17.商会
ベルモット・クラファイドは貴族である。位は男爵。しかも領地は一般的な男爵のそれよりも狭い。そこら辺にいる在野の貴族の一睨みで吹き飛んでしまう。
しかし、実際にクラファイド家でそれが起こり得るかと言われれば、そんなこと決して起きない。物流のおおよそ全権を担っているからだ。クラファイド家がいなければ、物が動かないとさえ言われている。
確固たる地位がある。
誰もが羨む王家とのパイプさえ。
見れば見る程羨ましい。感じれば感じる程欲しくなる。
父は得意気で、満足気で。しかし、ベルモットは満たされなかった。もっと素晴らしいものが手に入るはず。そのポテンシャルはある。きっと。
だから私は、貪欲になった。
さて、問題は山積みだ。まず当然の悩みとして、どうすれば王族と会えるのか、だ。ブランド価値を高めるには王族とのパイプが必要。
娘だからという理由で入れてくれるほど、城の護りは甘くない。どうやって入ろうか周りをウロチョロしていれば、怪しまれて夢から遠ざかる。それは避けたい。
王立学園に入学できれば会える確率は上がるだろう。入学まで4年。待つ? この私が?
そうなると、私の打てる手は限りなく少ない。そのうちの1つ。誰かを踏み台にする。それが確率が高い。
まず探るべきは王弟、ランレイグ公爵家。何とか話術で言いくるめてやる、と息巻いて屋敷に近づいていく。
外から敵の観察。少女と女性の間くらいの人物が1人、着ているメイド服についた土を払っている。庭の手入れでもしていたのだろうか。
塀に沿って歩く。敷地外周の1辺が長く、端に行くだけでも疲れてしまいそうだ。
ある点から中は生垣で守られてしまっており、簡単に覗けない。覗きがバレれば最悪極刑もあり得る。慎重に、慎重に。できれば無理はしたくない。
何かないだろうか、中の人と接触する手段は。
「何してんの?」
心臓が口から飛び出るかと思った。まさか声を掛けられるとは思っていなかった。
今の私の装いは農家の子そのもの。さらに明らかな覗きもしていない。何で、声を掛けられた?
「僕、凄い優しいから教えてあげるけど、ただの農民の子がこんなとこ来る用事ないからね?」
心臓が口から出た。
しかし、ここは嘘で乗り切るしかない。
「ぼ、僕、ここに住んでいらっしゃる貴族様が気になって気になって」
「何だ。そうなのか~~」
目の前にいる帽子の少年の声が優しく、そして柔らかくなった。胸を撫で下ろす。
少年が握手を求めるように手を差し出してくる。私は何も考えずにその手を取った。
「だったら、早く呼びつけてたよ~、ベルモットちゃ~~ん」
今度は心臓が止まった。今日だけで私は何個の心臓を壊せば気が済むのだ。
「僕はアルドラ・ランレイグ。ここに住む貴族様だよ?」
「へ?」
何とか絞り出す声に敬語が乗ってくれない。間に合わない。
しかし、アルドラ様はそのような事気になさらず、言葉を続けられた。
「ここに、ただの農民の子が来るわけないでしょ?」
「あ」
確かにそうだ。そうおっしゃっていた。あれは私に対してのみならず、アルドラ様の方にも適用される。
そうだ。あの時点で、目の前にいる農民の子の恰好をした者は、普通の方ではないと分かったはずだ。
どうして気付けなかった? 気付けよ、私!
「じゃ、一緒にこっち、来よっか」
「は、ははは、……はい」
その笑顔は間違いなく私に恐怖を抱かせた。
あ、私、死んだ?