10.奇怪
マナ・アスフィ。
アスフィ家の長女。そして、唯一の子。養子がおらず、将来はマナがアスフィ家を継ぐことになる。
9歳にして国の事業に関わり、現国王から意見を求められるほどの超天才。50年後や100年後には、歴史の教科書に載ることが約束されている逸材。
マナをそこまで押し上げるのは、その類稀なる頭脳だけではない。所持している規格外のスキルだ。『理想郷の開拓者』。無から有を生み出す、神の如きスキル。
マナはそれを駆使し、様々な道具を生み出した。基外具。常識の基盤や理から外れた道具である。
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シャカシャカと、一部の層が見れば悲鳴を上げそうなデザインの脚が蠢く。しかし、その足の根元、付け根は生物ではなく無機物。具体的にはクッション。加えて、蠢く脚は金属や布を織り交ぜた、人の手には再現不可能な代物。
その上でダレているのが、製作者であるマナだ。お手製の基外具を信用しているため、進行方向を見ていない。
どういう原理で動いているのかマナ以外誰も分からないため、絶妙に距離が開いている。公共の場やパーティでさえ、この移動方法。長年ともにいるアスフィ家両親でさえ敬遠している。
アスフィ夫婦はこんなマナを止めようとしない。今はまだ被害を出していないだけで、下手に抑制して被害が出る程の爆発をしてほしくないのだ。現状維持。このまま引き籠ってくれることが1番平和。平穏。両親にとってありがたい。
普段お茶会を断るマナも、第2王女の後援会には参加する。今後の円滑な進行と、大親友であり唯一心を許せる存在レレイラも出席するからだ。
「ねぇ、もういいぃ?」
「あ、あぁ、行ってらっしゃい」
「やったぁ」
間延びした声を出して、マナは両親から離れていく。マナは移動式クッションに取り付けているポケットから、150mlペットボトルサイズの円筒を取り出して起動する。円の部分に針が出現し、レレイラのいる方角を指してくれる。
「あっちか」
シャカシャカ移動する。驚く人の群れを器用に避けながらバルコニーへ。
「ん?」
針は外を指している。レレイラは寒がりであるため、わざわざ好んで外に出ない。まさか、今日は欠席なのか?
「カ、カッケー」
「ん?」
バルコニーにいるのに、その声ははっきりと聞こえた。クッションから身を乗り出し下を覗くと、1人の少女がキラキラした目で眺めていた。
赤髪に橙瞳。どこかで見たことある気がするが思い出せない。この天才的頭脳でも思い出せないということは、そこまで重要なものではないのかもしれない。ただ致命的なのは、マナは人の顔と名前の組み合わせを覚えられないことだろう。
少女は男装している。マナの基外具が女性であると言っていなければ勘違いしたままだっただろう。
「クッションという柔らかな素材に、硬い昆虫の脚を合わせるとか、カッコよすぎるだろ」
まさかこのセンスを分かってくれる者がいたとは。どうして私は出会いの場を避けていたのだろうか。この少女は良い少女に違いない。私の魂がそう叫んでいる。
「これ、僕からのお近づきの証!」
少女はクッションの上に何かを放り込んでくる。人形だ。右手に獣の爪が2本、結んだ髪の先に狼の口がある少女の人形。カッコいい。目がキラキラと輝いてしまう。
「私からもお返し」
クッションのポケットから人形を取り出し、少女に向かって落とす。右手が猿、左手が虎、下半身が馬の人形。私のお気に入り。頑張れば護衛もできる優れもの。
少女は目を輝かせながら、じっくりと観察している。小さくカッコいいと言っているのを聞き逃さない。この少女とは仲良くなれる。絶対。確信がある。
「ねぇ」
「うん? 何?」
「明日ぁ、私のお友達のお見舞いに行くんだけどさぁ、一緒に行かなぁい?」
「いいね、行こう! どこに行けばいいの? 僕、そのお友達のお家知っているかなぁ」
私は赤髪の少女をじっと見つめる。こんなに良い少女なのだ。きっとレレイラとも仲良くなれる。だってこんな奇怪な見た目をしたこれに、嫌悪を示さないんだもの。