16.捜索
聖那は警察の制服の帽子を脱いで、汗を拭う。そして、困ったように頭を掻いた。
まず大前提として、斎藤五月は逃げない。動物園から脱走したライオンに素手で立ち向かったり、背中に女神を宿した男性にタバコのポイ捨て注意としてソバットを食らわせたり。確実に何かが壊れていた。
その強さ、そのストイックさ、そして後退の螺子の外れ具合を見て、誰かが言い始めた渾名。それが鬼姫。
本人は可愛らしく畏敬の念を込めて姫さんだったら呼んでも許すみたいなことを言っていた。以来、聖那も美里亜も姫さん呼びである。
どこか遠くへ行く時は、いつも親か兎洞家の誰かに連絡と許可を取っていた。それが鬼姫であり、斎藤五月という人物だ。無断で何日も連絡が途絶えるようなことは、今までに1度たりともなかった。
「僕は彼女を幼い頃から知っています。その上で断言します。これは彼女らしくない。何かしらの事件に巻き込まれたのではないか、と」
「お前の言いたいことは分かった。耳に胼胝ができるくらいにな。その上でこっちも言うが、だからといって探し出せる手段があるわけじゃないぞ? 手掛かりがないんだから」
「う」
聖那が言葉を詰まらせる。工藤の言う通りだ。実際、聖那の抱えている仕事の中にも、もう打つ手のなくなってしまった行方不明者捜索の届け出が山ほどある。見つけられないことを申し訳ないと思いつつ、どこか仕方ないことだと他人事のように処理していた。そのつけが回ってきたのだろうか。
「悩んでたって仕方ないよ。ある日突然、フラッと帰ってくることだってあるんだから」
「……そうですね」
聖那が帽子を被り直す。
「姉さんなら、何とかしてくれるかな」
△▼△▼△▼△▼△▼
「あれだろ? 前に計屋のことを口説いてきた奴だろ?」
「えぇ、そうよ」
「あぁ、思い出したでゴザル。あの者のことにゴザったか」
「あの時はびっくりしましたねぇ」
この世界にはダンジョンが存在している。同時に、その内部を探索し、生計を立てる職業も存在している。探索者。美里亜もその一員だ。
特に美里亜は日本一のパーティに所属している。現在はそのパーティメンバーに、斎藤五月失踪事件について相談していた。
2m超えの巨躯を誇るリーダー鵜生川雀右衛門はテーブルに頬杖をつきながら、ヒーラーの計屋美心のことを見る。ノーランド・下井田も便乗して視線を向けると、主婦であり回復術士である女性は照れて俯いた。
「あの子は底抜けに馬鹿だから、何かに思い悩んでの失踪って線は考えにくいのよね」
「長年一緒にいる者の証言にゴザルから、そうなのでゴザろうが、ならば何処へ?」
「ほっときゃ帰ってくんじゃねぇのかって言いてぇところだが、1週間ってなるとなぁ」
鵜生川は腕を組み、テーブルの上を見つめた。まだ唐揚げが湯気を立てている。
「弟君は警察官でゴザろう? 何かそちらで進展はないのでゴザルか?」
「こういう時は明確な事件性があるまで積極的には動かないそうよ。無限に人員を割けるわけじゃないから」
「それは……。ご家族の方にとってはとても悲しいことですねェ」
計屋は少し涙ぐむ。そしてテーブルの上に置かれた熱燗に舌先をつけて温度を測る。すぐに引いた。まだ熱かったようだ。
兎洞は構わず飲み下した。喉や胃が物理的に熱くなる。
「まったく、あの子はどこに行ったっていうのかしら」
「確かに心配でゴザルな」
「あの子の足取りを追えるものが少しでも残っていれば」
「いつまでもタラレバ言ってたってしょうがねぇだろ。俺達に出来んのは、池袋ダンジョンを攻略することぐらいだろ」
「それもそうね」
仲間の弱音を聞いていられなくなった鵜生川がそう締めくくった。