7・調査と叔母
翌日は朝から他に、
真犯人に繋がるヒントがないかを探すことにした。
睡眠薬の出所が分からない辺りが怪しいが、
もう事件から10年以上を経過しているから痕跡が残っているか分からない。
あとは子猫が殺された件も絡んでいそうだが、
これこそもうすでに土に還っているだろう。
それならまずは、
犯人になり得る人間から聞き込みをしてみよう。
そこで有り得そうな人物をメモに書き出してみることにした。
一・家族の体調や薬のことを知っていそうな人物。
それなら父はその辺りに頓着がない人間だから母と会話する可能性のある人物になる。
二・僕が子猫に餌付けをしていることに気付いた人物。覚えていないが打ち明けるしたら近しい人間だろう。
三・総合するとやはり当時それなりに関わりがあった人物となる。
四・となると父は他人との交流が希薄だから仕事関係者は外れそう、親戚かアパート住人か。
ここまで書き出し、
父に妹が居ることを思い出した。
彼女のことを苦手だったという感情は憶えているが、
両親との仲がどうだったかまでは思い出せない。
なので念のため確認してみようと伯父に電話し、
父の妹の連絡先を聞いてみた。
運良く控えていてくれていたので繋がることができ、
翌日対面する手筈となった。
外出するのは怖いと言えば怖いが逆に言えば、
僕は殺されるまでまだ日時があることを知っている。
なのである意味心に余裕を持って動けた。
さて叔母だが渋々ではあるが、
対面することに応じてくれた。
僕が彼女の家まで出向くと伝えたが、
近所であらぬ噂を立てられたらと、
とてもイヤがり断られた。
そこで叔母と僕の住まいの、
中間点辺りで待ち合わせすることになった。
「施設を出られたのは良かったけど、
私にはあまり関わらないで欲しいわ。」
喫茶店で久しぶりに会った叔母は、
思った以上に歳をとっていた。
10年以上ぶりなのだから当然ではあるが。
体型はポッチャリなのに顔にやつれとシワがあり、
それを濃い化粧で隠しているのが分かる。
髪は無造作に1つに束ねているが白髪が目立つ。
それもカラーをして隠そうとしている。
「すみません、今後は連絡を控えます。
今日はどうしても聞きたいことがあるんです。」
彼女は注文したアイスコーヒーに、
赤いマニュキュアが光る指先で、
ガムシロップとミルクを入れながら答えた。
「何かしら?」
「あまり記憶がないので教えて欲しいのですが、
叔母さんは母とは仲が良かったでしょうか?」
ストローから口を離して彼女は語気を強めた。
「あなた本当に記憶が無いのね。
仲悪かったし良いわけないじゃないあんな人!
気は利かないはやる事が小狡いは。
なんであんなのが嫁に来たのかとずっと思ってたわ!
兄のセンスを疑ったくらいよ。
だから兄貴のことも好きじゃなかったわ。
こっちの親戚はみんな嫌いだと思うわよ。」
やっぱり近しい人間には、
本性がバレていて嫌われてるのか。
「そうだったんですね、覚えていなくてすみません。
ちなみに母から僕や本人の健康について話をされたりしましたか?」
口紅で端が赤くなったストローで、
コーヒーを混ぜながら口を開いた。
「それなら会うと言ってたわよ、泣き言をね。
子供が大変とか体調がどうとか。
何かあると言い訳に使われたわ。
それがどうかした?」
知ってはいたということなら、
殺しの可能性は否定出来ないな。
勘くぐられないよう慎重に言葉を選ぼう。
考えろ、考えろ、捻り出せ。
「いえ、最近体調が優れないので、
当時飲んでた薬を知りたいなと思いまして。」
「ん?薬なんか常用してたの?そんなに悪かったの?
私は大したこともないのに丁度いいから、
言い訳に使ってたんだと思ってたわ。」
キョトンとした顔をしている辺り、
もしかしたら母のことを嘘つき扱いして、
具体的な薬の話までにならなかったのかもしれない。
「あっ、知らないのでしたら大丈夫です。
あともう一つなんですけど、
当時僕が密かに餌やりしていた子猫のこと、
叔母さんには話しましたたっけ?」
「え、野良猫に餌やりなんかしてたの!?
そんな事しちゃダメよ!
餌付けなんかしたら増えるし、
住み着いたら糞尿で不衛生になるし、
社会的にマナー違反なんだから!」
初めて聞いたような顔をしてから、
ムスッとした表情に変わった。
これも知らなそうな感じだな。
「というか、それがどうかしたの?」
「あぁ、えっと施設に居る間あの子猫は、
どうなったのかなと思いまして。
誰か保護してくれてたりとかあるかなと。」
「無いんじゃない?
どっか行ったか保健所に連れて行かれたか。
だってもうあなたの実家は取り壊されたんだから。」
「そうですよね…。
教えてくれてありがとうございます。」
「あなた猫のことは覚えてるのね…。
記憶喪失ってそういうものなのかしら。」
彼女はポツリと呟いた。
その後不機嫌な叔母と別れて念のために、
実家のあった土地に行ってみることにした。
移動しながら考える。
叔母さんには動機がある。
けれど鋭い上にルールに煩くしかも、
世間体を気にする人間が人を殺すまでに至るだろうか?
父も母も世間体は気にするタイプだが、
勘は鈍いしルールは自分がルールの思考だったから、
そういう所で相容れなかったかもしれないが…。
むしろ正義の鉄槌とまでに、
自己チュー人間を抹殺してしまったか?
んー…、なんとも言えないな。
じゃあ他の親戚か、
またはアパートの住人はどうなんだろう。
他の親戚は血縁者とはいえ、
プライベートの深い関わりや会話は無かった。
うちに来たら仏壇にお線香をあげて、
数十分雑談したらすぐ帰る感じだったし。
アパート住人は…。
正直なところどうだか分からないし、
現在の連絡先も分からない。
そうなって来ると他に僕が今できる事は、
元実家の土地を当たること位なのだ。
元実家の場所まで電車で移動しながら、
このように思考を巡らせ続けた。