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ヴァルキリースコアボードの9

 今日は朝から不愉快な気分だった。真白は朝起きてスマホを見ると急に笑顔を見せたのだ。他人が一人でひとりでに笑い出すことほど気持ち悪いものは無い。そして奴は喜んでランニングをこなしそれが終わると早々に大学へ向かう準備を整える。いつになく手早くそして念入りに確認を済ませると浮足立った様子で大学へ向かったのだ。

 真白がご機嫌な理由を想像するのは難しくない、というか私はそこまで馬鹿じゃない。余程比良坂うるしに会うのが楽しみなのだろう。私としてはあのテンションで行かれると何か馬鹿なことをしでかしそうで恐ろしくもある。もし比良坂うるしに嫌われでもしたらこいつの点数をどうやって上げればいいのかわからない。超長期的に上げる手立てならあるが私は一体いつまで働けばいいんだ。早くヴァルハラに帰らせてくれ。

 そういう訳で私は人間の姿を取りこいつのサポート役を、そしていざという時はこいつを殴ってでも止める役を担わざるを得ないのだ。


 一限を終えていつものように牛頭(ごず)こと牛君との昼食会。こいつは真白にとっての唯一の友人と言っていいだろう。私が見てきた限り真白にとって牛君以外との人間関係など無いに等しい。

「よう、マッシー。今日もフロゥちゃん連れて来たのか」

「一週間ぶりだな。今日も私は真白の監視役だ」

「大変だなあ。お前少しは真人間になれよ」

「ははは」

 愛想笑いをしている場合か。お前がまともな人間にならないと私はヴァルハラで食っちゃ寝生活に戻れないだろ。

 ここでの昼食はいつも一番安い定食だ。私としては物足りないぐらいだがバイトもしておらず貧乏人の真白ではこれが精一杯らしい。となればバイトをさせるのも手ではあるがこいつでは長続きしないだろうしなあ。そもそも比良坂うるしにあまり関係の無いことで時間を使わせても仕方ない。

 ただこの日少しだけ珍しいことが起こる。

「マッシー、フロゥちゃん、今日は俺が奢ってやる」

「え」

「ほう」

 そう言って牛君は躊躇なく一番高い定食を三つ頼んだ。私としては会うのが三度目の相手であまり詳しくは調べてもいないのでそういう日もあるかぐらいの認識だが、真白の表情を見る限りどうやら相当に珍しいことらしい。

「ど、どうしたウッシー。熱でもあるのか? お前絶対奢ってくんないことで有名じゃん」

 そんな有名のなり方があるのか?

「あのなあ、俺はいつも言ってるだろ。勝ったら奢るって」

「でも勝たないのがお前だろ」

 牛君は賭け事が好きだがいつも負けて帰って来る。賭けの元手は自らバイトして稼いでいるようだがその稼ぎを全て突っ込んで負けるのが日常茶飯事なのだ。そして大勢いる友人に飯を奢らせて生きている、うむ、割と屑よりの人間だ。しかしどうしたことか今日は賭けに勝ったと。

「まあいいだろ真白。折角だから高級な昼食としゃれこめばいい」

「そうそう。俺が奢るって言ってるんだからありがたく奢られとけよ」

「それもそうだけどさ」

 真白が外を見たのは雨でも降るのかと不安になったからだろう。幸いにも外は晴れ間に包まれているが。

 目の前に並んだとんかつ定食はこの辺りのブランド豚を使用した中々の一品らしい。実際肉が柔らかく脂がのっていて旨い。値段も良いが味も良い、これが奢りで食えるとは中々いい日じゃないか。

「ウッシーが賭け事で勝つ日が来るなんてなあ」

「お前結構ひどいな。でもまあ正直運が良かったというか、ちょっと不完全燃焼な勝ち方だけどな」

「賭け事で勝つには運だろ」

「いやいや、競馬はそういう訳でもないんだって」

 牛君は馬の調子を見たり騎手との相性がどうだとか色々と競馬について語り出したが正直興味は無いのでほとんど聞いていなかった。隣の真白もその話の間はどんどん食が進んでいくのが見える。

「とまあ、そんな感じで運だけじゃないってことだな。昨日も当然色々と見てこれだ、って馬を選んだわけ」

「それで当たったんなら何が不完全燃焼なんだよ」

 自分の目で色々と見てぴたりと当てたなら寧ろ気分は上々、今朝の真白のように浮かれていればいいと言うものだ。

 牛君はそんな真白の言葉に対して大きく溜息をつきながら口を開く。

「実はさ、買う番号間違えたんだよ」

 話によると競馬というのは馬に賭ける際に番号で選ぶことが多いらしい。

「疲れてたんだろうな。俺は5番の馬に賭けたつもりだったのに握ってたのは6番の馬券だったんだぜ。でもその6番が大当たりの万馬券でさ」

「マジ? 万馬券って凄いんだろ」

「そりゃな。おかげで今こうやって二人に御馳走できてるってわけ」

 つまり牛君が疲れてたことに私たちは感謝すればいいわけか。疲れててくれてありがとう。

「しかし疲れてたって何やってたんだ? 徹夜で麻雀やってたとか?」

「いやバイトバイト。明日から遠征に行くんだけど金が足んなくてさ。今週は夜に工事現場で働いてたんだよ。割は良いんだけど流石に日中は疲れが出たな」

「あー、なるほどな。俺はバイトしてねえからわかんねえわ」

「お前もバイト先紹介してもらって働いたらどうだ? 少しは金のありがたみがわかるだろ」

 ほとんど脊髄反射的にそんなことを言った。バイトを推奨する気は無いがしかしこう言っておかないと従妹のフロゥとしては不自然だからな。

「フロゥちゃんの言う通りだ。お前もバイトぐらいしろよ。お望みなら短期で稼げるバイトいくつでも紹介してやるからよ」

 真白はいやぁ、と嫌そうに声を漏らしていた。


 贅沢な昼食を終えるといよいよ本丸だ。講義が始まるまでの短い時間、比良坂うるしと話が出来る僅かなチャンスだ。これをものにできるか否かでこの先どのぐらい時間がかかるのかが大きく変わってしまう。

「やっとうるし先輩と話ができるな」

 教室に辿り着くと真白は開口一番そう言った。相変わらずにやにやと馬鹿みたいな笑みを浮かべていて気持ち悪い。

「お前、今日は朝から自分のテンションがおかしいのわかってるか?」

「え、そうか?」

 自覚が無いのか。……人間関係を積み重ねて来なかった末路か、自分が周りからどう見えているか考えたことが無いのだろう。哀れな。

「その調子で絡むと大好きなうるし先輩に嫌われるんじゃないか?」

「いや、いつも通りだろ、俺」

「それがわからないから駄目なんだろ」

 しかし不思議だ。先週はここまで気持ち悪い笑みなど浮かべていなかった。前回で比良坂うるしが話しかけてくれることに確信を得たのだとしても、少々差があり過ぎるだろう。或いは空いた時間で作っていたあれが原因か?

 五分ぐらい経った頃だ、その時が来た。扉を開けて比良坂うるしが入って来たのだ。私たちと視線が合うと笑顔で手を振る。彼女は少々頭のネジが抜けたところがあるが、その愛嬌だけでも十分に真白よりも優れた人間だと思わされるものがある。

「こんにちは、真白君、フロゥちゃん」

「こんちは」

「どうも」

「フロゥちゃん今週も来たんだね」

「真白が真面目にやってるか監視しないといけないので」

 どうにも彼女を前にすると少し言葉遣いが丁寧になってしまう。これは彼女の持つ空気感がそうさせるのだろう。荒れた雰囲気も彼女が入って来るだけで少し和らぐような感じだ。真白の彼女にするには勿体無い、告白の際には是非とも断ってくれ。

 そんなことを思っていると真白が私たちの間を遮るように体を前に出す。

「先輩、実は見て欲しい物があるんです」

「見て欲しい物?」

 来たか、見て欲しい物があるだと? つまりその話がしたくてやたら浮足立っていたということか? しかし今の真白が見て欲しいものとなると、やはりあれだろうな。

「真白、やめた方が」

 止めようと思ったのだが既に遅かった、おそらくスマホの画面を点けるだけで写真を見せられるように準備していたのだろう。

 ああ、もうどうにでもなれ。


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