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ヴァルキリースコアボードの14

 うるし先輩の誕生日が二週間後に迫っている。その事実は俺に衝撃を与え、フロゥの助けも借りケーキバイキングへ一緒に行くことになった。そして目下俺の悩みとは。

「金がなぁ」

 どうやって金を捻出するかという話である。俺は通帳を眺めている。そこにはまだ六桁の数字が並んでいるが、一番上の数字は1だ。この通帳からは家賃などの月ごとの支払いが引かれて行く。ここから大きく減らすわけにはいかない。

「どうした? まさかケーキバイキングの金も出せないのか?」

 フロゥが俺を煽って来る。

「出せないわけないだろ。お前入れても精々10000円じゃないか。そのぐらいなら問題ない」

 そう、ケーキバイキングの値段はそこまで問題視していない。問題は今俺のスマホに表示されているものの方だ。

「やっぱ50000は高ぇよ」

 それはうるし先輩が欲しがっている電動ドライバー。出来ることならこれをプレゼントしたい。

「……いや」

 ふとあることに気付き通帳を投げる。よく考えてみればこの通帳に入っているのは親の仕送りだ。この金は俺が使っていいものだが、一方で完全に俺の金とは言い難い。

 どうせプレゼントするなら俺が俺の力で稼いだ金でプレゼントしたい。そんなことを思ってしまった。

「バイト、したいんだろ」

 いつの間にか俺のすぐ上にフロゥの姿があった。全て見透かしているかのような目で俺のことを見ている。

「……まあ、そうなるな」

「だからこの前言っただろ。バイトして稼げってな」

 お前の食費とうるし先輩へのプレゼントを同列に語れるかよ。しかしあの時からバイトをしていればこんな悩みが無かったかもしれないのも確かだ。

「バイトかぁ……。どうやって探せばいいんだ?」

 スマホでとりあえずバイトを検索すればいいのか? いや、最近はアプリがあるんだっけ。こんなことならもっと色々と調べておけば。

「真白、お前は馬鹿だな」

「え?」

「お前は時に周りに頼ることを覚えるべきだ」

「は?」

 周りに頼る、って言っても今ここは俺の部屋なわけで俺とフロゥしかいない。つまり。

「……まさかフロゥ、お前」

「私が知るわけないだろ」

 何なんだ畜生。ヴァルキリーの手伝いをする割の良いバイトでもあるのかと思ったのに。

「だがな、お前の友人に色んなバイトをしている奴がいるんじゃないのか?」

「え……。あ!」

 確かにそうだ。なぜ俺は言われるまでそんなことを考え付きもしなかったのだろう。スマホの電話帳、ほとんど登録のない連絡先一覧から一人の名前を探しとりあえず電話をかける。この時間はもうバイトをしている頃かもしれないので繋がるかどうかは運次第だった、が、幸いにも電話は繋がった。

『よお、マッシーが電話かけて来るなんて珍しいじゃん』

 スマホから騒がしい音と共にウッシーの声が聞こえて来る。音からして雀荘にでもいるのだろうか。まあそんなことはどうでもいい。

「実はさあ、頼みがあって」

『頼み? 何だよマジで珍しいな』

「ああ、まあな」

 次の言葉を発する前に息を吸う。こんなことを言う日が来るなんて思ってなかったからどうにも緊張して声が震えそうだった。それでも覚悟を決めてその言葉を口に出す。

「バイト紹介してくんない? 短期で稼げるやつ」

『バイトぉ?』

 ウッシーの困惑に満ちた声がなんだかおかしくて気付けば思わず笑みが零れていた。


 深夜、ウッシーに連れられてやってきたが目の前にあるのは肉体労働の予感がする光景。

「工事現場だな」

 組みかけの足場が建物を覆っている。これを工事現場と呼ばず何と言うのか。

「きついけど給料は良いぞ」

 ウッシーは事も無げにそう言った。

 電話を掛けたあの日、ウッシーは訳も聞かずにあっさりとバイトを紹介してくれた。それどころか一人だと不安だろうからと同じ時間に入ってくれるという。ありがたいことだ。……しかし肉体労働かぁ、最近はランニングをしているとはいえ体力には自信が無い。不安だ。

「俺もフォローするしそう不安になるなって」

 どうやらその不安が表情に出ていたのだろう。ウッシーが俺の背を叩いて鼓舞する。

「……よっし」

 まあどのみち金が要るんだ。やるしかない。絶対に金を稼いで見せる!

 着替えを済ませヘルメットなんかをつけて準備万端、早速仕事に取り掛かる。

「じゃあこれあっちに運んどいて」

「はい!」

 主な作業は何かしらの運搬。なんか資材っぽいものの時もあれば瓦礫みたいなのの時もある。どちらにも共通しているのは仕事の内容は簡単だがひたすら重くて力と体力がいるってことかな。そんなものだから何度か行ったり来たりしただけで。

「……きっつぃ」

 既に腕や足が重たい。瓦礫なんか積むのも自分でやらないといけないし想像以上に一つ一つの破片が重たい。これいつまでやらないといけないんだ?

「まだまだあるから急げよ。終わらないとどやされるぞ」

 ウッシーはまだまだ余裕がありそうだ。流石は色んなバイトをやって来ただけある。仕事は山積み、疲れも溜まってる、想像以上に働くというのは厳しい世界だ。しかしそもそもこっちから頼んで入れさせてもらったバイトだ、ウッシーに負けてはいられない。気合を入れ直して頑張ろう。

 悲しいことだが気合を入れ直したところで唐突に力が増すわけでも無い。それに深夜の作業は想像以上に身体が動かないというか、動いているからどうにかなっているがふとした瞬間に眠気が襲ってくる。後で思えばウッシーが上手くフォローしてくれなかったら途中で追い出されていたんじゃないかと思うぐらいに周りの足を引っ張っていた気がする。

 実働時間はほんの四時間程度だっただろうか。しかし終わった時には想像を遥かに超えて疲弊していた。立つのもしんどくてそこらの段差に座り込んで呼吸を整えるのが精一杯だった。

「大丈夫か?」

 ウッシーが近くの自販機で買ったジュースを差し出してくる。疲れ切った体に飲み物は本当にありがたかった。俺は蓋を開けると一気に飲み干す。

「想像以上にきつい、な。俺、これから工事現場の人見たら頭が上がらねえよ」

「なー、俺も最初はきつかったわ。でもこれまだ一週間は続くからな」

 ……自分から頼み込んだとはいえ正直逃げ出したいと思ってしまった。一週間もこんなことを続けたら俺は死んでしまうんじゃないだろうか。

「まあ俺もやるから気楽に行こうぜ」

「ははっ」

 一週間後に俺はちゃんと生きているだろうか、心配だ。


 深夜のバイトと大学生活の両立は想像以上に難しい。少なくとも俺はたったの一週間にも関わらず昼夜の区別がつかなくなっておかしくなりそうだった。夜は必死になって資材や瓦礫を運び、昼間は大学へ、そして夕方から眠りに就き、起きるとまたバイトへ向かう。とても健全な生活とは言えなかったがこれもうるし先輩の為と思い仕事を投げ出すことなく頑張り続ける。

「遅ぇぞ! もっと早くやれ」

「はい!」

「違う、こっちじゃねえ! あっちだ!」

「はい!」

「休んでんじゃねえ! 終わんねえぞ!」

「はい!」

 三日目あたりから怒られることが増えた。体力的にきつくてどんどんペースが落ちて行った。何でこんなに頑張っているんだと自問し続けた。あー、辛い、きつい、しんどい。息も絶え絶えで一度座ってしまうと立ち上がるだけで気力を使い果たしかねない。

 そんな日々なのに不思議と投げ出そうとだけは思わなかった。

「マッシー大丈夫か?」

 気に掛けてくれる友達がいたからだろうか。

「よーし、よくやった。次はこっちだ」

 それとも単に指示が飛んでくるからだろうか。

『わぁ、ありがとう! 大切にするね!』

 喜んでくれるうるし先輩の姿が見たいからだろうか。

 それとも。

「……ちっ」

 高所から見下ろしているヴァルキリーの姿があった。あいつはバイトの初日からずっとああやって俺を見ている。それはきちんと仕事をこなしているか監視しているようでもあり、単に心配で様子を見に来た家族のようでもあった。


 長かったのか短かったのかすらわからない一週間が終わった。もはや疲れ切って立ち上がるのもしんどくて、人目が無いなら地面にそのまま寝転がっていただろう。流石にそれはできなくて段差に座り込み項垂れていると現場責任者のおっさんが俺の下へ。

「これバイト代な」

 ああ、そうか。これの為に頑張ってたんだった。そんな感想が飛び出るぐらいには疲れて何もわからなくなっていた。

「ありがとうございます」

 受け取った封筒の中身はなんとか目的に足るぐらいの金額があるはずだ。そうであれば苦労した甲斐はあると言うものだろう。そう思ってポケットに封筒を突っ込んだのだが、なぜかおっさんが目の前にずっと陣取っている。

 俺、何かしました?

「えっと?」

「……お前、体力ねえな。腕も細いし、向いてねえぞこの仕事」

 ……わざわざそんなこと言って来るなよ。

「だが最後までやり切った根性は買ってやる。次はもうちょい体鍛えて来るといい」

 そう言いながら俺の懐に無理矢理何か突っ込んで来た。……最近よく見るプロテイン入り飲料だ。これを飲んで筋肉を付けろと言いたいのかもしれない。

「牛頭とあの嬢ちゃんには感謝しとくんだな」

 おっさんは最後にそう言い残して俺の前から去って行った。

 夜明けにはまだ遠く、夜が作る闇の中で街灯に照らされた建物を見上げている。どうもこの建物に関する工事だったらしいのだが俺のやったことがどういう風に役立ったのかはわからない。牛頭はさっきのおっさんと何やら話があるらしい。どうもあの二人は競馬仲間らしいのでその関連だろう。

 不意に街灯の光が背後に立った誰かに遮られた。まあ、見なくても誰かはわかる。

「フロゥか」

「帰らないのか? 疲れてるだろう」

 意外にもその第一声は俺を労うようなものだった。人を気遣うような言葉を覚えていたのか。

「ウッシーに礼ぐらい言っておかないとな。世話になったし流石にそれぐらいはさ」

「そうか」

 ……こうも静かだとどうにも調子が狂うな。絶対に罵倒の嵐と共に迎えられると思っていたのに。まあそうでないなら言うべきことはきちんと言っておこう。

「あー、その、な」

「何だ?」

 しかしどうも気恥ずかしいものがある。こいつが後ろにいてくれて助かった。面と向かってなんてたぶん言えなかっただろうな。

「……まあ、ありがとな。手伝ってくれて」

 フロゥは四日目辺りからバイトに飛び込みで参加し主に俺の手伝いをしていた。その圧倒的な身体能力で俺より働いていたぐらいで、もし来てくれなかったならばやるべきことが全然終わっていなかっただろう。

「お前が遅いからだ、本来なら私が働く必要なんて無かったんだ」

 今更そんな憎まれ口を叩かれたところでな。思わず口角が上がるのを我慢はできなかった。


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