4.悪魔
恋愛付きバトルゲーム『大罪の乙女達』。7つの大罪のいずれかを背負った少女が、その大罪に関する事件を起こす。それが示唆されるプロローグムービーが流れ、主人公はそれを防ぐために奔走するというストーリー。
少女達が事件を起こす要因は様々だが、根幹となる部分は共通して悪魔の存在である。少女に憑りつく悪魔は、一貫して少女の心を蝕む。
そして、自制が利かなくなった時、少女は事件を起こす。
他人事のように説明しているが、僕も事件を起こす側の人間である。最近も妙にイライラが止まらない。武道でも抑えられない次元に来た。
悪魔は精神に宿る。乗っ取られた者は精神を壊す。
だが、僕は間に合った。間に合わせてみせた。
今、僕の目の前には、驚いた顔を見せる悪魔がいる。
黒々と光沢を放つそれは、ギラギラ尖る歯と爪を強調するよう突き出しながら立ち上がった。
「ただの人間が、こんなとこに何の用だ、アァ!?」
「フゥ……」
「……オイ」
僕の溜息に血が上ったのか、その鋭い爪を振るってきた。
「溜息たぁ余裕だな、オイ。今テメェの前にいんのは、悪魔なんだぜ、オイ」
切り裂かれたのは服のみ。反応からして狙ってやったことだろう。威嚇かな。僕は10歳のうら若き乙女だ。胸元が開いたせいで覗く、平らな谷間。犯罪的だ。……谷間じゃねぇじゃんとか言うなよ?
「調子に乗ってッと刻んじまうぞ」
「……傲慢で、愚かで、本当に君、憤怒?」
「あ? キレたわ。負けても恨むなよ? その体、乗っ取って好き勝手大暴れしてやんよ」
静かに怒る悪魔が拳を握る。悪魔の脅威は鉄さえ刻む必殺の爪。握った時点でそれを捨てている。馬鹿だな、こいつ。
「はぁ!」
悪魔が右拳を振るってくる。僕はその右拳を利用して回し、地面に叩きつける。
「……お?」
何も分かっていない顔を晒す悪魔の後ろに立つ。気付いた悪魔が立ち上がりながら振り返る。僕はコンパクトに足払いのみ。
「ッテッ! こ、この女郎ぉ~~!」
「……2度目」
「舐めんなぁ!」
今度は爪を突き刺すように繰り出してくる。僕は軽く手首を押して軌道を逸らし、目突きの寸止め。
「3度目」
その手を素早く下へ。悪魔の首を掴み、足払いをしながら落とす。そして正拳突きを眼前で寸止め。寸止めが1番精神を攻撃できる。
「4度目」
「ふざっけんな!」
起き上がりながら掴みかかろうとしてくる悪魔の顎を下から押し、背を弓なりに曲げさせる。
悪魔は強い。むしろ弱いわけない。その中でも大罪の名を関する悪魔は、何万もいる悪魔の頂点といえる。
なら、何で僕が圧倒しているかって?
怒りは動きを単調にするんだぜ?
悪魔は倒れることを拒み、僕の開いた服の胸元を掴んだ。
「オラッ!」
浅い。しかし、斬られた。一発だってもらってやるつもりはなかったのに。
もう1度爪。僕は身を引いて躱し、下段蹴り。悪魔は跳躍で回避。同時に回転蹴り。
僕が危なげなくガードするのを見て舌打ちし、斬撃。回避しながら足払い。
「ぐぉ!?」
地面を割るほどの拳。ゴロゴロと転がりながら離れる悪魔を見ながら、ゆっくりと拳を抜く。
「う~~ん。じゃあ、次行くよ~~」
「くそが!」
ギアを上げた前蹴り。明らかに10歳の打撃ではない。悪魔は躱すどころか反応すらできず、まともに喰らう。重厚な打撃は肉の鎧を貫く。
「オゴゥアウ!?」
「ちょっとぉ、吐かないでよ、そんな紫の体液。ここ、僕の心の中、精神世界なんだよ? 気色悪い」
そして、悪魔の瞳に、恐怖と怯えが宿った。
「分かった! もう分かったから!」
「何が? 絶対何も分かってないのに」
「もうここから出て行く。もうアンタにゃ迷惑かけねぇ! だからもう許してくれ!」
悪魔が許しを乞う。それはまさしくジャパニーズ土下座。美しきそれは黄金比となっていた。
「……地に伏せる龍って分かる?」
「……は?」
「地に伏しておきながら、逆転の機会を窺う奴のことだよ」
悪魔の体が僅かに震える。
「ちなみに僕は超がつくほどの平和主義者でね。危険な考えを持つ奴は、心が折れるまで質問を続けてね、心が折れた後も続けるんだ。だって嘘かもしれないからね。何十回、何百回って心を折るんだ。もうそんな考えが浮かばなくなるまで」
悪魔は顔をひきつらせた。なおも僕は続ける。
「いつまでだって僕の中にいるといい。むしろどこにも行かせない。僕から出て行ったら、それだけ他人に迷惑をかけるんだろう? なら、僕の命が続く限りで構わない。せめて、その期間だけでも、僕が人柱となるのさ」
憤怒の悪魔は泡を吹いて倒れた。