8.祝宴
今日も僕は王城にいた。この日は第1王女であるアンナ様15歳の誕生日なのだ。
ちなみにアンナ様は攻略対象ではない。それどころかスチルもエピソードもない。有志のオタクによって想像絵が描かれるまで立ち絵がなかったくらいだ。
僕はあまり興味ない。今の僕はアンナ様よりも盛大で豪勢なパーティに欠かせない料理の方に目が奪われている。アナスタシアの視線が刺さっている気がするけど、気にしない。気にしないったら気にしない。
そもそも僕はこういう場が苦手だ。腹の探り合いをするぐらいだったら、物理的に手を出す方が楽だからだ。
料理番をしているメイドを待たず、とりあえず食べたい料理を皿に盛ると、そそくさとバルコニーへ退散した。
夜風に当たりながら料理を口に運ぶ。この何という料理か分からない、何かの貝に何かのソースをかけたものが美味い。こういうオシャレで豪華な場でしか出てこない料理には、独特の美味しさがある。創作料理であるが故の一期一会。善き哉。まぁ、出来ることなら、いつでも食べられるようにしたいかな。
「ここにいたか」
「アナスタシア様」
バルコニーにいる僕の元へ来たのはアナスタシア様。こんな場面でも男装している僕と違い、豪奢なドレスだ。
じっと見つめてくる。僕は気にせず、よく分からない貝料理を食べる。
「……私が目の前にいても構わず食事を優先するか」
「このソース美味しいですね。どうやって作っているんです?」
「……後でお前の家の者にレシピを教えさせよう」
「やったぜ」
僕は料理で頬を膨らませながら、モリモリ食べる。アナスタシアは手摺に背を預け、中の様子が見える体勢となった。
「お前は私相手でも遠慮ないな。先程話を無視された大臣が落ち込んでいたぞ」
「誰、その人。覚えてないですね。ところで、遠慮した方よろしくて?」
「止めよ。寒気がする」
「じゃあ止めておきます」
もっしゃもっしゃ食べている僕の皿を見つめている。何だろう、食べたいのかな?
「食べます?」
「後でな。このドレス、コルセットがきつくてな。食事をする気が起きん」
「男装便利ですよ」
「次回からは私も男装にするか、本気で悩みそうだ」
アナスタシアは顎に手を当て、何か考え事を始める。男装のことだろうか。アナスタシアはスラッとした長身に長い手足があるため、結構似合うと思う。
「あれだけ積まれていた料理がもう消えたか」
「まだまだ入りますよ~」
僕は自身の腹をポンと叩いてアピールする。
「淑女とは思えん所作よな」
「当然まだまだ子供ですから」
「自慢気に言う事ではないな」
「というわけで、新たな料理の確保に行って参ります!」
「あぁ、励めよ」
僕は城内に入り、料理を皿に乗せていった。
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「まったく、アレといると飽きんな」
私はアルドラを見て、素直にそう思った。皆私に怯え、まともに会話すらできない。
しかし、アルドラは一切の物怖じをせず、当たり前のように会話してくる。私にとってどれだけありがたいことか、アレには想像もできない。
「しかし、あれだけの量を食してなお、あの体型の維持か。それを可能にする運動量こそが強さの秘訣なのかもしれんな。ん?」
中庭に誰かいるのが見える。バルコニーの手摺から背を剥がし、中庭を見下ろす。
そこに居るのは2人の少女。暗くてよく見えないが、マナ・アスフィとレレイラ・ボルドーだったか。
中庭に設置してある噴水を囲うレンガに腰かけているのは分かる。一体何をしているのだ?
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大量の戦利品を乗せた皿を抱えながらバルコニーに戻ると、アナスタシアは中庭を見ていた。何を見ているのだろうか。
「何か面白いものでも見つけました?」
「フム。骨付き肉を口に含みながら言う台詞ではないな。マナ・アスフィとレレイラ・ボルドーが中庭にいただけだ」
「ほほう」
そもそもアンナの生誕パーティ自体ゲーム内では存在しないイベントだ。2人の知られざる一面が見られるかもしれない。2人とも大の仲良しであるため、ただ百合百合しい場面が見られるだけの可能性が高い。僕の大好物である。
「どうも様子がおかしい」
「おかしい?」
「レレイラが泣いているように見える」
「泣いている?」
少し力が入ってしまい、骨を噛み砕いてしまった。勿体ないので飲み込む。
手摺から少し身を乗り出してみると、涙を流すレレイラと、その背中を撫でて宥めているマナの姿。
「なぜ泣いているのか」
「……噂ですけど、レレイラは何を食べても食べても吐いてしまうそうです」
「フム。聞いたことがあるな。それが心にダメージを与えているのか」
「そうでしょうね。食べたいのに食べれない。飢えても吐いてしまう。拷問ですよ、これ」
「フム」
アナスタシアが顎に手をやる。
「どうにかしてやれんものだろうか」
「可愛い女の子が苦しむのは見過ごせませんものね」
「フム。お前と私では行動基準が大きく違うようだ」