあまりにも大きかった。
ブラッド・レヴナントとの戦闘で浴びた呪いは、討伐後も佐久間さんたちを苦しめ続けた。
痛みを与える攻撃が呪いへと変質し、彼らの身を蝕んでいったのだ。
さらに―― 運が悪いことに、その後、狡坂に報酬まで奪われた。
本来、奴のスキルはアイテムや金品を奪う。しかも一部だけを奪う能力のはずだった。
だが、呪いの作用が絡んだことで、すべてが……しかも、功績までもが奪われるという異常な事態になった。
狡坂のスキルは強力で、奪われたものは決して取り戻せない。
呪いによって、そんな理不尽な条件まで付与されたのだ。
ブラッド・レブナントの報酬は、希少価値の高い霊薬だった。
ブラッド・レヴナント戦で負った仲間の大けがを癒すために、使用するはずのものだった。
つまり、報酬目当てで討伐したはずなのに、その報酬アイテムの霊薬は仲間たち自身のために消費するしかなかった。
だが――その霊薬さえも、狡坂に奪われたのだ。
残ったのは呪いだけだった。
今回、再びイレギュラーモンスター――ブラッド・レヴナントの討伐が、ダンジョン管理課から依頼された。
これは、名誉を取り戻し、仲間の傷を癒す 最後のチャンス でもある。
しかし、彼らにはもはや戦う力がほとんど残っていない。
呪いによって戦闘力が大きく低下し、自力での討伐は不可能だった。
そこで、彼らは伝手を頼り、俺のもとへ討伐の依頼を持ち込んできた。
まぁ、結果は――俺があっさりと片づけた。
呪いの付与すら許さず、完勝だった。
戦いを終え、戻ってきた俺に向かって佐久間さんが歩み寄る。
彼の表情には安堵と感謝が滲んでいた。
「……カナタさん、本当にありがとう」
落ち着いた声だったが、その言葉には深い想いが込められていた。
佐久間さんはしばらく俺を見つめ、それからふっと息をついた。
「俺たちだけでは、もうどうしようもなかったんだ。戦う力もなければ、報酬も奪われて……あとは、この呪いが消えることを願うしかなかった。だが……」
言葉を切り、彼は少しだけ視線を落とす。
その手はわずかに震えていた。
「だけど、カナタさんが討伐してくれたおかげで、少なくとも少しは報われる……。奪われるばかりじゃなく、最後に取り戻せた」
仲間たちも後ろで頷きながら、静かに見守っている。
佐久間さんは俺の手を強く握りしめ、そのまま言葉を続けた。
「本当に、助かった。カナタさんがいなかったら、俺たちは――いや、俺は本当に終わっていたんだ。」
その瞳に宿るのは、深い感謝と誇りを感じた。
俺は彼の手を見つめ、しばらく黙った。
そして、改まった声で告げる。
「……まだ終わっちゃいないさ」
空気が変わる。
仲間たちが思わず顔を上げる。
俺はゆっくりと視線を巡らせ、淡々と続けた。
「最後に、俺への正当な報酬が残っているだろう?」
それまで張り詰めていた雰囲気が、一瞬凍りつくように静まった。
佐久間さんが驚いたように息を止める。
仲間たちも、何か言いかけて言葉を失った。
俺は口元にわずかに笑みを浮かべながら、静かに歩を進めた。