13.指導
僕は別に教えたくないわけじゃない。秘伝の技ってわけでもないし、一子相伝とかでもない。教えるのは構わないのだが、そう教えても時間がかかることが問題なのだ。
「アナスタシア様、殴蹴はどう教わったのですか?」
「フム。まず師が実演し、少なからず多からずの説明を加え、後は反復と実習だ」
「投極も同じですよ。反復しかありません。ただ面倒なのは、指導にも練習にも相手が必要という点です。アナスタシア様にかけるところを見せるためにも」
この場にいるアナスタシア以外の者は、マナ、レレイラ、メアリーの3人。全員ブンブン首を振っている。安心してくれ、選ばないから。君達、受け身取れなくて死んじゃうから。
アナスタシアもそれが解っているからこそ、強制しない。
「お前の師は呼べないのか?」
「僕、独学だからなぁ」
「ハ?」
睨まれてしまった。
そうだよ、独学だよ、悪いか。前世の教えは、肉体ではなく魂に宿り刻み込まれているんだよ! 肉体が変わろうと、それは変わらないのさ!
「殴蹴は独学でも、不格好となるだろうが、何とかなるだろう。しかし、投極はお前の言うよう相手がいなければ始まらん。それはどうしている?」
「え、あれですけど」
僕は1本の樹木を指した。
「フム。太くて立派な良い樹木だ。巻き付いている布は何だ?」
「フッ!」
僕は布を手に取り、一本背負いの動作を取る。当然、樹木は投げられない。衝撃で葉やら実やら虫やらが落ちてくる。
「な、何だ、急に?」
「フッ!」
もう1度行う。
「これを繰り返したり」
僕は樹木から離れ、加工に不向きで使えないという理由で破棄された、僕の3倍の重さはある鉄塊を抱える。
「フッ!」
超低空のバックドロップ。
「フッ!」
もう1度。
「これを繰り返したりして投げの練習をしていますよ」
「成る程」
「あれ、人が持ち上げるようなものなんだ」
「どれくらい重いのか想像もつかないよ」
アナスタシアは大真面目に顎を擦りながら思案する。自宅でも再現可能かどうかだろう。
マナとレレイラは互いに背を預けながら、ひそひそと話している。聞こえているからな?
「極めはどうしている?」
「頭の中でイメージするのがほとんどです。時折、野山を駆け回って猪を絞めたり、対人感覚を調整するために近場の道場に殴り込んだり、ですかね」
「迷惑な奴め」
「アナスタシア様には負けますよ~」
「「ハハハハハ」」
互いに笑う。アナスタシアって器広いなぁ。だからゲーム内だと王様に成れたのかなぁ?
「しかし、練習が分かったところで、実能的な動作が分からん。やるぞ」
「へいへい」
アナスタシアがガード高めのキックボクサーの構えを取る。僕は腰を低くしていき、手を前へ、開閉させながら。
僕は合図なく、音もなく肉薄する。アナスタシアは咄嗟に前蹴りを放つ。僕は右膝で、若干滑るようにブレーキをかけながら、アナスタシアの蹴り足を掴む。そのまま立ち上がりながら一本背負い。
アナスタシアは顔の前で腕をクロス状にして受け身を取り、反転しながら跳ねた。片膝を立てながら、左腕をおでこあたりで横にし、右拳は腰に溜めて反撃の構え。
僕は不用意に近づかないように立ちのまま止まる。
「急に応用の投げになっちゃいましたね」
「蹴り足を投げられるとは思わなんだ」
「イメージって大事ですからね」
マナとレレイラは何が起きたのか分からなかったようで、ポカンとしている。マナの天才的頭脳は創造的方向に振られているため、戦闘に知見がない。マナは諦めて寝ることにした。
アナスタシアは構えを戻しながら立ち上がる。僕も構えを戻す。
今度も僕から肉薄する。初対面の時の逆の立場。アナスタシアは焦らず、狙い澄ました右ストレート。僕は外側に躱しながら、掌底をカウンター気味に顎へ当てる。足を刈って浮かす。
支えのないアナスタシアは回転、頭に掌を添えて落とす。
「これも投げ」
「フム。私は気遣う余裕すらあるか。空中に浮かされてしまった。あぁなる前に対処しなければいけないということか」
アナスタシアは仰向けになりながら、楽しそうに言う。
「さて、じゃあ2人はご飯を食べて、さらに運動だね」
「え!?」
「ま、まだされるのですか!?」
「軽くだから、かる~~く」
マナは全てを諦めてレレイラに体を預けた。