ヴァルキリースコアボードの16
色々と順調な日々が続いている。最近は以前よりも怠惰さが消えてきているようなそんな感覚。毎朝のランニングはいつの間にか日課となった。空いた時間にはついていけていない講義の復習をしたり、DIYについて少し調べてみたりしている。安い道具と材料を買って小さな箱を作ったこともあった。あれはちょっと失敗だったが。小さい方が難しいんだよなあ。そんな気がする。
うるし先輩との関係も順調と言える。今までと違い金曜日の講義の前だけでなくサークルでも会うことが出来るし、この前はサークルの買い出しにも一緒に行ったものだ。あとはちょっとご飯に行ったりもした。あれは他のサークルの人もいたけれど、まあ、結構楽しかった。
「楽しそうじゃないか」
家でそんなことを思い返しているとフロゥが寝転んでテレビを見ながらそう言った。
「……そんなに楽しそうか?」
「少なくとも最初に会った時よりはずっといいな」
ずっといい、か。そうかもしれない。
最近はフロゥの小言の数が減って来た気がする。たまに屑だの何だのと言ってくるが、本当にたまにだ。思い出したかのように言って来るものだから面食らうことがあるぐらい。スコアボードは最近見ていないようだが点数はどうなっているのだろう。
「……フロゥ」
「どうした?」
声をかけると当たり前だがフロゥがこっちを見て次の言葉を待っている。
「……やっぱりいいや、ごめん」
フロゥの事を見ているとなぜだか点数を聞く気が無くなった。正直な所、今や点数のことなど全く気にならないのだ。
「はあー? 何だ全く、用が無いなら邪魔をするな。今忙しいんだ」
まあ変に思わせぶりな事をしたせいで無駄に機嫌を損ねてしまったが。しかし野球観戦に勤しんでいるように見えるが何が忙しいんだ?
……ただまあ、この状況にも随分と慣れた。フロゥがテレビを見ているのはいつものことだし、ヴァルキリーとか言う人外の存在だからか尊大なのも気にならないし、こいつが宙に浮いて俺を見下してもまた浮いてるなあとしか思わない。たまに罵倒されてたまに助言されてやっぱり罵倒されて……。
ああ、そうか。
俺はフロゥといるのが楽しいのか。
夜、俺は棚の作り方を解説する動画を横になって見ていた。フロゥが喉でも渇いたのか冷蔵庫を開けてそのままバタン、と閉じた。
「真白、ビールが無いぞ」
「俺未成年だって」
最近はいつの間にか冷蔵庫に酒が置いてあることがあった。俺は未成年なのでレジで年齢確認でもされようものなら涙を流すことになるので決して買わないのだが、フロゥは平気で買って来ている。あの背の高さからはヘタすれば中学生ぐらいに見えかねないのによく買えるなと不思議には思っている。
「ちっ、しょうがない。ちょっと買ってくる」
余程酒が飲みたかったらしい。自分から外へ出て買いに行くなんて中々無いことだ。……いや、どうだろう。俺が大学に行ってる間に買い物を済ませてるだけかもしれない。寧ろそう考えた方が時々増えている冷蔵庫の中身の事を考えると自然か。
「俺もなんか飲むか」
少し喉が渇いたので冷蔵庫を開ける。そこには、飲み物らしいものが何も無い。
「えー、確かまだサイダーかコーラが置いてあったと思ったのに」
フロゥか? フロゥが全部飲んだのか? あいつ遠慮ないからな、有り得る。そして酒を買いに行ったついでに買ってくることなど期待しない方が良い気がする。マジで買ってくるって欠片も思えない。
「……ちょっとコンビニまで行くか」
俺は外出の支度を整えて外へと向かった。
外はもう暗くなっていて街灯には虫が集っているのが見えて少し気分が下がる。しかしコンビニへの道のりなど大したことは無い。二か月も毎朝ランニングを続けていれば体力も幾らかは付くし、なんとなく歩いていると落ち着かない気分にもなるし、虫を目に映すまいと思うと自然と走り出してしまうものだ。
静かな町の中を一人走る。不思議な気分だ、まるで世界にたった一人きりかのような気がする。……こんなに人通り少ない場所だったかな。人の往来の多い場所で無いのは確かだが人の一人、車の一台も通っていないとなるとちょっと怖い。
「気分はさしずめホラーゲームか?」
フロゥが来るまでよく見ていた、と言っても内容はさっぱり覚えていない、ゲームの実況なんかを思い出す。そうかあ、俺はフロゥが来るまでそんなことをしていたんだなあ、と謎の感慨に浸っていると不意に声が聞こえた。
それもよく知る声だ。
「なんだなんだ、お前もこっちで上手くやってるみたいじゃないか」
俺はその声を聞いて思わず足を止める。心臓がばくばくと言っているのがわかる。ばれていないだろうか今の、足音が急に止まったのを不審に思ってこっちに来たりしないだろうか。
まあそんな心配は杞憂だったが。
「私もフロゥクさんが元気でやってて安心しました。いつもならすぐに帰って来るのに全然戻ってこないってみんな不思議がっていたんですよ」
「はっ、今回の相手は中々の屑だったからな。思ったより時間がかかりそうだ」
幸いにも俺の方に来ることなくそのよく知った声、フロゥが話を続けている。相手は聞き覚えのない声だな。俺はこそこそと声のする方へ近付いて話に耳を傾ける。
「今回のやつの点数がいくらだったと思う? 45点だぞ? 信じられるか?」
「45点? ほんとですか? そんなの聞いたことないですよ」
けらけらと笑う声が聞こえて来た。45点ね、その点数よく知ってるわ。……俺の話じゃん! いやそれよりも、そんな話をするってことは開いてはヴァルキリーなのか。他にもちゃんといるんだな。
「普段さぼってばかりだからそういう人を押し付けられるんですよ」
「うるさい。お前の方はどうだ?」
「今は150点ぐらいですね。ここからうまく育成して今回は500点越えを狙おうかと」
「はあー、相変わらず真面目だな」
今150点? 500点越え? なんかもう、別世界の住人だな。同じ人間でここまで差が出るものか。……いや、例えば俺が点を付けるとして俺とうるし先輩相手なら圧倒的に差を付けるな。ウッシーや代表が相手でもそうだ。
俺が彼ら彼女らに勝っているところなんてないもんなあ。
「あ、そうだ。先輩知ってますか?」
「何がだ?」
「ラグナロク、始まるんですよ。もうすぐ」
「……そうか、もう始まるか」
ラグナロク? いや、その単語は覚えがある。フロゥ、というかヴァルキリーについて調べた時に一緒に出て来た単語だ。
その内容は、思い出す前に二人が話の続きを始める。
「……本来なら私も行きたいところだがあの男の点を上げるにはもう少しかかりそうだ」
「あー、まあ仕方無いですよね」
「そうだなあ。私も現場に行きたかったが、まあこの地上からせめて応援するとしよう」
その後二人は大した会話も無く分かれたようでフロゥが空を飛んでアパートの方へ飛んで行く姿が見えた。俺はその姿をずっと目で追っていて、目を放すことが出来なくて。
スマホの画面が煌々と光っている。映るのは先程調べた内容。
『ラグナロクとは北欧神話において神々と怪物の最後の戦いである。神話によれば世界は炎に包まれ大地は海に没し、ほとんどの生命が消え去る。』
「……フロゥ」
色々と思うところはあった。二人のヴァルキリーの会話が脳内で何度も繰り返されている。そしてどうしても気になることが一つあった。
「俺、お前の名前間違えてたの?」
あの人フロゥクって言ってなかった?




