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ヴァルキリースコアボードの18

 目に映るのは部屋の天井。ベッドに仰向けで寝ているのだから当然だ。そして目を閉じると頭に思い浮かぶのは昨日の事。うるし先輩と一緒に食事をして、それから。

「ふ、ふふふふ」

 思わず頬が緩んで顔がにやける。我ながら気持ち悪いと思う笑い声も漏れ出てしまう。しかし止めようがないのだ、仕方ないじゃないか。どうしても昨日のことを思い出すと喜びと幸福が内から内から湧き出て来るのだから。

「うわぁ、気持ち悪」

「はっはっは、好きに言え好きに言え!」

 フロゥがいつの間にか俺の上に漂い辛辣な言葉を向けて来たがそれが何だと言うのだ。今の俺は無敵だ!

「はあ、まさかOKされる未来があったとはなあ……」

「お前がそういう状態になってから告白しろって言ったんだろ!」

 そう、昨日俺はうるし先輩に告白した。そしてその結果うるし先輩と付き合うことに決まったのである。

「確かにそういう旨の言葉は言ったが現実的に考えて断られると思うだろ。ほんの二か月ぐらいの付き合いの要領の悪い後輩なんぞに告白されてOK出すやつがいるなんて思うか?」

「はっ、お前が何を言おうとうるし先輩は俺の彼女だ! 堂々と胸を張って言えるね」

「うぜぇ……」

 昨日から俺とうるし先輩は晴れて彼氏彼女だ。いやもう天にも昇る気分とはこのことだ。間違いなく、人生で今が一番幸せだ!

 そうだ、今、が一番だ。

「……なあ、フロゥ」

「さっきまでの元気はどうした? 辛気臭くなったぞ」

「スコアボード見せてくれよ」

 フロゥは黙って俺を見た。そしてどこからともなく取り出したスコアボードを俺に投げる。バシッ、と音を立ててそれは俺の腹の上に落ちた。

「……はあ、ちょっとだけ見るのが憂鬱だ」

「なぜそう思う?」

「不安、だからかな」

「……私の計画に間違いは起こらない。お前は立派に戦った」

 そうだろうな、俺だってお前のことは信じてるよ。

 口に出すのが恥ずかしかったのでそう心の中で唱えながら俺はスコアボードを手に取る。そこに刻まれた点数は115点。

「100点、超えちゃったな」

「当たり前だ。そういう風にやって来たんだよ」

「だよなあ」

 フロゥの目的は俺をヴァルハラに連れて行くに相応しい魂にすること。そしてその基準としてこのスコアボードの点数が存在する。その基準を超えたということは。

「帰るのか? ヴァルハラに」

「まあな。ずっと言ってただろ、早く帰ってのんびりしたいってな」

「お前こっちでもテレビ見てばっかだったじゃないか」

「馬鹿言え、あれはここの情報収集をしていたんだ」

 嘘くせえ。あれは休日を満喫するおっさんの姿だったぞ。

「ま、お前とはこれでお別れだ。もう私が手を貸す必要も無いだろ?」

「……ん」

「何だ? 寂しいのか? おいおい、涙でも流してくれるってか?」

「……ああ」

 フロゥは目を見開いて驚き、それから怪訝そうに俺を見つめた。

「何だよ、そんなにおかしいか?」

「そりゃそうだ。寂しがられるようなことをした覚えはない」

「お前なあ」

 人が折角寂しがってやってるんだぜ。そんな憎まれ口を叩こうとしたはずなのに声は出てこなかった。出てくるのは涙ばかりだ。

「ほんとに泣くやつがあるか」

「……お前に取っちゃ何千年も生きてきた中の一人なんだろうがな、俺は……、俺に取っちゃあな……。お前みたいに俺のことを見てくれたやつは初めてだったんだ」

 小さいころから要領の悪いやつだった。頭は悪く運動神経も悪く、人に教えて貰っても上手くできない。いつの間にか誰からも期待されないことに慣れて自分自身すら自分に期待するのを止めて、ただただ時間を潰して生きる日々。そんな中にお前は現れたんだ。

 涙を流す俺を見て、フロゥは溜息をつきながら頭を掻いている。

「お前は確かに要領の悪いやつだよ。でもな、元々お前はそれでも頑張れてたんだ。もう少し周りに目を向けろ、お前のことを見てくれる奴は意外にいるってわかったろ?」

 それはうるし先輩や代表やもしかしたらウッシーもそうかもしれない。確かに俺はいつの間にか周りの誰も期待なんてしていないと決めつけていたかもしれない。

 でもな。

「俺がこうやって頑張れたのは間違いなくお前のおかげだ」

「ばーか、お前になんか期待してなかったよ」

 嘘つきめ。

 話したいことは話せただろうか。俺の感謝の気持ちはフロゥに伝わっただろうか。別れは寂しくとも避けられない、その時が近付いていると思うと涙は次々に溢れて来る。

「……お前、ずっと泣きやがって。もう行くぞ」

「……そうか」

 話すべきことは話したはずなのに俺の心は何か言えと叫んでいる。少しでも長くフロゥといたいと思っているのだ。いや、そうだ、一つどうしても気になることがあった。

「なあ、ラグナロクをヴァルキリーは生き残れるのか?」

「は? ……ああ、そうそう、そうだな。お前の決断が思ったより早かったからな、ラグナロクの現地観戦に間に合いそうで良かったよ」

「そうなのか」

 ……ん? 現地観戦?

「……ちょっと待て、どういうことだ? この前他のヴァルキリーとラグナロクがもうすぐ始まるって話してたよな?」

「あ、聞いてたのか? まあ別に減るもんじゃないしどうでもいいが。確かにこっちに居ても中継は通じるから見れるは見れるんだがやっぱり野球は生で見るのが一番面白いだろ?」

「……野球?」

「ああ、今年のラグナロクは野球だからな」

 しばらく何も言葉が出てこなかった。今年のラグナロクは野球だからな。今年のラグナロクは野球だからな? つまりラグナロクは去年とかにもあったのか? しかも毎年やり方が違うのか? そもそもラグナロクは最終戦争じゃなかったのか? ほとんどの生命が死滅するとかなんとかはどうなった?

「今年はロキが良いメンバーを揃えて来たからな、絶対勝ってくれるはずなんだ。もう何千年以上も負け越してるから賭けの倍率も高い。今年こそはロキ軍がオーディンの糞馬鹿を打ち破ってくれると私は信じてるんだ」

 フロゥの語る言葉はどこか遠い場所で鳴っている音のように耳を通り抜けて行く。

「なんだどうした。急に止まって、電池切れの機械か?」

 揶揄う様な言葉にもいまいち反応できない。

「んー? ……あ」

 そしてフロゥが気付く。

「お前もしかして神話の内容でも信じてたのか?」

 そうだよ信じてたよ。しかし頷くことさえもできないぐらい俺は固まっている。

「最初に言っただろ、神話は私らに都合よく作った物語だって。ラグナロクもオーディンとロキが毎年戦う余興だよ」

「よ、余興?」

 は? え? ちょっと何を言ってるのか……、わからないというかわかりたくないというか。告白を決意した理由にお前がラグナロクに間に合うようにっていうのがあったりしたんだけど、ラグナロクが余興?

「あ、あ、あ……」

「ははは、何だその顔、鳩が豆鉄砲を食ったようってやつじゃないか?」

 ぷつん、と俺の中で何かが切れた音がした。

「出てけー!!!!」

 どこにそんな気持ちが眠っていたのか、突如として沸き上がった怒りに任せてフロゥを追い出す。追われる身となったフロゥは大笑いしながら窓を擦り抜けそのまま外へ、空へ。最後に俺の方を一度だけ見て、そのまま遠くヴァルハラへ消えて行く。

「……じゃあな」

 また会おうとは言わない。さよならフロゥ、お前と過ごした日々は俺にとってかけがえのない思い出になるだろう。……いや、もう既にかけがえのない思い出なんだ。

 涙を拭い外へ出る準備を始める。うるし先輩と出掛ける約束があるのだ。いつかヴァルハラに行った時にまた会おうぜ。その時はこれからの日々を土産話に持って行くからな。


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