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ヴァルキリースコアボードの4

 アパートの近所を流れる川の河川敷はランニングの聖地だとかで朝昼晩となんかそれっぽい服を着た連中で溢れている。俺は自転車で大学に向かう傍らそいつらを眺めて、何で走ってんだこいつら馬鹿か、と優越感に浸っていたものだ。

「ペース落ちてるぞ! そんなんじゃ1km5分切れねーぞ!」

「う、うる、さい……」

 そして今、俺はなぜかそのランニングの聖地を走っている。なんで?

 話は少し遡る。

 朝、目が覚めるとフロゥが野球のユニフォームを着て浮いていた。もう地面から浮いているのには慣れてきたが周囲から浮いた格好をするのは聞いてない。

「いいか、健全な精神は健全な肉体に宿る、だ。走るぞ!」

 そう言ってこの河川敷に連れてこられた。

 周りにはいかにも走るの大好きです、って感じの連中がうじゃうじゃいて、俺は今やその中の一人にされてしまった。一見しただけで寝間着とわかりそうな服でここに混ざるのは普通に恥ずかしい。

「なあ、一回帰ろうぜ。服着替えたいんだけど」

「いいから走れ!」

「この服だと走りにくいだろ。やっぱり運動ってのはそれに向いた服装でやるのが効率がいいと思うし、ほら、周り見てみろよ。みんなちゃんとした服着てるだろ?」

 そんな言い訳を並べていると奴は冷たい目で俺を睨み黙り込んだ。そして地面に落ちていた石を拾うとぎゅっ、と握る。

 バキャッ。

 そんな音が聞こえて俺は思わず真顔になった。奴が手を開くと砕けた石が地面に落ちていく。

「これは未来のお前の姿か?」

「いいえ、走らさせていただきます」

「よろしい」

 どのぐらいとか、どこまでとかそんなことは考える必要もない。とにかく走らなければ俺の頭はあんな感じに握り潰されるのだろう。くっそ、やってらんねー。

「ははは、ほらほら走れ、お前ら人間は弱っちいなあ」

 こいつマジで頭おかしいわ。

 以上、回想終わり。

 そんな感じで俺は走ることを余儀なくされている。時々見える看板には河川敷の端からの距離が載っている。そこから計算するとどうやら既に3kmぐらいは走っているのだろう。正直、そろそろ限界が近いんだが。

「そうだなあ、どうせならキリ良く10km走って終わりにするか。よーし残り7km気張って走れよ!」

 心を読んだかのように心を折る台詞が飛んできた。しかし途中でやめたら頭を砕かれ砂粒になるかもしれない。命の危機と天秤にかけた結果、俺は死ぬ気で走り続ける他なかった。

「はあ、はあ、げほっげほ、うべへっ、ごっほごほ」

「まさか走り切るとは思わなかったな」

 どうにかこうにか10kmを走り抜けたると体力の限界で河川敷の草むらに倒れ込んだ。そして今から立てと言われても立てる気がしない。そんな俺に向ける言葉がそれかよ。

「お、はあ、はあ、お前が、走れって、言ったんだろ」

 喋るのもしんどい。こんなに運動したのは何年ぶりだ。高校の授業でやった長距離走でも10kmなんて走った覚え無いぞ。

「お前が体力無いのは知ってるからな、当然走れないと思ってた。周りにお前ぐらい息を切らして走ってるやついなかっただろ? お前気付いてなかっただろうが、擦れ違うやつは滅茶苦茶息を切らしてるお前を見て心配してたし、上の道を歩いてるやつまで何人かお前のこと心配そうに見てたぞ」

「……マジ?」

 そんなに目立ってたのか、俺。うわ、何か急に恥ずかしくなってきた。何で走ってたんだよ俺。こいつに言われたからか。くっそまじこの野郎。

「お前は屑だがどうしようもないほどじゃない。昨日そう言っただろ? お前はやると言った手前逃げ出したくなかった、それで走り切ったんだ」

 いや、俺は単純にお前が怖かっただけだ、そう言い返す気力も体力も残ってない。思ったより草むらで寝るのが気持ちいいのもあってこのまま寝てしまいそうなぐらいだ。

「なあ、俺がこのまま寝たら部屋まで連れて帰ってくれよ」

 試しにそんなことを聞いてみる。まあ嫌がられるだろうけど。

「ふうん。まあ確かにそれもいいな」

 意外にもヴァルキリーは断る様子は無かった。ラッキー、と思ったがそんな旨い話は無かった。

「空中浮遊する人間なんて中々目立っていいじゃないか。周りが放っておかないならお前も色々せざるを得ないだろ?」

 そんな目立ち方は誰も望んでねえよ。


 どうにかこうにか震える足を引き摺って部屋に戻ると布団に倒れ込む。

「し、死ぬ……」

「安心しろ、人間は案外死なない。水分だけは取っておけ」

 そう言って差し出された水道水は温かった。冷蔵庫にコーラがあるからどうせならそれが欲しかった。しかしながらのどの渇きも限界だったので俺は水を一気に飲み干す。水分が喉を通って体に染みわたって行くのを感じる、少しだけ生き返った気分だ。そんな俺を見ているフロゥはにやりと笑って口を開いた。

「さて、そろそろこれからの作戦について話し合って行こうか」

「作戦?」

「ああ」

 フロゥが取り出すのはスコアボード。10kmも走ったんだしちょっとは点数上がってねえかな。

「如何にしてお前の点数を上げるか、その作戦会議だ」

「作戦会議はいいけどさあ、実際どうやったら上がるんだそれ」

「安心しろ、お前みたいな屑でも大丈夫なよう策は考えてある」

 昨日の夜はあんなに殊勝な態度だったのにすぐこの上から目線だ。腹が立つことこの上ない、が、まあ文句を言うほどでもないか。

「まず、健全な魂は健全な肉体に宿ると言ったが」

 ああ、さっきのあれか。やっぱり10km走り切ったのは良かったわけだ。あれで1点でも上がるなら毎日、はしんどいから三日に一回ぐらいやればいつかは100点も越えられるな。

「あれは半分嘘だ」

「は?」

 え、嘘? こいつ俺を騙したのか?

「お前まさか昨日の俺の態度に腹を立てて騙したと?」

「馬鹿言え、私はそんな陰湿なことするぐらいならその場で殴る」

 それはそうだ。フロゥは短気で横暴な奴だから陰湿さとはある意味対極のカテゴリに存在する。どっちも嫌な奴という意味では同じカテゴリだな。ダメじゃん。

「肉体的に強いやつはそこまで鍛え上げることが出来る精神的な強さも持ち合わせているから半分は事実だ。だがお前のように人に言われて体を鍛えたところで最低ラインの100点を超えられるかは怪しい」

「……ま、まあ、そうな」

 ぐうの音も出ない。貶されているのは分かるがそれ以上にその言葉に納得してしまっている自分がいる。そもそもフロゥに脅されてやっただけで自主的にやるかと言われれば絶対にやらないだろうし。

「じゃあ何であんなことをさせたんだよ」

「まあその目的は後で明らかになるから置いておくとして」

 今聞かせて欲しいんだけど、そんなこと言ったらたぶん殴られるし聞かないけど。

「人は日々の積み重ねで点数を伸ばしていく。それは分かるな?」

「まあ、なんとなく」

 俺の人生の日々を振り返ると、なんと積み重ねの無いことか。思えばおよそ努力と言うものとは無縁の人生を過ごしてきた。宿題は忘れたと言い張り、テスト前は教科書を学校に置いて帰ってゲームをし、体力測定ではいつもクラスの最底辺で、大学受験に至っても誰でも入れるようなところへやって来た。将来なりたいものも無く、なんとなく就職してなんとなく生活して、いつか死ぬんだろうな、そんな風に思っている。

 努力? 積み重ね? 俺はそんなもの知らずに育ってきた。

「45点のお前が今更努力しようったってその下地が出来てないんだ。はっきり言って不可能に近い。私が尻を叩き続ければ別だろうが、お前の寿命が来るまでそんなことをしていたら私の休暇は無くなってしまう」

 意味ねー、と苦い顔を見せるフロゥ。やっぱりお前自分の事ばっかだな。

「だがしかし、一つ、裏技がある」

「裏技?」

「そう、裏技。お前みたいな屑でも一発逆転、一気に100点越えを狙えるウルトラCだ」

 おお、ウルトラC! よくわからんがなんかかっこいいな。

「そ、その方法は!?」

 にこっ、とフロゥは笑った。これまで不機嫌そうにどついて来たり見下したように笑ったりしている姿ばかり見て来たので寧ろ不気味で悪寒が走る。そしてその悪寒は間違っていなかったようで、次の言葉に俺は愕然とすることになる。

「お前、比良坂(ひらさか)うるしの事が好きだろ。告白しろ」

 フロゥの指が俺に突き付けられる。それを聞いた時、俺は一瞬その言葉の意味が飲み込めず固まった。目の前のヴァルキリーははその間も俺に指を向けたままにやにやと笑っている。俺は言葉の意味を理解すると共に頬が引き攣っていくのを感じていた。

「お、俺がぁ? うるし先輩をぉ? 好きぃ?」

「わざわざ繰り返して言うようなことでも無いだろ」

「ち、違えし。好きでも何でもねえし」

「その歳にもなって男女の惚れた腫れたが恥ずかしいのか? 一昔前はお前の年齢だと結婚して当然だったぞ」

 いつの時代だよ、江戸か? 俺の親の世代でも二十歳で結婚してるかは微妙だろ。

 いやそれはいい。それより、なぜ俺がうるし先輩を好きだとばれたんだ。そんなにわかりやすいのか俺。もしかして先輩の近くに座ってるのきもがられてたりするんだろうか。あー、なんか不安で胃が痛くなってきた。深呼吸でもして落ち着こう。

「すぅー、ふぅー」

「私の見立てでは比良坂うるしはDカップだな」

「ぶっ、げほっ、げほっ」

 突然与えられた情報のせいでむせて肺が痛い。この俗っぽい女のどこが神話に出て来る神聖な存在なのか。

「だーい好きなうるし先輩のことが知れて嬉しいかぁ?」

「だからそういうのじゃない。それにお前の想像でしかないだろ」

「興味あるだろ?」

「……なぃ」

 声が尻すぼみになったのは本心からの言葉じゃないからとかそういうことではない。単にさっきむせたせいで上手く声が出なかっただけ。出なかっただけだから!

 フロゥは呆れたように両手を広げて溜息をつくと、急に真面目な顔に切り替わる。

「まあお前が否定しようが肯定しようがどうだっていい。お前が比良坂うるしに……、まああの女に興味が無いなら他のやつでもいいが、とにかく告白するのは決定事項だ」

「え、あー、そういう話だっけ」

 変な話が挟まったせいで何の話をしてたか忘れた。

「お前なあ……、元々このスコアボードの点をどうやって上げるかって話だったろ」

「あー、ウルトラDだっけ」

「ウルトラCだ。好きな人に告白するってのは勇気がいる。そして何より一つの戦いだ」

 古来より男は女を巡って争いを続けて来て、うんたらかんたらと長々とした説明が始まった。どうやらフロゥが過去に見てきた人間が如何にして自分の妻を勝ち取ったかという話らしいがどうにも頭に入ってこないので話半分で聞いている。

「――した。こうしてハンス・ベルゼンは村で最も優秀な歌詠みのエデルを娶ったわけだ。このように自らが好きな女性を手に入れようとするのはそれ自体が一つの戦いになるわけだ」

 話が終わったらしいと見えて拍手をするが、それに対して彼女は白い目で俺を見つめる。

「屑のお前はどうせ私の話を聞いてなかったんだろ」

「いやいや。あれだろ、ハンスがエゼルを妻にしたんだろ」

「エデルだ。……まあいい。とにかくお前が好きな奴に告白すれば成否はともかく100点ぐらいは超えられるはずだ」

「失敗してもいいのか?」

「当たり前だ。必ず勝利できる戦は存在しない。戦いを挑むことのできる魂こそ私たちが欲するものだ」

 なるほど、深いな。何はともあれ俺は誰かに告白しないといけないと。……まあそれなら当然、好きな人に告白した方がいいよなあ。

 思い浮かぶのは当然、うるし先輩だ。腹立たしいがフロゥの言う通り俺はうるし先輩のことが好きなのだから。

 あれは二月の事。大学の講義も後は期末試験を残すのみ。必修の講義で単位を落としてもう一年なんてのは御免だったので最低限は点が取れるよう勉強していた。点が取れるか怪しい講義はカンニングペーパーを作る案も浮上していたが、ウッシーの助言によるとばれて大学を去った奴もいたらしいので断念。退学を天秤にかけてまでカンニングする度胸は無い。

 そして試験当日。教室に行き最後の追い込みをするかと教科書を取り出すと、そこにあったのは関係ない授業の参考書。

 ……間違えた?

 目の前にある現実を信じ切れず呆然とし固まる俺は周囲から見たら滑稽だったろう。鞄の中身を漁ったが目的の物は見つからず、かと言って知り合いもいない教室で誰かに話しかける勇気も無く絶望のまま試験に挑むはずだった。

「もしかして教科書忘れたの? 一緒に勉強する?」

 そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのがうるし先輩だ。まるで天使のような彼女の姿は今現在に目の前で浮いているヴァルキリーとやらよりも余程神聖なものだった。ほんの十分程度の時間だったが一緒に勉強した時間は俺が生きている中で最も輝きのある時間だっただろう。

 その後すぐに春休みへと入りそれからうるし先輩とはもう関わりなく過ごすだろうと思っていた。しかし四月の講義でたまたまうるし先輩の姿を見かけた時の喜びたるや、まあ向こうは俺のことなど覚えていないのだろうが。教室で近くの席に座り友達と話しているのにこっそりと聞き耳を立てているとどうも先輩であること、そしてうるしという名前であることを知ることができた。

 うん、改めて考えるとストーカー予備軍っぽくてきもいな。

「って、うるし先輩って比良坂(ひらさか)って苗字なのか?」

 さっきしれっとそんなこと言ってなかったかこいつ。

「なんだ、知らなかったのか? 教科書に名前を書いているのが見えた」

 後ろの席からそんなのまで覗き込んだら通報されかねないだろ。ただでさえ予備軍っぽいのに本物になるのは勘弁だ。

「ともかく、比良坂うるしにお前は告白する。成功すればお前は幸せだし、失敗しても私はヴァルハラに戻って悠々自適な生活が送れる。完璧だろ?」

 それはお前基準の話だろ。失敗した時に俺に残るのは気まずさだけじゃないか。……ただ、こいつの言っていることは少しわかる。このままの生活をどれだけ続けたところで俺がうるし先輩と付き合うなんて未来は訪れない。戦いを挑まなければ自ら望む勝利は得られない。

「……わかった。俺、うるし先輩に告白する」

 自ら作った握り拳は決意の証だ。というよりはそうやって心を強く持たないとすぐに折れてしまいそうだ。

「よし、その意気だ!」

 フロゥが適当に囃し立てて来るのも、普通なら鬱陶しいと思いそうなのに今だけはありがたい。勢いだ、勢いのまま一気にやってやる。

「そうと決まれば大学に行ってうるし先輩を探すぞ。お前も手伝ってくれ」

「馬鹿言うな」

 大学へ駆けだそうとした足にどこからか取り出した棒が引っ掛けられる。そういえばさっきまで外を走っていたばかりで体力が残っていない、つまり転びそうになってもそれを回避できるだけの体力が無い。

「がっ、は」

 見事な顔面ダイブを見せた俺をフロゥはけたけた笑っている。持っている棒、というかあれは槍だ、その槍で俺の背をツンツンと突いては破顔する勢いで大笑いだ。その姿、正にうるし先輩の対極に位置する屑だ。

「いいかぁ? お前みたいなのがいきなり告白して本当に100点なんてもらえると思うか?」

「……お前がやれって言ったんだろ」

 急に意見を変えるなよ。しかし奴はちっちっちっ、と指を振ってお前は考えが浅いと言ってきた。

「お前の好きなアニメや漫画で勇気と無謀は違うと聞いたことが無いか?」

 よくある台詞だ。ありふれているけどどちらかというと王道って感じで嫌いじゃない。大体は主人公を叱責するのに使うんだよな。

「正に今のお前がそれだ。勇気と無謀を履き違えた馬鹿、もとい屑だったな」

 ……大体の場合、この言葉に主人公は何も言い返せないんだよな。今の俺は正にそんな主人公たちの気分だ。

「頑張れば溶岩を泳ぐことだってできると言って火口に飛び込む奴はただの無謀な馬鹿だ。頑張ればマリアナ海溝の底にタッチして戻ってこれると言って海に飛び込む奴はただの無謀な馬鹿だ。そして相手が自分のことをろくに知りもしないのに告白すればその想いが成就すると思っている奴も同様に、ただの無謀な馬鹿だな」

 おそらくその言葉に相当な自身があったのだろう、フロゥは俺を蔑むような目で見下すポーズをして俺の現状を知らせようとしてくれている。実際、俺とうるし先輩が釣り合うとは思っていないし言いたいことは分かる。ただ。

「……マリアカイコウか」

 なんだっけそれ。聞いたことあるような気はするんだけど。そう思っているとフロゥは蔑むというより頭を抱えるような感じになっていた。

「マリアナ海溝ぐらい知っとけよ」

 あー、何か聞いたことあるある。何かわかんないけど。そしてそれを口にしたらぶっ飛ばされそうだけど。

「お前に知的な例えは通じないと良く分かった。……あー、とりあえずだな。お前が今から比良坂うるしに告白したとてそんな溶岩に飛び込むのと変わらない行為では点数は伸びない」

「でもお前告白しろって」

「そうだな。ただそれは最低でも何か月かは先だ」

 思ったより長いスパンで物を見てるのか。なんかすぐ死ねとか言って来るから暴力で何でも解決みたいな感じですぐ終わらせるのが好きなんだと思ってた。いや、ヴァルキリーは何千年とか生きてるらしいし半年間程度は大したことが無いのだろう。

「その何か月かで最低限、比良坂うるしにお前という存在を意識させるのだ。それができなければお前は告白する意味なんてないし、私も休暇が遠のく」

 つまりはうるし先輩といずれ付き合う前提にお友達になろうということだな。いきなり話しかけたら馴れ馴れしくないか? そもそも今の先輩は俺のことを覚えているのだろうか。もし俺が一人で勝手に盛り上がってるだけで向こうは覚えてないとかなったら……。考えるだけで恐ろしい。

「つまり、とりあえずうるし先輩に話しかけるところから始めて行けばいいのか」

「お前にそれができるならな」

「馬鹿言うなよ。話しかけるぐらい誰だってできる」

 今度大学で見かけたら話しかけてやるさ。俺の小粋なジョークで先輩を笑わせて見せる。今からネットでジョークの勉強だな。

「馬鹿みたいなこと考えてるんだろうが、どうやって仲良くなっていくかにはちゃんと策がある」

「そうなのか?」

 初めて明確に役立つことを、口に出したら間違いなく殴られる言葉をどうにか飲み込む。幸いにもそのことには気付かれなかったようでフロゥはふよふよと浮いているだけだ。落ち着いてとりあえずその策とやらを聞いてみよう。

「どんな作戦なんだ?」

 なぜか内容を伝えるだけでいいのに俺の顔を見てからんーんー唸っている。やがて再び俺の顔を見てそれからスコアボードに目を落とし大きく溜息をついた。

「まず前提として知るべき話をしよう」

 あ、何の溜息かピンと来た。こんな馬鹿に教えるとなると時間がかかって嫌だなあってやつだ。俺はそういうのに詳しいんだ。

「人と仲良くなるには幾つか知っておくべきことがある」

「知っておくべきこと」

「そうだ。基本的には人間ってのはメリットがある相手と付き合う。これはわかるな?」

「そうか? 俺はウッシーと友達だけど奢らされて金が飛んで行くばっかりなんだが」

 そもそもメリットがあるから友達ってなんか嫌だろ。こう、人間は心と心で繋がる生き物じゃないか。一々お金ががどうこうで考えるのは寂しい冷たい考えだよな。

「お前が奢ってるのはあいつが寂しさを紛らわせてくれるし聞ける話が面白いからだろ」

「まあ、そうかな」

「それがお前が受けているメリットだ。別に金の話なんかしてない」

 言葉尻にバーカ、とかついてそうに思える。なんだか喋る度に馬鹿にされてるような気さえする。

「……俺、こっからは黙って話を聞くことにする」

「最初からそうしろ、お前が茶々を入れると話が無駄に長くなる。さて、人付き合いってのは互いにメリットがあるものだ。話すのが楽しかったり、為になる情報をくれたり、金銭的なやり取りだって時にあるだろう。形は違えど人はメリットがあるからその人と関係を作る、これが大前提」

 俺は口にチャックをして黙って話を聞き続ける。フロゥはふよふよと浮かぶことで物理的に上から目線で俺を見下しながら話を続ける。

「そして人は何にメリットを感じるかは違う。これも大切だ。金にしたってそれを貰って嬉しいと思う人が大多数だろうが、施しはいらないと感じる奴もいる。それに同じ金額を受け取っても喜ぶやつと喜ばないやつがいる。それで更に――」

 まずい、思ったより話が長い。友達の作り方みたいな本に書いてありそうなことをつらつらと述べ続けているが全然止まりそうにない。そもそも何の話をしていたのかすら忘れそうだ。確か……、うるし先輩に告白する前にすべきことだっけ。

「――というわけだ。さて、そろそと本題に入ろう」

 お、ようやく本題。つまりこの先だけ聞いておけばいいということだ。

「まず大切なのは比良坂うるしがお前に興味を持たなければ始まらないということだ。今のお前はそもそも記憶されているかさえ怪しい。写真を見せられても見たことある気がするで終わる程度だろうな」

 ぐうの音も出ない。もしうるし先輩が俺のことを覚えているなら俺を見かけた時に隣で一緒に勉強したあの講義の単位が取れたかぐらいは聞いてくれそうだ。いや、先輩のまとう優しそうなオーラを考えれば必ず聞いてくれるだろう。

 現実には今学期に入って一度も話をしたことが無いわけだが。

「しかしいきなり隣で講義を受けるのも不自然だ。お前みたいなのが急に隣に来たら怖くて講義を受けられないなあ。ん? そう思うだろ?」

 こいつ一々罵倒を挟まないと話できないのか?

「そういうわけだから比良坂うるしの方からお前に話しかけたくなるようにならないといけないってことだな」

 俺は黙って頷く。間違っても変な口出しはしない。殴られるからな。

「さて、それをどうやってやるかについてだが……。まあお前は知らない方が良いかもな」

「それ知らなきゃ始まらないだろ!」

 思わず突っ込んでしまったが幸いにも殴られることは無く、フロゥは話は終わりとでも言うように欠伸をして空中で寝始めてしまった。頭上で浮かんでいるフロゥを眺めている俺は本当にこのヴァルキリーの言うことを信じて良いか疑わざるを得ない。

 だからと言って今更これまでの事を無かったことにもできないし、とりあえずはフロゥの言うことを聞くしか無いってのははっきりしているんだろう。

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