ヴァルキリースコアボードの13
うるし先輩とDIYサークルに行き一夜明け、俺はベッドの中で蹲っていた。
「……頭痛い」
万力で締め付けられているかの如く頭が痛い。今はただベッドの中で何をするでもなく耐え忍ぶことしかできない。昨日は色々とあったはずなのに今はまどろみで見た夢のように思い出せない。というかそんな余裕がない。
「おい、さっさと起きろ! 走りに行くぞ!」
フロゥの声が頭に響き更に頭痛が酷くなる。
「いや……、マジで無理」
この状態で走るとか、途中の草むらに身を投げ出してそのまま亀のように動かなくなってもいいならやるが。いや、やっぱ無理、立ち上がるのもしんどい。
「ふざけたこと言うな! 蹴り飛ばすぞ!」
フロゥは布団を剥ぎ取り俺を無理矢理起こして外に連れ出そうとしたが、歩くのもふらついている俺を見て大きな溜息と共に諦めた。
「下戸なら酒なんか飲むなこの馬鹿が!」
ごもっともである。
ようやく頭痛が落ち着いてきたのは昼頃。俺は二度と酒を飲まないと心に決めつつ昨日のことを思い返す。
「……夢じゃないよな」
さっきはまどろみで見た夢のように思い出せない、なんて言ったが思い出してみれば本当に夢のような出来事だった。代表と共に木箱を作り直し、そのままサークルの飲み会に参加、そしてうるし先輩が俺をサークルに誘った理由が。
「友達かあ、うるし先輩と俺は友達だったんだ」
俺はてっきり単に人数欲しさにサークルへ誘ったのだと思っていたがうるし先輩は俺のことを友達だから誘ったとはっきりと言った。思い出すだけでにやけてしまうほどに夢のような時間だった。
しかし夢のようであったが夢ではない証拠もある。座卓の上にある綺麗な形に直された木箱、そしてその中に入れてある用紙。
「サークル紹介と入会の申込書か」
俺はかのDIYサークルに参加する為にこの用紙を読み込むと共に必要事項を記入しなければならない。正直面倒な気持ちはあるがうるし先輩にサークルに入ると言った以上は絶対にやるぞ。
「よかったなあ、サークルに入れてもらえそうで。これも私のおかげだな」
さっきまでその辺をふよふよと漂っていたフロゥがいつの間にか俺の後ろから用紙を覗き込んでいる。上から見下ろし偉そうな態度は相変わらずで反発したい気持ちはあるが。
「……まあその一面があることは事実だし感謝はしてる」
「ほう、殊勝だなぁ。ま、感謝するなら酒の一つでも買って来てくれ。テレビのお供にビールが欲しいところだ」
「ヴァルキリーってのはテレビ見るのが仕事なのかよ」
フロゥは暇な時はいつもテレビを見ている。スポーツやバラエティ系の番組が好きなようで俺が休みで一日中家にいる時は飯を食う時以外ずっとテレビに食い付いている時もあった。早くヴァルハラに帰ってのんびりしたいと言っているがここでの生活もあまり変わらないのでは?
それはそれとしてさっさとサークル紹介を読んで入会の申込書も書いてしまおう。
「活動は週に二回、それと別に買い出しやら何やらやることもあると。活動場所は昨日のとこと大学でやることもあるのか」
会員が作った家具の中にはアンティーク調の家具まであってレベルの高さが窺える。正直俺が入っても場違いな気もするが、代表の方から誘ってきたんだし気にしないでおこう。
そして問題の項目。
「会費かあ」
月5000円、年間だと60000円だ。正直これは俺にとってかなり大きな額と言わざるを得ない。仕送り頼みで大学生活を送る俺にはなかなか重たい金額だ。そして今、比較的金欠の時代に突入している。何を隠そうフロゥのせいで。
「食費、削るかあ」
食費が以前の倍以上になっている。それ以外に使うあてが無かったのだからそこが一番痛手だ。そして倍以上になった原因がフロゥだ。こいつは遠慮呵責なく平気で俺の金で飯を食いまくる。昨日も肉と酒をたらふく胃に収めていたしな。家計簿なんて高尚なものは付けていないが俺の記憶だけでもこいつ一人で5000円ぐらいは食ってるはずだ。いやあよかったよかった。
「そういうわけで今日からお前飯抜きな」
「は?」
めちゃくちゃ睨まれた。親が殺されてもあんな顔しないだろってぐらいに恐ろしい表情なのでとりあえず明後日の方を向いて対処しよう。
「いやほら、サークル入るだろ? 会費いるだろ? その為にはお前に食わす金が無いんだよ」
「馬鹿言え、私の分を無くすぐらいならお前が飲まず食わずで生活しろ」
「いやそれやると俺死ぬだろ」
今俺が死ぬと困るのはフロゥの方だ。普段からそう公言しているのだからそこは間違いない。つまりこの要求は飲まざるを得ないはず。
「バイトでもしたらいい」
「バイトぉ?」
健全な一般的大学生はバイトなるものに励むこともあると聞いたことはあるが、俺の人生には今の所縁遠いものになっている。理由は簡単でそんな面倒なことはしたくない。
「わざわざ稼ぎに出なくても仕送りの分だけで本来足りてるんだよ。ヴァルキリーは何も食べなくても生きて行けるんだろ?」
「知ったことか、私の数少ない楽しみを奪うつもりなら容赦はせんぞ!」
こいつむちゃくちゃだ。わかってはいるが話の通じない奴め。
「お前は俺がうるし先輩と仲良くなれるよう協力するんだろ。だったらサークルの会費が出せないのは困るんじゃないか?」
「ほう。少しは口が達者になったか?」
う、拳が強く握り締められているのが見える。まさか殴って来るつもりか? 痛みに屈するつもりは無いが、だからと言って痛いのが平気なわけじゃないからな。
しかし想像に反してフロゥはゆっくりと拳を下ろす。
「……まあいい。今回だけはお前の意見に乗ってやろう。私は私で食事を手に入れてこようじゃないか」
「誰にも見られないからって盗む気か?」
「本当ならそうしたいところだが他のヴァルキリーに見つかると面倒だ。上に報告が行くと一年ずっと説教漬けだからな」
一年説教に使うって、流石に千年以上生きてるヴァルキリーは俺たちとは時間の感覚が違うな。
いや、それよりだ。フロゥが俺の意見を聞き入れた? 正直かなり意外な展開だ。どうにかこうにか妥協点をこれから探り合うのだと思っていたので少々肩透かしの感もある。が、そんなことをせずに済むのならその方が良い。
「ただこれだけは言っておくが」
「言っておくが?」
「今後お前が金に困ってもそこに対しては何も助けないからな」
「ははは、金に困るって、あるわけないだろ」
仕送りを全額は使っていなかったんだ、まだ残高が多少はある。そもそも会費の件だってフロゥの食費に仕送りが圧迫されていたから不安だっただけ。もはや金の心配は不要! これから順風満帆の人生が待っているぜ!
場所はゲド先の講義が行われる教室。
「真白君は誕生日はいつ?」
毎週恒例となってきたうるし先輩との雑談、その中でふとした拍子に先輩がそんなことを言った。
「まだ先ですよ。十月なので」
「十月かあ。じゃあそれまでに真白君が好きな物を知っておかないとねぇ」
好きな物を知っておかないとって、つまり誕生日プレゼントをくれるということだろうか。大学に入ってからは親からすら祝われた記憶も無いのに、今年は好きな人に祝ってもらえるかもしれないと。なんか俺に都合が良すぎて逆に怖いぐらいだ。
「フロゥちゃんは?」
「私は十二月だからもっと先だな。ただその時にはいないかもしれないが」
「えー、どこか行っちゃうの?」
うるし先輩が驚いたように尋ねたがフロゥは至って平然とした顔で返事をする。
「そもそも私はこの大学の生徒じゃないし」
「あ、そっか。真白君のお世話をしてあげてるんだよねぇ」
先輩にまで当然のようにそんな認識をされているのは若干不服だ。世話とは言うものの日常生活においては世話になった記憶はない。まあ毎朝のランニングのせいか最近寝覚めが良いというのはあるが。筋肉痛も最初に比べてましになって来たし、もしかすると体力が付いて来たということなのかもしれない。
……それはそうと十二月にはいないかもしれない、か。つまりフロゥの中では十二月までに例のスコアボードの点数が100点を超えるように仕向けるつもりということだろうか。となると俺を十二月までにはうるし先輩に告白させるつもりということになる。多少は仲良くなって先輩に友達と呼んでもらえはしたが告白してOKが貰えそうなイメージは今の所全く無いのに大丈夫なのか?
……そもそも仲良くなれたことに浮かれているが俺からの告白を受けて嬉しい人なんているのだろうか。今更そんなことに悩んでも仕方ないというのは分かっているが、どうにも不安になって来る。
「それじゃあフロゥちゃんにはもっと早くにプレゼントあげないといけないねぇ」
「ははは、こいつにプレゼントなんてもったいないですよ、先輩」
おっと、脊髄反射で言葉が出てしまった。脇腹を摘まれている、痛いぞ。
「真白、最近ちょっと調子に乗ってる? 明日から走る距離を倍にしようか」
「あー……」
藪をつついて蛇を出すとはこのことか。もう少し発言には気を付けましょう。
「あ、そうだ。先輩の誕生日はいつですか? こっちからも何か贈りますよ」
うむ、完璧な話題逸らし。これって俺にしては正に会話らしい会話じゃないか? ついでに先輩の誕生日も聞けて一石二鳥、なんなら誕生日プレゼントを贈り合うなんてめっちゃ仲良しな感じもするので一石三鳥か?
「私はねえ、実は再来週なんだ」
「へぇー、再来週ですか。……もうすぐじゃないですか!」
え、そんな早くなの。まずい、これからゆっくり仲を深めていきながらプレゼントに相応しい物を考えて行こうと思ってたのに。このままでは変な物を渡して終了になりかねないぞ。
「折角の誕生日だ。何でも真白に頼めばいい。なんだってくれるから」
けらけら笑いながら先輩を煽るな!
「えぇー、でも悪いよぉ」
先輩は優しい。俺のことを考えてそうやって一応買わなくていいよ、ってポーズを取ってくれるから。でもちらちらと視線を感じるのは気のせいじゃないみたいですね。
「先輩、任せてください。ま、お金には困ってないんでね、何でもいいですよ」
まあうるし先輩の為ならかっこつけるぐらいは簡単だ。胸を叩いて親指を立てさせてもらうさ。
「えっとぉ、ねえ」
先輩はスマホを取り出して何やら操作し始める。なんだなんだと思って画面を覗くとどうやら通販のページを開いているようだ。あー、電動のドライバーか、なるほどなるほど。
「これなんだけどぉ」
「こういうのって先輩なら持ってるかと思いましたよ」
「去年ホームセンターで一番安いのを買ったんだけど壊れちゃってぇ」
「ああそれなら確かに新しいのが欲しいですね」
「そうなの」
まあそこまではいいや。新しいのが欲しいってのは全然いい。それでどうせだから前よりも良いやつが欲しいってのもわかる。
「……電動ドライバーって高いんですね」
しかしそれが50000円もするとなると流石に目を疑ってしまう。え、こんなに高いの? 先が勝手に回ってくれるだけじゃないの?
「ピンキリなんだよ。前のやつは5000円ぐらいだったかな。でもみんなが使ってるのに比べて回転が遅いしあんまり調節もできないし、あと先の部分がプラスとマイナスのドライバーにしかならなかったの」
「他のドライバーがあるんですか?」
「これはねぇ、穴空け用のドリルにもなるしドライバーの大きさも色々変えられるから便利なんだよ」
「あ、なるほど。それは便利そうですね」
「あとバッテリーも長持ちなんだよねえ。前のやつはすぐに切れて充電しなきゃだったから」
「スマホとかも充電すぐ切れるとちょっとイライラしますもんね」
高いやつに高い理由があるのは工具に詳しくない俺にもよくわかった。しかしこれを誕生日プレゼントとして贈れるかというと……、厳しい値段だ。
「あ、でもね、真白君にこれをプレゼントしてほしいってわけじゃないよ。これは私がバイトをして自分のお金で買う予定だから」
そして先輩も流石に高額過ぎて買って欲しいなんて軽く言えないことぐらいは分かっていたらしい。
「ケーキとか買ってくれたら私はそれで充分嬉しいな」
友達ならちょっといいケーキをお祝いにあげるだけでも十分だ。俺だって友達が、そんな友達がいるかどうかは別として、ケーキを買ってお祝いしてくれるのは素直に嬉しい。ついでにちょっとした小物のプレゼントもあれば最高だ。そのセンスに文句を言ってみたりするのもいいかもしれない。
そう、友達なら、だ。
フロゥが俺に目配せしている。何を伝えたいかぐらい言われずともわかっている。俺とうるし先輩は友達だ、だけど友達以上になりたい、俺はそう思っているだろ。
ただ一つ問題がある。それはそれとして俺が今思っていることをどう伝えればいいんだ? それで俺が固まっているとフロゥがこれ見よがしに呆れたような溜息を一つ。それに続けて。
「ケーキね。それなら再来週にケーキバイキングでも行きませんか?」
そんな提案をした。なるほど、ケーキバイキング。それは俺も行きたいし、先輩と一緒に食べられるならそれ以上のことは無い。
「真白の奢りです」
「……まあそうだろうな」
それもまあ仕方ない。しかし一つ疑問がある。こいつは自分がケーキを食べたいだけなんじゃないか?
「ケーキバイキングってこの辺にあるの?」
うるし先輩がフロゥに尋ねる。俺もフロゥの方を見た。
「どうなんだ?」
しかし自分で提案したにも関わらず首を傾げるばかりか調べろと言わんばかりに俺を見つめて来た。仕方なく俺はスマホで検索検索。
「あ、ありますね。駅の近くに」
一人前3000円もしないようだ。これぐらいなら俺の懐もあまり痛まない。その店のサイトにあるメニューを見せると先輩は様々な種類のケーキに涎を垂らしそうなほど魅入っている。
「……すごいねえ。イチゴのショートケーキは外せないよ、あとこっちのフルーツタルトもいいね。季節限定メニューも食べたいよねぇ」
すごく楽しんでもらえそうだ。正直ケーキバイキングに誘う案は俺には一生思いつかなかったのでこればかりはフロゥに感謝しておこう。
その後俺たちは予定を合わせ丁度二週間後の夕方からケーキバイキングへ向かうことを決めたのだった。




