表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/35

1.転生

 兎洞聖那(ウドウセナ)。警察官である。歴は短く、1年と少し。若手だ。

 新卒、浪人も留年もなく警察官になったと考えれば、聖那の優秀さが分かるだろう。


 赤ん坊の頃から、この池袋郊外に住んでいるため、よく溶け込んでいる。商店街を歩けば店員や子供に話しかけられる好青年。

 それが兎洞聖那である。


 今日10月19日は平日だが、非番。溜まっている書類仕事でもやるぞぉ、と気合を入れたタイミングで、姉から連絡が来た。

 買い物するから荷物持ちに来い。


「マジかよ」


 聖那は溜息交じりに返事を送り、出掛ける準備をした。

 指定された広場に着くと、既に姉がいた。ヒールのせいで、聖那とほとんど同じ身長となっている。姉を見ているともう少し身長欲しいなぁと思えてくる。


「姉さん、待った?」

「私も今来たところ」

「で? 何を買いに行くの?」

「とりあえず、服とグッズかな」


 聖那の姉、兎洞美里亜(ウドウミリア)はダンジョン探索者である。歴はすでに10年以上。十分ベテランの領域にいる。不定期な休みであるため、その休日には大分浪費する。既に洋服がカゴ内に30万円ほどある。日本一の探索者パーティに属する姉にとっては、痛くも痒くもない。

 ただ選んでいるのを見ると、聖那の精神が参ってくる。


「もうよくない?」

「まだよ。私、意外と忙しくて買い物にまとまった時間を取れないのよ」

「僕は洋服の旬が過ぎると思うんだよね」

「そろそろお会計にしましょうか」


 姉はどうやら納得したようで、レジへと向かっていった。カゴを持つ聖那は後を追う。

 カゴの中の服の量を見て、店員が1人追加された。てきぱきと服を袋に詰めていく。流石としか言いようがない。僕なら間違いなくクチャっとなる。

 滞りなく会計が済み、店を出る。袋が重く、持ち手の部分が食い込んでくる。


「次は『チャレンジャーズ』ね」

「へいへい」


 信号で止まるたびに袋を地面に置き、痛みを和らげる。よくもこんなに買ってくれたな。


 10分ほど歩けば、探索者御用達のダンジョン攻略用グッズ専門店『チャレンジャーズ』に辿り着く。聖那の分からぬ領域に足を踏み入れようとした途端、ポケットから着信音が鳴った。袋を置いて片手を解放し、スマホを取り出す。着信画面を見て、聖那は顔を顰めた。


「工藤先輩だ」

「出なさい」

「あ、はい」


 職場からの電話を無視しようとする聖那に、美里亜は命令する。ちなみに、荷物は美里亜が軽々とひったくった。僕って荷物持ちで呼ばれたはずでは?


 とりあえず同じ交番に勤務する先輩の電話に出る。


「はい、兎洞です」

「兎洞、今いいか?」

「僕、非番ですよ?」

「お前にお鉢が回ってきた。この意味、分かるな?」

「えぇ~~『鬼姫』ですか?」

「分かっているじゃん。じゃ、場所はチャットで送っておくから、よろしく」

「……分かりました」


 言い終える前に切られてしまった。恨めしそうに画面を睨む。ティロンとチャットが届いた事を知らせる通知を見て、溜息を吐いた。


「姫さん?」

「そう」


 美里亜の両手に提げられた袋が増えている。もう買い物を終えたのだろう。明らかに消沈している弟を見て、姉は短く息を吐く。


「私もついて行ってあげるわ。今日も明日もお休みだし」

「ありがとう、助かるよ」


△▼△▼△▼△▼△▼


 『鬼姫』。本名、斎藤五月(サイトウサツキ)。現役女子高生である。兎洞家のご近所さんで、小学生の頃からよく一緒に遊んでいた。

 そもそも両親が同級生。家族ぐるみの親交である。


 路地裏の現場に着いた聖那は盛大な溜息を吐いた。


「……姫さん」

「あ、聖那兄ぃ」


 そこに居たのは当然斎藤。周りには5人の不良と1人の女性。女性はスカートを剥ぎ取られ、上もビリビリで下着が見えてしまっているあたり、強姦されそうになっていたのだろう。

 問題は5人の不良。1人残らず全員が血塗れで倒れており、わずかに痙攣している。斎藤の拳に血が付着していることを考えれば、誰がやったのか一目瞭然だ。


 鬼のように強く、姫のように勝手気儘。故に『鬼姫』。


「……姫さん」

「この不良共はこの女の子を襲っていたんだ。仕方ないでしょ」

「そういう時は警察に連絡をだな」

「間に合うの? それ」


 空気が張り詰めた。息がしづらい。


「それで間に合わなくて、襲われて、でも警察は不良を捕まえました。納得できないよ、それ。それが正しいって世の中が言うんなら、それは世の中の方が間違っているよ」


 心の底が冷える。あの可愛らしく天真爛漫だった少女はどこへ行った?


「姫さん。とりあえずお姉さんと一緒に交番まで行こうか」

「あ、美里亜姉ぇ。は~~い」


 空気は一変緩和され、生まれたてのヒヨコのように美里亜の後をついていった。


△▼△▼△▼△▼△▼


 いろいろとあり、クタクタとなった体を引き摺り、なんとか家に帰ってきた。疲れた体に鞭打ち、自室へ入る。1番初めに行うのはベッドへのダイブ。枕に顔を埋めながら腕を伸ばし、ゲーム機を手に取った。

 大人気ゲームハード『タッチ』を起動すると、華美な音楽とともに蔓が画面枠を囲っていく。枠内では蝶が舞い、次第に文字を形作っていく。『大罪の乙女達』。賛否両論の恋愛要素のあるバトルゲームだ。賛否1:9という大爆死したゲームソフトであるため、天下の凭天堂の黒歴史として扱われることが多い。

 主人公に共感できない。攻略対象の過去が重い。どのルートでもキャラが死に過ぎ。そもそもバトルが難しいし、いる? などの批判が寄せられた。

 『大罪の乙女達』は元々、恋愛付きバトルゲームとして作られているため、主題はバトル側なのだ。しかし、勘違いをした大勢の売り場店員は、恋愛シミュレーションゲームの売り場で販売してしまい、狙っていた層に買われなかったのである。


 最近の僕はRTAにハマっている。いかにして早くクリアをするか、世界と競っている。

 現在の僕は、8つあるルートのうち、7つのルートでRTA世界記録を持っている。後はアナスタシアルートのみだ。


 今日も元気にRTAを頑張るぞぉ!


 そして、数時間経つ頃には、寝落ちした。


△▼△▼△▼△▼△▼


 う、眩しい。日差し? 朝か。ちょっと体が重いな。今、何時だ?

 というか、昨日ベッドまで行った記憶がない。『大罪の乙女達』のやりすぎで寝落ちしたのか。頭が痛い。

 いや、昨日ベッドにダイブしたじゃないか。じゃあ、ベッドに行っているわ。


 ヤベ。記憶が混濁している。ゲームでの夜更かしは自重しよう。今度から筋トレにしよう。


 体を起こそうと腕に力を込めると、手が沈んでいった。


「ん」


 うちのベッドってこんな柔らかかったっけ? 僕、親に買い替えを打診するくらい硬かった記憶あるんだけど。

 いや、それよりも僕の声、可愛い!? え、これ、未就学児くらいの感じあるんだけど。


 上半身を起こす。目線が低い。というか、こんな部屋知らない。

 え、ここどこ? 本気で焦りすぎて、一周回って冷静なんだけど。え、マジでここどこ?


 とりあえず棚の上に、無駄に装飾の施された鏡を見つけた。マズい予感はする。でも、確認しなくちゃいけない気がする。


 てくてくと狭い歩幅。ふっくらとした己の手。僕が着ることのないフリフリドレス。

 そして、鏡の前で僕は茫然とした。


「アルドラ・ランレイグ、だと?」


 鏡に映ったのは、『大罪の乙女達』に登場する攻略対象の1人、アルドラ・ランレイグ。そのルートのみに登場する過去回想スチルでしか見ることのできない、激レア幼女バージョンだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ