12.運動
ガタガタと少しずつお尻にダメージを与えてきます馬車の中、私は静かに汗を流しました。
アルドラ様からのお呼び出し。
それだけで、私の名前の分からない臓器が痛み始めました。
あの日、あの後、アルドラ様から、私が大丈夫な理由がロマンシェの実であると教えていただきました。それから2,3集めることができましたが、よほど珍しい食材なのか、なかなか手に入ることができませんでした。
国内最大規模を誇るクラファイド商会でさえ、少数しかそろえることができませんでした。生育の難しい植物だと聞いていましたが、まさかここまでとは思いもしませんでした。
あの感覚をもう1度味わいたい。そう思っている時に受けたのが、アルドラ様からのご招待でした。
アルドラ様は平然とこのようなことをされてきましたが、公爵家への訪問を簡単に受け入れられるわけがありません。お前、死刑と言われるだけで、粛々と実行される量産型伯爵家なのです。
一緒に馬車に乗車しているマナは、私の心中を知らないため、ただだらっとしている。こういう場面で一切緊張をしないマナが羨ましい。
心の準備が何1つできないまま、馬車は敷地内へ入っていきました。
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「よく来たね!」
お出迎えに来てくださったのはアルドラ様だけ。使用人の方々もいらっしゃいますが、王弟様も第2王女様もいらっしゃいません。助かりました。
「まずは餌付けの時間だ!」
「餌付け……」
そこまではっきりとおっしゃいます? 実際、本当に餌付けな気はします。料理が運ばれてくるのを見ているだけで、遂に口から溢れそうになってしまいました。
私の胃袋は底なしなのか、次から次へと出される料理が止まることなく入っていきます。スープやサラダは呼吸するように食べられます。ステーキやパスタでさえ食べる手が止まりません。止められません。
マナは私の横で嬉しそうにニコニコしながら見てきます。食べづらさを感じますが、その手は一切止まりません。
アルドラ様は何やらメモをしていらっしゃいます。時折、これも大丈夫、もう少し細かくしてもいけるか、と聞こえてきます。私は今、確実に何かしらの実験に付き合っているようです。
そして、徐々に料理の数が減っていき、遂に来なくなった頃、アルドラ様が立ち上がります。
「じゃあ、皆さんお待ちかね! 運動の時間だよ!」
その言葉を聞いた途端、マナは一目散に逃げだしそうとしました。しかし、目にも止まらない速さでお動きになったアルドラ様に止められてしまいます。
「2人とも体力をつけないといけないよ? じゃないと、ダンスのステップだってまともに踏めないよ」
「確かに」
「というわけで、運動だ!」
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マナもレレイラも、かなり激しめの運動が想像していた。それこそ手足の骨が折れようとも終わることのない程のものを。
蓋を開けてみれば、始まったのは散歩だった。この程度、どうということはないと高を括り、歩き始めて約3分。2人はすでに汗だくである。
「あ、あれぇ~~?」
「いきなり激しいのなんかやったら、2人は死んじゃうだろうな~~って思って散歩にしたんだけど」
前に腕を垂れ下げ、自身の体力のなさを受け入れられないマナを見ながら、アルドラは頬を掻いた。ちなみにレレイラは会話すらできない状況に追い込まれている。
「きゅ、休憩入れようか」
「やった!」
アルドラの提案に、マナは心底嬉しそうにガッツポーズを取った。
2人は木の根元に座り、水を飲む。レレイラは感動した。今までは、ただ空腹を紛らわすためだけだった水が、こんなにも美味しく感じられるなんて。
「私は来たぞ!」
「え、何か来た」
「何かとは何だ、何かとは。嬉しいだろ? 私が来て」
やってきたのはアルドラ目当てのアナスタシア。伯爵令嬢2人は慌てて挨拶しようにも、体が疲れすぎてそれどころではない。
そんな2人に気付いたアナスタシアが、2人に視線を向ける。
「ム? マナ・アスフィとレレイラ・ボルドー。なぜお前の家に?」
「僕が体力作りの指導をしているからですけど?」
「フム。体力作りの指導か」
アナスタシアは遠慮なしに2人のことを見続ける。2人はどうすればいいのか分からず、プルプルと震えるばかりだ。
そんなにアナスタシアが怖いのかと思ったが、おそらく違う。単に体が限界と迎えただけだ。
アナスタシアはマナはぶくっと太く、レレイラは細すぎるな、と思いつつ、口に出さない。
「励めよ、2人とも」
「は! 有難きお言葉!」
レレイラが何とか返すが、マナは力尽きたようで何も返せない。根性はレレイラの方がありそうだ。
アナスタシアは何か考え事をするように俯き、顎を触っている。
「……指導か」
「おっと、面倒事の予感」
「そう早合点するな。話は最後まで聞け」
「聞いたら戻ってこれないや~~つ」
アルドラがお茶らけているが、アナスタシアは無視して話し出した。
「私の格闘の師は、剣やマナーの師と比べて少なくてな」
「始まっちゃった」
「殴蹴は学べているのだが、先のお前との戦いで気付いたのだ。私には投極が足りていない、と。しかし、師は私に教えられないと言った。というより、修めていないそうなのだ。さほど重要視されていないらしい。私は困ってしまった」
「ハハァ。これ、僕に教えろって言う気ですよね?」
「私に投極を指導してくれ」
「ほら、やっぱ面倒事だよ」