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2.現状

 斎藤五月。高校2年生。現在、アルドラ・ランレイグ。恋愛付きバトルゲーム『大罪の乙女達』に登場する、攻略対象の1人だ。


「マジか、アルドラか。……アルドラか~~」


 斎藤は登場人物に感情移入し、そいつに成りたいと妄想するタイプのプレイヤーだ。しかし、このゲームで感情移入しても、このキャラに成りたいと思ったことがない。このゲーム『大罪の乙女達』は『バッドエンドもエンディング』というキャッチコピーであり、その通りバッドエンドが多い。そのほとんどが人の生き死にが関わり、心を刺しにくる描写が多いことから、批判の熱も高まった。


 攻略対象は全部で7人。7つの大罪にかけているため、ヒロインは大罪のどれかを背負うことになるという設定だ。そして、その大罪に関する事件を起こし、バッドエンドへ向かっていく。事件を起こさせないために好感度を上げて恋愛したり、バトルをして抑制したりしなければならない。まず初見ハッピーエンドをさせないというスタッフの言葉もある。


 僕は、鏡を見る限り、5歳だ。ゲーム開始時点でのアルドラの年齢は確か16歳。まだ10年ある。いや、もう10年しかないのか?

 攻略対象は悪魔が憑りつくことで、自制できなくなり事件を起こすというシナリオだ。どのタイミングで憑りつかれるかはキャラごとに違う。確かアルドラは4番目。3歳の頃だったか。時間をかけて悪魔の力が増幅されていったはずだ。つまり、もうこの段階で憑りつかれている。


 とりあえず、それは置いておこう。今は、この目の前の料理が冷めないうちに食べたい。公爵令嬢らしからぬお腹の鳴り具合なのだ。

 この世界に朝食という概念はない。だから今の僕は相当我儘な令嬢だろう。だが許してくれ。お腹空きすぎて倒れそうだったんだから。


 他の攻略対象のことも考えておこう。


 ベルモット・クラファイド。僕と同い年。会うのは簡単だ。こちらは公爵。向こうは男爵。呼び出せばいい。しかも、向こうは商家でもある。買い付けの用事をすればいい。幸い、今の僕は足りないものばかり。欲しいものならたくさんある。


 アナスタシア・ド・バルティエ。第2王女である。普通であれば学園入学前に会うことは叶わない。しかし、僕の父は普通ではない。現国王の弟である。両者の仲は良好と言い難いが、政治的に民衆の目を誰よりも気にする2人は表面上は良いように見せる。定期的に会っていることは知っている。アナスタシアは、力で上から押し潰せば、向こうから勝手に攻略されに来てくれる。体を鍛えておけばいい。


 マナ・アスフィ。設定集に天才と書かれるほど、異端の感性を持っている。根底は少年のよう。しかし、時折逆張りをする面倒な子。初対面で渡すプレゼントで、RTAを続けるか再スタートするかを決めることになると言っていい。


 レレイラ・ボルドー。ロマンシェの実を用意しなければならない。レレイラが攻略できるか否かの10割がそれで決まる。レレイラは生まれながらに3体の悪魔に憑かれており、そのうちの1体のせいでロマンシェの実を含まない料理が食べられない。正確には、食べられるのだが、吐いてしまう。つまり、ロマンシェの実が安定して手に入った時点で命の恩人となり、生涯お慕い申し上げる形となる。


 ウェーハ・ポゼッション。零細貴族であり、自分が何とかしなければ潰れてしまうと考えている。潰さない方法は、農業を頑張ること。具体的な方法はゲームの選択肢を話したり、手に入ったロマンシェの実を育てるようにアドバイスしたりすればなんとかなる。ロマンシェの実は万能なのだ。具体的な性能性質は何も知らないけど。


 オーレリー・クルカーン。主人公がオーレリー以外に現を抜かさない限り、何も起こらない。しかも、主人公と幼馴染かつ許嫁であるため、こちらが何もしなければそのまま結婚することになる。悪いな、主人公。僕は恋愛的に女の子が好きなんだ。だから君に興味が湧かないよ。オーレリーと仲睦まじくイチャイチャ過ごすんだな!


 食事を終えた僕は中庭に出た。父が凝ったらしいが、もう父が来ることはないだろう。

 僕が中庭に出てきたのは、体を鍛えるためだ。悪魔祓いや攻略のためでもあるが、1番は前世の体にしたいのだ。どうも今の体は重くて仕方ない。


「お嬢様、こちらをいかがなさるのでしょうか?」

「そのあたりの地面に突き立てて」


 用意された鉄の延べ棒180㎝と荒縄を見て、使用人が不思議そうな顔をする。当然だ。今までのアルドラからは考えられない要求と命令だ。玩具やお菓子ではなく鉄と縄。そりゃあ、使用人は拷問か何かだと思うよな。日頃の僕を考えればな。……ごめんな。


 突き立てた鉄に荒縄を巻き付けていく。いわゆる巻き藁のようなやつだ。鍛錬器具が欲しかったのさ。古の空手マスターが金剛石の如き拳を作り上げるために用いたとされる部位鍛錬用のものである。


「これでいかがでしょう」

「ばっちりだね。これが欲しかった」


 使用人は相変わらず不思議そうな顔をしている。メイドが少し首を傾げている。

 僕は何の迷いもなく巻き藁擬きを殴る。拳の皮が剥け、血が流れ出た。


「お、お嬢様!?」

「何をしていらっしゃるので!?」


 物理的に止められる前にもう1度殴る。殴る。殴る。

 あと10年しかない。それよりも早く出会える者には会っておきたいし、悪魔も退治しておきたい。

 時間が足りない。5年で悪魔を倒さないと、のんびりイチャラブ生活がスタートできない!


「も、申し訳ございません」


 謝りながら使用人が、僕の腕を止める。


「謝ることはない。これを止めるのは君達の仕事と考えることができるだろう。止めても無駄だと思わせるけどね」

「え?」

「ところで、流水ある?」


 己の肉を見ながら、僕は微笑んだ。

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