15.奮闘
現国王を含め、城内に住む、もしくは勤める者には、共通の悩みの種があった。それは。
パァン!
「……またか」
「はい。またにございます」
硬いものと僅かな柔らかさを持つ硬いものがぶつかる音。それをきっかけに国王が目を覚ます。起こすという仕事を奪われた老齢のメイドは、恭しく礼をしながらカーテンを開けた。
国王が額に手を当てながら頭を振る中でも、その音は響いていた。
朝、夜明けとともに響く、大気やら鉄やらが叩かれる音。もはや恒例と化し、朝の風物となっている音を聞きながら、国王は溜息を吐く。
「幼き頃は気に入らぬことがあれば命令をし、使用人を徒に傷つける我儘な娘であった。いつかはきちんと叱ってやらねばと思っていたが、今は別の問題となってしまった。熱中できるものがあるのは素晴らしいと称賛するが、なぜあそこまでなってしまったのか」
「お力になれず申し訳ございません」
国王と老メイドは窓の外を一瞥し、苦悩の吐息を漏らした。
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第1王女であるアンナも、その乾いた音に起こされた1人である。ラフな恰好の寝巻のままベッドから出ると、窓枠まで歩き腰かけた。
アンナは妹を心配する。妹はかなり頑丈な子だが、まだ12歳の女の子。体を壊さないだろうか。
アンナは体が人よりも弱く、病気で伏せがちだ。現在も若干風邪気味である。
アナスタシアは健康そのものだ。骨折の経験はあっても、病気の経験はない。アンナに対して、体を強くするための軽い運動の提案をしていた。それにより、最近は病気の頻度が減り、治りも早くなった。
拳の皮が剥ける程の鍛錬を積む妹の提案は、とても優しく、姉の食事のサポートまで行っている。おかげで食べられる量が増えた。
どの面で切り取っても妹の方が上。王位はこのまま妹が継ぐことだろう。困ったことに、妹は頭も切れる。
「まぁ、本人は別のことにお熱みたいですけど」
「お嬢様、お体に障りますよ?」
「あら、そうね」
産まれる前から仕える老メイドに提言され、アンナは窓枠から離れた。
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デバンハコ・レダッケは堂々と城内を闊歩し、中庭へと向かっていた。
肩で風を切るどころではない。胸で風を切っていた。
デバンハコはバルティエ国でもトップクラスの格闘家だ。各地の大会で優勝の山を築き、実力を示していたことが功を奏し、第2王女の指南役の1人として接敵されたのである。
大出世だ。ただの農民であったデバンハコは、何の効力もないとはいえ、レダッケという姓を給われたのだ。このようなこと普通はない。
つまり、これはまたとない大チャンスなのだ。
廊下を突き抜け、遂に第2王女といざご対面、というところで、背中に嫌な汗が湧いた。じんわりとシャツを濡らしていく。
これは駄目だ。行ってはいけない。思い出すのは、初めての殺し合いをした時。口に出せば殺されることが確定しているが、この先にいるのはあれだ。化け物だ。人間ではない。
ゆっくりと息を吐いて、自分を律する。1歩前へ出て、第2王女を見た。
美しい。それが第1印象。
怖い。これが次の感想。
汗で首筋に張り付く髪を放置し、ただ対等を求める獣が1匹いた。獣が怯える師へ視線を投げる。
「貴君が新たな師、デバンハコか?」
「は、はい。その通りでございます」
人が放つことのできるとは思えぬオーラに思わず身が震える。王女、女性、人間、12歳。あらゆる要素を忘却の彼方へ追いやる圧倒的な威圧感。師がこれまでに味わったどれよりも異常だ。
「では、早速始めよう」
「え」
ぐるりと肩を回した第2王女と向き合う。
戦闘開始。
しかし、残念ながらそれは戦闘と呼ばれるものではなかった。蹂躙。ただ一方的な殲滅。
「フム。駄目だ。どれだけ鍛錬をしてもアイツに届く画が浮かばん」
これでまだまだ? 勘弁してくれ。
師は地に伏しながら、心の中で悪態を吐くことしか出来ない。覆し切れない才能の差を痛感した。
ところで、アイツって何者?