18.邂逅
「あれ? ベルモット男爵令嬢?」
「レレイラ様?」
ランレイグ家の屋敷に半ば強引に連れ込まれたベルモットが見たのは、モリモリとご飯を頬張るレレイラだった。ベルモットは不思議そうな顔をする。確かレレイラは食べたものの多くを吐いてしまう特異体質ではなかったか?
「レレイラ、今何杯目?」
「は、はい。5杯目です」
「お、いいね。でも無理しちゃ駄目だからね?」
「はい!」
元気に返事したレレイラは再び食事を開始した。
開いた口が塞がらないベルモットが部屋の奥に視線を移すと、そこにはスクワットをするマナ。確か自らの脚で1歩も動かないことから、不動令嬢と呼ばれていた気がする。
おかしい。何かが、確実におかしい。
「もう、無理」
「無理じゃない! そんな言葉使ったら、効果が薄まっちゃう! でも、よく頑張った! 偉い! 休憩しよ!」
「ホワァアアアア!」
どこか特徴的な声を出しながら、マナはクッションに倒れ込む。クッションはシャカシャカと足を動かして、テーブルへと向かう。テーブルに近づいたタイミングでクッションから腕が生え、テーブル上のグラスを取った。マナに水を飲ませる。
まだ不動令嬢の面影があるな。というか、確かにこの基外具があれば、動かなくて済んでしまう。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「およ、どうした?」
メイドに呼ばれて、アルドラが部屋に出る。
緊張の根源がいなくなったことで緩み、ベルモットは椅子に座った。どっと疲れが表れる。もう1度立ち上がれる気がしない。
「レレイラ様、お食事ができるようになったのでございますか?」
「そう聞かれると微妙ですね。私用に調整された食事なら出来ますが、それ以外は未だできません」
「なんと。それは素晴らしい進歩です。ぜひ、どのような調整を行っているのかお聞かせ願えませんか?」
「えっと、確か」
「レレイラ、止めとけ」
「マナ?」
レレイラとベルモットの会話に、マナが割って入る。マナは反転させていた体を裏返し、俯せの状態となる。
三者三様の視線が交わる。不可思議、懐疑、疑念。そして沈黙。
まず口を開くのは、状況の読み込めていないレレイラ。
「マナ、止めとけってどういう意味?」
「うん。そいつはレレイラから情報を抜き取ろうとしている。お金になるとでも思ったかい? 商売っ気が強いと身を滅ぼすよ」
「ご忠告どうも痛み入ります。しかし、気のせいではございませんか?」
「この頭脳を舐めるなよ?」
再びの沈黙。あまりついていけていないレレイラは眉を顰めるばかり。ベルモットの背筋には冷や汗が流れる。決して表に出さないのはプロの矜持か。
しかし、確実にバレている。ここからどうするのが最適解?
ベルモットはゆるゆると両手を挙げた。
「降参です。そう睨まないでください」
選んだのは正直な謝罪と降伏。これをされた良識人は、これ以上責められない。
「君が無害であるうちは、私も何もしないよ。面倒だし疲れるし。仲良くしよう」
「えぇ、御贔屓に」
互いの力が抜けていく。ベルモットは椅子に全体重を預け、マナはクッションに埋まった。
顔も体も弛緩しているのに、空気は張ったまま、随分と器用なことをしますね。そう考えながら、レレイラは最後の一口を含んだ。
「ところで、アルドラ様はどちらへ行かれたのでしょうか」
「なかなか戻ってこない。ということは」
「そういうことでしょうね」
「え、何ですか? お2人して通じ合って」
「お前の家に集まる人数が日に日に増していないか?」
「その筆頭が何を言ってんだか」
声がして、ベルモットが振り返る。そして、呼吸が止まった。顔色が、髪色にも似た藍へと移っていく。
12歳にして160㎝を超すタッパのある上背。壮絶な努力を想起させる引き締まった体。その野性を野蛮と思わせない気品ある所作。現国王の子孫であることを主張する、僅かに光を反射する金の髪と碧の瞳。それらすべてを置き去りにする高濃度の威圧感。
間違いない。何度か式典の際、遠目に見かけたことがある。
そこに居たのは、アナスタシア・ド・バルティエ。この国の第2王女その人だった。