9.生育
朝、屋敷を出て中庭へ駆ける。そのまま無駄に迷路となっている花垣へ。迷路となっている理由は、侵入者の進軍を少しでも遅らせるためらしい。侵入者ならこんな生垣、突き破って進行するだろと思いつつ、もう覚えてしまった迷路を踏破する。
そこにあるのは畑。安心安全の自家栽培用の野菜や果物が生っている。僕はその横を通り、畑のとある一角を目指す。
「おじいちゃん、どう?」
「あ、アルドラ様!? はい。こちらの畑はすでに収穫可能となっております」
「……早くない?」
「通常の3,4倍は早いかと」
「栄養が薄くなっていると困るんだけど」
「それは調べてみませんと分かりません」
赤いブドウのような身を手に乗せ、庭師が困り顔をする。
「他の畑は?」
「おおむね通常通りです。この地でここまで育つなど奇跡です」
「僕はこれを奇跡で終わらせたくない。量産できる?」
「おおよそ可能かと」
「結構。じゃあ、収穫後、すぐに量産できる体制を整えて」
「仰せのままに」
「お、お、お嬢様~~!」
庭師との会話が終わる頃、メイドのメアリーが慌てて走ってきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「あ、あ」
「あ?」
「アナスタシア第2王女が~~!」
「は?」
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まさかの立ち合いイベントが発生した。初対面の時以来2回目である。
アナスタシアの立ち合いイベントは何回も発生する。勝敗によって好感度と、アナスタシアに憑く悪魔の浸食度合いが変わってくるのだが、こんな頻繁に起きていた印象がない。
「来たな」
「はい、呼ばれましたので」
「お前を知ってしまった私は、もうお前でしか満足できない体となってしまった」
「わぁ、情熱的ですね」
アナスタシアルートのハッピーエンドのためには、アナスタシアの好感度が100中80必要なのだが、もう達成してしまいそうだ。まだゲーム開始前だというのに。
とりあえず訓練場へ案内する。
アナスタシアはいつもの伝統的な構え。僕も同じ構えを取る。
「は、始めェ!」
メアリーがビクビクしながら開始の号令をかける。瞬間、アナスタシアが距離を詰める。2歩だけ。膝を曲げ、前傾姿勢で止まっている。
今の接近で僕を釣ろうとしたのだろう。残念ながら僕はそう簡単に釣られないよ。アナスタシアの脚の筋肉の動き的に、攻撃が届く範囲まで近づいてこないと分かっていたから。
アナスタシアは前傾姿勢のまま、横にすり足で移動し始める。僕の周りを、円を描くように。隙を見つけようって? 見せるつもりなんかないよ。
僕も少し前傾となる。アナスタシアが動きを止めた。
沈黙。
そこで、何かに反応したアナスタシアが剣を振った。空振り。目を丸くする。顔を上げると、剣を振り上げた僕。
アナスタシアが何かをするよりも速く、僕はそのまま振り下ろし、アナスタシアの頭を軽くコンと叩いた。
アナスタシアは流れに逆らわず、四つん這いとなる。
「い、今のは何だ? 私はお前を切ったはずだが?」
「いやぁ、アナスタシア様が強くて助かりましたぁ」
「珍しいな。嫌味か?」
「いえいえ、本音ですよ?」
下から睨みつけてくる。怒った顔も美人だな、アナスタシア。
「今のは、相手がある程度強くないと使えない一発芸でしたので」
「フム?」
アナスタシアが体勢を変え、片膝を立てて座る。僕は目線を合わせるために座る。
「アナスタシア様、相手の気配を感じ取れますよね?」
「ウム。次の動作を読み切らねば1本取られるからな」
「僕はわざとその気配を飛ばしたんですよ」
「成る程。私はまんまと罠に嵌まったわけか」
「理解が早いですね」
納得したようで、アナスタシアは天を仰いだ。
「ところで、どうされたんです? 急にこちらにいらして」
「今日婚約者が10歳となってな」
「おぉ、おめでとうございます。アナスタシア様に婚約者がいらしたんですね」
「どういう意味だ?」
「おっと」
僕はわざとらしく口を手で覆いながら目を逸らした。3秒ほど沈黙の激睨みタイム。
アナスタシア様は溜息とともに睨むのを止めた。
「そういうお前だって公爵家らしく婚約者ぐらいいるだろ?」
「どうなんですかね。いるとは思いますけど、会ったことも聞いたこともないです。お父様もお母様も全然帰って来ないので」
「……深く聞かない方がよいな」
「え、別にいいですよ? 笑い話にしているので」
紛れもない本音だ。そもそも僕は両親に興味がない。アナスタシアとの橋渡しをした。それ以上でもそれ以下でもない。
「それで、その婚約者がどうされたのです?」
「あぁ、どうも怖がられていてな」
「ほう」
「立ち合いを申し入れたのだが、相手は震えるばかり」
「ありゃ」
まぁ、そうだろう。誕生日おめでとう。10歳になったんだね。じゃあ立ち会おっか。恐怖しかないだろ、この発言。しかも、発言者はこの国の騎士団長より強い。震えるよ、そりゃ。
「ついには粗相をさせてしまってな」
「泡噴いて倒れなかっただけ偉いですね」
再び3秒間の激睨みタイム。
「気付いていないようですので進言しますけど、アナスタシア様の威圧感凄いですからね。野生動物なんて即座に逃げ出しますよ」
「そこまでか?」
「それ以上です」
アナスタシアが珍しく縮こまる。もしかして気にしてた?
「なぜお前は平然としていられるのだ?」
「僕の方が強いですから」
「ム」
「それに」
「それに?」
アナスタシアの顔をじっと見つめる。向こうは先を促すように見つめ返してきた。
「僕はアナスタシア様が心優しき乙女だと知っていますからね」