3.根回
朝4時、起床。
とはいえ、この世界に日時計以外の時計はない。地球のような四季や日の長さの変化は特になく、規則正しく過ぎている。地球でいう6時に日は昇り、12時に天辺、18時に沈む。
中庭に置かれた日時計が6,9,12,15,18時を示してくれている。そのため、この世界では、一の刻、二の刻とそれぞれの幅を呼び、その感覚で暮らしている。明確な時刻というものは存在しない。そこらへんはだいぶルーズなのだ。
朝4時30分、訓練。
5年間続けている部位鍛錬は、達人の域に達しようとしている。鉄も縄も、いつの間にか拳の形に変形していた。だからこそ、尖っている部分に拳をぶつける。鍛えなきゃいけないんだ。
巻き藁だけではない。ゴツゴツとした岩石。より硬い鉱石。
殴る。殴る。殴る。
蹴る。蹴る。蹴る。
頭突く。頭突く。頭突く。
5体から血を流しながら樹木へ向かう。そして樹木に巻いた布を掴み、一本背負いの鍛錬。巻き藁で最初はしていたが、勢い余って抜いてしまった。
この頃にはすでに陽が出ており、体を熱している。
午前8時、山へ水浴び。
自宅に流水がない。だからこそ中庭に隣接する山に入り、滝を浴びる。タオルで体を拭き、下着を身につける。
この時、高確率でネコ科の肉食獣が水飲みに現れる。
僕は木を利用した三角跳びで宙を舞い、肉食獣の背中にしがみつく。そのまま極め技。
極め技の練習相手がなかなかいないため、ここでどれだけ練習できるかがポイントとなる。
肉食獣が暴れて、僕を樹木やら地面やらで圧し潰そうとする。しかし、僕の肉体はその程度ではビクともしない。そう鍛えた。
というわけで、ゴキッと肉食獣の首を圧し折り、僕は立ち上がった。
汚れ塗れとなっている僕の肉体を見下ろす。
「また1組、下着を駄目にしてしまった」
午前10時、食事。
捕った肉食獣は使用人と分けて食べる。柔らかな白パンと山羊のチーズ、香辛料のない大味な肉。別にいいんだけどね。文句なんかないよ、用意してくれる時点で。ただちょっとだけお野菜欲しいなぁとかしか思ってないよ。
午前10時45分、勉学。
これでも僕は公爵家だ。このゲームにおいて公爵家は王族の2親等以内の親族しかなれない。もちろん成人は必須。王弟の娘たる僕は独立しても公爵に成れない。3親等だからね。
とはいえ、今は公爵家。父は家に帰ってこないが、恥をかかせるなという意味だろう家庭教師を送ってきている。
僕はこれでも前世で全国模試2桁順位常連で、時折1桁も取れるくらい賢いので問題ない。地頭が違うんだよ、地頭が。
どれだけ難しい問題を持って来られようと、持ち前の応用力で解いていく。呻くなよ、家庭教師。僕が凄いだけなんだから。
正午、観戦。
家で会う事のない父だが、仕事に娘を駆り出してくる。
今日の仕事は武芸試合の見届け。領地同士、商売敵同士が行う代理戦争。これの勝ち負けで、それぞれの立場が変わるらしい。
血だらけの男性2人が徒手で戦っている。僕は足を組み、肘を着き、拳に頬を乗せるという令嬢らしからぬ姿勢だ。父が咎めることはない。こっち見てないもん。
浅黒い肌の男性の肘鉄を直前で躱しながら、男性がショートアッパーを顎に叩き込む。
欠伸を我慢しながら観戦していると、片側の男性が意識を失って倒れた。
勝負ありで盛り上がっているが、僕にとっては終始つまらなかった。闘技者のレベルが低かったからではない。自分が出場できなかったからだ。
体動かしたかったな~~、この時間。
午後5時、夕飯。
1人だ。使用人がともに食事することはない。それは仕方ないことだと割り切った。
両親が伴することもない。所詮両親は仮面。地位と周りからの視線を気にして結婚したに過ぎない。
それはそれで別に構わないのだが、2人揃って外に愛人を作っている。だいたいがそちらの家に行っているため、家に帰ってくることはあまりない。
その分好きなことをやらせてもらえるのはありがたいけどね。
そもそも愛人を余所に作ること自体、法律的にも倫理的にも何ら問題がない。僕が何を言うのはおかしな話だ。
「お嬢様」
「ん? どうしたの?」
「頼まれていたモノの用意ができました。到着は早くて4日後だそうです」
「オォ! 本当!? それはよかった。4日後か。こっちも準備を進めないと」
灯りがなければ何もすることがない。
夜18時、就寝。
あぁ、よかった。ようやく会える。