ヴァルキリースコアボードの11
朝、目が覚めた時からそわそわとしていた。気が逸るとは正にこういう時に使うのだろう。そもそも太陽が昇ってもいない時間に目が覚めた時点でひどく落ち着いていないのがよくわかる。
スマホを見た。新着のメッセージはまだ無い。当然だ、時間は朝の四時。こんな時間にうるし先輩が連絡をするような非常識な人のはずがない。スマホを机に置いて一息つくと再びスマホを見た。音が鳴っていないのに通知が来ているはずもない。再びスマホをそっと置く。
「馬鹿な事してないで外を走って来い」
どうやら俺の行動を見ていたのだろう、フロゥが上から俺を見下ろしてそう言った。
「スマホは置いて行けよ。気が散るだろう」
「お前に今の俺の気持ちは分かんねーよ」
うるし先輩は昨日、一通のメッセージを送って来た。何度目になるかわからないがそのメッセージを開く。
『こんばんは。代表さんに聞いてみたらOKもらえました。場所と時間はまた明日連絡するね』
うむ、実にうるし先輩らしい文章だ。
「これ何で次の日にする必要があるんだ? この時に場所と時間を教えてくれればいいだけだろ」
後ろから覗き見してきたフロゥが正論からなる指摘をする。こいつは侘び寂びってもんがわかってないな。
「馬鹿言うなよ、うるし先輩からもう一度メッセージが来るんだぞ? なんでそんなこと言うんだ」
「きもっ……」
純粋な罵倒が俺のハートをブレイクしたのでベッドに頭から倒れ込む。そうしていると頭が冷えて来て段々と考えないようにしていたことを考え始めてしまう。
部屋の中央にある座卓の上には不細工な木箱が置かれている。俺は今日、あれを持って先輩の所属しているDIYサークルの活動にお邪魔させてもらうことになっている。どの程度本気でDIYしているのかはわからないが、少なくとも先輩の本棚作りを指導した実績があるらしい。そんな人たちの所へあれを持って行く。
眠れないのは先輩が連絡をくれたとか休日に先輩と会えるとかも当然に理由の一つだが、何よりも知らない人が大勢いるサークルへ行くことへの恐怖があるからだ。起きていても嫌な未来を想像してしまうなら眠れば悪夢を見ること請け合いだ。
「フロゥ」
「どうした?」
フロゥが俺を見ている、俺もフロゥを見ている。電気は付いておらず窓から月明かりが差し込むのみ、薄ぼんやりとしか見えない光量の中でこのヴァルキリーの姿は不思議とはっきりと見える。それは彼女がこの世のものではないことを再認識させられる。
居住まいを正し両手を膝の前方に付け、ゆっくりと額が床に付くまで頭を下ろす。
「今日は絶対に付いて来てください、お願いします」
そう、これは土下座。おそらく俺はこの行為を人生で初めて行った。なにせこんな風に物を頼む相手もいなかった、というのは置いておくとしてもこれほど真剣に頼み事をすることも無かったのだ。俺はおそらく今、人生の中で最も切羽詰まった状態にある。
「真白……、お前」
「無理だって、絶対馬鹿にされるだろあれ」
指差したのは自らの手で作った木箱。愛着、のようなものはあるが出来が良くないことぐらいは俺でもわかる。
「向こうが趣味人か本気で大工でも目指してるのかわかんないけどさあ、こんな素人以下の出来栄えの物だぞ? 憐れみの視線を向けられるのは耐えられないって。うるし先輩に言われた以上持って行かないわけにもいかないしさあ」
「私が行ったところでその未来が変わるわけでもないだろ」
「そうなんだけどさあ、それでも少しは気分が違うだろ。知り合いの一人もいない場所じゃあ居場所が無いじゃないか」
実際、こいつは一緒に行ったところで庇ったりはしてくれないだろう。それどころか一緒になって、いや寧ろ先頭に立って馬鹿にしてくるに違いない。だけどたとえそうだとしても、フロゥに言われるのなら少しはましだ。
……これって慣れか? 嫌な慣れだな。
変な慣れ方をし始めている俺をフロゥは中空から見下ろしている。こんな風に見下ろされるのももう慣れてしまって何も感じるところが無い。やがてフロゥはゆっくり口を開いた。
「まあ、元々付いて行く予定だった。どうせお前一人だと比良坂うるしと上手く距離を縮められないと思ってな」
「……ってことは頼み損?」
思わず口をついて出た言葉を聞いてフロゥはあからさまにやる気を失ったように見えた。
「やっぱ私はテレビ見てるから」
「あぁー! 嘘嘘! フロゥ様のおかげですよぉ、帰りにアイス買いますか、ね?」
この後隣の部屋から怒りの壁ドンを喰らったのだがそれはまた別の話である。
朝飯を食べ、気もそぞろに身支度を整え、迷惑メールの着信に苛立ちを覚える。緊張でトイレに行けばフロゥがスマホが鳴ったと嘘を言って俺をからかった。一周回って落ち着き、それからすぐに浮付き、何を思ったか意味も無くストレッチを始める。
そんな頃にようやくスマホが待ち望んだ音を鳴らした。
「うおっ、電話!?」
「いいから早く出ろ」
メッセージが送られて来ると思っていたので少し慌てたが即座に落ち着きを取り戻し電話に出る。
「あ、もしもち……」
噛んだ。全然落ち着きを取り戻してないじゃないか。
「うわぁ……」
フロゥがドン引きした表情で俺を見ている。やめろ、そんな目で俺を見るな。
『おはよう真白君、今日はお餅食べたの?』
電話の向こうからうるし先輩の声が響く。やめてください、いくら先輩の仰る言葉でもそのことに関しては蒸し返さないで。
「えっと、すみません、お餅食べてないです。それで、その、あれですよね。サークルの」
『そうそう。えっとねえ、十時に始まるからそれまでに着くように行きたいんだ』
今は八時なのでまだ余裕はある。
「どちらに行けばよろしいので?」
『河川敷沿いにあるホームセンターわかるかな? あそこからだと近いんだけど』
「ああ、あそこなら行ったことありますよ」
すぐそこに置いてある木箱の材料を買いに行ったところだ。あそこなら十五分もあれば着く。
『じゃあそこで待ち合せようか。九時半ぐらいに来てくれたら大丈夫だよ』
「わかりました。じゃあまたホームセンターで」
『うん、じゃあまた後でね』
通話が切れる。しかし電話で待ち合わせなんてまるで彼氏彼女のようだ。これから俺はうるし先輩とデートに行くと言っても過言ではないのでは?
「真白、何時にどこに行けばいいんだ?」
フロゥが後ろから声をかけてきた。それと同時に現実に立ち返る。そもそもフロゥも来るんだから二人きりになるタイミングは無いじゃないか。まあ俺が来るように頼んだのだから自業自得と言われれば何も言えない。
実際、今の俺がうるし先輩と二人きりになったとして良い雰囲気になれる気もしないしな。
時間は九時、まだ待ち合わせの時間には早いがそろそろ出発だ。
「いいか、待ち合わせっていうのはある程度早く行くのが鉄則だ」
フロゥがそう言い張るので待ち合わせの十五分前には辿り着くように出発するわけだ。俺はうるし先輩がいる講義以外は開始ぎりぎりに滑り込むように教室に入るタイプなのであまり馴染みが無い行動だ。え、友達との待ち合わせ? ……まあ、うん、ははっ。
えー、ちなみにその話があったのは通話終了直後なのだが。
「だったらもう出るか? どうせここに居ても気が急いて良くないし」
そんなことを提案したのだが、フロゥには呆れ果てた溜息で返事をされる。
「いいか、もしも比良坂うるしは九時半に来てくれと言ったんだ。それを無視してこんな早く行くのは逆に失礼だ。後で一時間以上前に来ていたとばれたらどうするつもりだ?」
「ばれても別に……」
いや、先輩がそのことを知ったら不要な責任を感じるんじゃないか?
「真白君を一時間も待たせるなんて……、先輩失格だね。もう私、合わす顔が無いよ。さよなら」
フロゥの下手糞な先輩の真似が始まる。しかし声のトーンは全く似ていないが内容に関してはあながち間違いとは言い切れない気もする。
「……わかった。十五分ぐらい前に着くように出よう。それならいいだろ?」
ということで九時ちょうどに俺たちは部屋を出る。
一歩、また一歩と歩く度に死刑宣告のカウントダウンでも鳴っているのか思うぐらいに恐怖と憂鬱に心臓が締め付けられていく。
「早く歩け、まだ半分も来ていないぞ」
フロゥが急かすように横から声をかけて来るがそれでも俺の足は速く動こうとはしない。
「なあ、先輩本当にいると思うか?」
朝から、いや昨日から何度こんなことを考えればいいのか。自分でもおかしいとはわかっているが、それでも思わずにはいられない。俺は俺がどれだけつまらないやつなのかを知っているんだ。本当の本音では浮かれ気分になんてなっていられない。
「馬鹿なこと言ってないで早く歩け、蹴飛ばすぞ」
フロゥがそう言って俺の後ろに回るので自然と足早になる。こいつは本気で蹴るだろうという厚い信頼があった。
どうにかホームセンターの前に辿り着いた時、俺はもはや息も絶え絶えと言った気分だった。10kmランニングを終えた後の方がまだ気分が良かったほどだ。ここにある現実を見るのが怖くて怖くてたまらない。
「どうだ、フロゥ、うるし先輩いるか?」
「なぜ私がお前に教える必要がある。その目が見えないなら抉り出してやろうか?」
こいつ本気で抉り出したことあるんじゃないか、そう思うぐらいに自然に出て来た言葉に恐れ戦きつつ駐車場を超えて店の方へ。
「……店の入り口辺りかと思ってたけどいないな」
「駐車場のどこかにいるかまだ来てないだけだろ」
そう言われて駐車場の外側をぐるっと一周してみたがうるし先輩は見当たらない。俺よりも背が高いし結構目立つはずなのに見当たらないということは。
「やっぱりいないんじゃ……」
「まだ待ち合わせ時間にはなってないだろ」
スマホを見ると現在9時25分。一応まだ5分は残っているが。
「先輩はそれこそ待ち合わせより早く来るタイプだと思わないか?」
「どうだろうな」
絶対にそうだ。俺はそう確信している。あんなにやさしい先輩が待ち合わせの時間より早く来ないなんてあり得ない!
つまり俺は先輩に騙されたんだ!
「なあ、フロゥ。帰ったら俺を慰めてくれるか?」
「うわっ、気持ち悪っ」
全力で拒否されて更にへこみつつ俺は呆然とその場に立ち尽くす。きっと俺は笑い物にされる為に呼ばれたんだ。実はこうしている間にもサークルの人がこの場を通りつつ俺が手提げ鞄に入れているこの木箱を盗み見てせせら笑っているに違いない。……馬鹿にされるのは慣れてるさ。
「はぁ、お前のその気持ち悪いまでの自己肯定感の低さは汚点の一つだな」
周囲の通行人に警戒するような視線を投げかけていた俺にフロゥが呆れ果てる。
「何を」
「あ、真白君!」
思わず何か反論しようとした俺の言葉を清らかな声が遮る。声のした方には当然、うるし先輩がいた。笑顔と共に小走りで俺たちの方へ向かっている。
「あ、お、おはようございます」
「おはようございます。ふふっ、教室以外で話すのはなんだか新鮮だねえ」
ふっ、俺はなぜ心配などしていたのだろう。うるし先輩が俺を騙そうだなんてそんなはずないじゃないか。この笑顔を見ろ、ああ、ずっと見ていたい。
「フロゥちゃんもおはよう。来てくれて嬉しいよ」
「おはようございます。今日はどうぞよろしく」
フロゥにも挨拶する律儀な先輩を見ながらふと気付く。その手にはホームセンターの袋が握りしめられていることに。
「買い物してたんですか?」
「そうそう。私がここに一番近いからよく買い出しを頼まれるんだよねえ」
そう言いながら袋の口を開いて中を見せてくれたが、中には釘やネジ、紙やすりやボンドなどが入っている。
「本当は早く買い物を終わらせて真白君を待ってるつもりだったんだけど、つい色々見て回ってたら時間が経っちゃって。もしかして待たせちゃったかな?」
「いやあ、さっき来たところですよ」
流石にその質問の答え方は漫画などで履修済みだ。言う機会は一生ないから役に立たないと思っていたけど勉強しておいてよかったぜ。先輩は素直なのでよかった、と言って微笑んでいる。
「それじゃ行こっか。ここからならすぐだからね」
そう言ってうるし先輩は歩き出し、駐車場のピンクの車の下へとやって来た。
「あ、車で移動」
「そうだよぉ、言ってなかったかな?」
聞いてないのも確かにある。しかしそれ以上にうるし先輩と車の組み合わせがいまいち想像できなかったというか。はっきり言って運転できるイメージが沸かない。
「あると便利なんだよ? ほら、おっきい板とか買ったら持って歩くの大変でしょ?」
「あー、なるほど。俺も今度免許取りに行こうかな」
免許はそのうち取りに行くつもりだったが、正直な所どうせどこにも出掛けないからと後回しにしている面もある。今まで本当に大学と部屋の移動以外は何もしてなかったしな。
「真白君は免許持ってないんだ。じゃあ今日は先輩の運転を楽しんでもらおうかな」
そう言ってうるし先輩は得意げな顔で胸を張る。その姿は子供が自分の得意な事を自慢しているようで微笑ましくも感じるが、先輩の胸は大きいので何かいけないものを見ている気分にもなってしまう。
「そうですね、楽しみです」
というわけで目を逸らして周りの風景を楽しみながら適当な受け答えをしてしまったのだった。
先輩の運転技術は予想通りと言うべきかあまり上手くは無いようだった。
「あれぇ、右だったよね?」
いや、運転技術というよりは単に方向音痴なのか?
「あ、えっと、先輩、僕まだどこに行くか聞いてないです」
「あ、そうだった。えっとね。大学のOBの人の土地でね、サークルに貸してくれてるの」
「それは凄いですね」
そう言いながら車が右に曲がって行く。この先は街中の方へ向かっている。土地を貸してくれているということだが、街中方面にそんな広い場所があるのだろうか。
「んー、あんまり通った覚えない道だし間違えたかも」
「え、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。すぐにUターンするから」
そんなことを三度ほど繰り返し、なぜ知っているのかフロゥの助け舟もあってようやく田畑の広がる農村部らしき所へ。近くにこんな場所があったのか。
「ごめんね、こんな時間かかっちゃって。本当はすぐに着く予定だったんだけど」
もう10時ぎりぎりだ。真っ直ぐここに辿り着けていれば10分で着いていただろう。
「大丈夫ですよ。先輩にこんな一面があるのを見れて僕は嬉しいですよ」
これフォローになってるんだろうか。言いながらそんなことを思ってしまうのは、自分が言われた時にどう思うのかを想像してしまうからだ。俺なら……、皮肉を言われてるって思うだろうなあ。
「真白君は優しいねえ」
うるし先輩は微笑みを浮かべている。
「優しいですか?」
俺の皮肉にも思えるような言葉が優しいとは思えないが。
「うん、今のも私を気遣って言ってくれたんでしょ? それぐらいは私でもわかるよぉ」
そう言われてもぴんと来ない。まさか暴言を吐くのが普通では無いはずだ。まあ俺がやってたらそんな言葉が飛んで来てもおかしくは無いが、うるし先輩にそんなことを言うやつはいないだろ。
車がウインカーを出して塀で区切られた土地へ入って行く。塀の奥には物置のような小さな小屋、更に奥には木々が連なり山が広がっている。
「ここが目的地ですか?」
「そうなの。広くて良い所だよ」
うるし先輩の言葉通りその敷地は広く、整地さえすれば陸上競技が出来そうなほどだ。塀の近くが駐車場になっているのか既に数台の車が停まっている。先輩は慎重に横の車との距離を見ながらゆっくりと車を停める。ようやくだと気合を入れて外へ出ると土と木の香りに混じって数人の話し声が聞こえた。それは小屋の方から聞こえて来る。
「もうみんな来てるみたいだね」
先に車があったことから想像は出来ていたがどうやら既に誰かしら待ち構えているのだ。車は三台、少なくとも三人という訳だ。まあ話し声が聞こえて来るのに一人だとすればその方が恐ろしい。
「先輩、ちなみに何人ぐらいいらっしゃるので?」
とりあえずそう尋ねる。むしろ俺は今までなぜそれを聞かなかった。
「えっとね、サークル全体で十人ぐらいかな。今日は半分ぐらいは来ると思うよ」
つまり五人ぐらいだな。五人か、ふっ。……多い。そんなに知らない人がいるのか。
「真白君、緊張してる? みんないい人だから大丈夫だよ」
「そ、そうですね」
そんな言葉信用できるか。いや、うるし先輩が信用できない訳じゃないけど。しかしうるし先輩に対する態度と俺に対する態度が同じなはずがない。だってうるし先輩と俺を比較すれば月とすっぽんだもの。おそらく俺は先輩の目の届かぬところに連れ出され色々とねちねち文句を言われ果ては暴言、暴行などを受ける羽目になるに違いな。
「さっさと行け」
ゲシッ。フロゥの蹴りが俺の背中を押す。こいつの暴力はもはや落ち着きを覚えるぐらいに慣れてしまったよ。
フロゥの一撃により多少は緊張がほぐれ、小屋の角を曲がる。そこには丸太を切り出したような、或いは角材を適当にくっ付けただけのような、はたまた家具屋で売っているのと遜色無いような、そんなそれぞれの椅子に座った人たち。
彼らこそまさしくDIYサークルのメンバーなのだろう。
「みんなおはよう。遅れちゃいました」
うるし先輩の声に彼らがこちらを見る。その目はまず先輩を、続けてその後ろに控える俺とフロゥに向けられた。うっ、視線が集まるとなんだか緊張で胃液がせり上がってくるような気がする。
「それでね、この二人が電話で話したお友達の真白君とフロゥちゃんだよ」
「よ、よろしくお願いします」
「今日はお世話になります!」
全力で頭を下げて挨拶するのだが先輩に友達と呼ばれた嬉しさと注目が集まっている緊張とで脳味噌はぐちゃぐちゃだ。周りの視線が無いなら地面に吐きかねない。とりあえず口の中まで来た胃液は呑み込んでおいた。
そんな俺に対して隣にいるフロゥはにこにこと笑顔を浮かべている。それはこういう場での処世術なのかそれとも俺の醜態をあざ笑っているのかどっちだろう。
「やあやあ、君たちがうるし君の言っていたお友達か」
でかい声でそう言いながら立ち上がりこちらに向かってくる男。眼鏡をかけてぴしゃりと七三分けにした髪を固めているいかにも真面目そうな男だが、そのガタイはスポーツマンさながらの力強さを持っている。体育会系がり勉とでも言うべき意味不明な見た目だ。
「僕はこのサークルの代表を務め」
「あ、代表。これ先に渡しておきますね」
そしてその自己紹介はうるし先輩によって遮られた。実は、薄々思っていたことがある。うるし先輩ちょっとだけ天然と言うか、天然で片付けていいレベルなのかはわからないけど、まあ、うん、ちょっと変。
「えっとね、この人はサークルの代表をしててね。すごくいい人なんだよ」
「……まあ、そうだ。どうぞよろしく」
なんだか少し悲しそうな表情で手を差し出された。
「よろしくお願いします」
自己紹介が流されてすごく雑な紹介で片付けられたことがきっと悲しいのだと思う。しかし改めて尋ねられるほど俺には余裕も無くとにかく差し出された手を握り返すことしかできない。その体格相応の大きな手にがっしりと握られると凄い力強さを感じる。
「……ふうん」
ん? 何だ、めっちゃ見て来るし今のは何を納得したんだ? しかしその謎が解けることなく、フロゥとにこにこと笑顔で握手をしていた。なぜ俺の時はあの笑顔が無かったのだろう。
他の人たちとも簡単な自己紹介を終えるとまずはサークルについて説明でもしようと代表が俺たちを連れて小屋の中へ向かう。ドアを開けて中に入ると俺たちを木彫りの熊が迎えてくれた。その出来はお世辞にも良いとは言えなかったが、逆にそれはただの素人がこれを作り上げたことの証明でもあるだろう。他にも様々な置物や椅子や棚があり、おそらくこれは全部彼らが作ってきたものなのだろう。
「我々がDIYのサークルであることはうるし君から聞いているだろう?」
「あ、はい」
「ここにある物は今ここにいる者や先輩方が作った物でね、この棚なんかは僕が作った物だ」
棚、人の背よりも高いそれはそれだけの大きさを誇っているのに歪みなど無く真っ直ぐに出来ている。それに角は丸く削られているし艶のある塗料が塗られている。正直、これを素人が作ったと聞かされ驚きを隠さずにはいられないぐらいだ。
「凄いですね、真白が作ったのとは比べると失礼なぐらいだ」
「おい」
やめろ、今自分でも恥ずかしくなっていたところなんだから。
「……フロゥ君。あっちには更に自信作もあってね」
「本当ですか? ぜひ見たいです!」
代表はフロゥの背を押して奥へと送り込む。なぜフロゥだけを。そう思っていると俺の方へ近付いて来て、めっちゃ近付いて来た。間近で見る代表は背丈と体格のせいでめちゃくちゃ怖い、真面目そうな雰囲気は寧ろ冗談とか通じないんだろうなというある種の恐怖がある。
「えっと、何か?」
「……君、うるし君目当てでここに来たんだろう」
「え?」
……めっちゃ図星を突かれた。なんとか誤魔化したいところだがそもそも誤魔化しようもないぐらい変な表情をしている気がする。実際に代表がやはりな、なんて呟いた気がする。というかその言葉が聞こえてないぐらいに焦りと焦燥が、焦りと焦燥は同じ意味か、とにかくヤバイ。
「たまにいるのだよ。君のようにサークルの誰かを目当てにやって来る者が。うちはなぜか美男美女が揃っているからね」
そう言われて見ると確かに他の面々も結構顔が良かった気がする。まあ俺にとってのナンバーワンはうるし先輩だけど。……いや、そういう話じゃないか。
「しかし我々はあくまでDIYサークルでね、真面目に活動しない者の席は無いと思ってくれたまえ」
そこまで言うと代表は踵を返して奥のフロゥの下へ。……何と言うか、俺の下心がバレバレじゃないか。確かに俺はうるし先輩が目当てで来てるんだよな。これまで全然考えてなかったけど言われて見ればサークルのメンバーにとっては失礼だよな。どうしよう、今こそフロゥに相談したいところだが流石に代表の前で相談できることでも無いし。しかもそのフロゥはめっちゃ代表と仲良さげに話している。何で俺とあいつで態度がここまで違うんだ。あれが推定何千年も生きているヴァルキリーの人心掌握術ってことなのだろうか。……羨ましいな。
先ほど代表から思い切り釘を刺されはしたがとりあえず表面上は何事も無かったかのように活動を見学させてもらえる。今日は新しい椅子を作る予定らしい。何個もあるのだから必要ないのでは、と思ったが自分の椅子は自分で作るのがここの流儀で今年になって入った一年がようやくそれを作るのだとか。
「見てみろ、あのてきぱきとした動きを。お前とはえらい違いだな」
フロゥがこそこそと俺に耳打ちをする。確かに言う通りで皆手慣れている様子で動きがいい。作るのは主に一年の子が主役で、彼は自ら作ったのだという設計図を元に木材を切って行く。設計図を見る限り彼が作りたいのはおしゃれなアンティークのような椅子だ。この場には若干不似合いな気はするが本人はやる気満々で汗をかきながらのこぎりを引いている。
他の者は木材を取って来たり必要な道具を揃えたりとサポートに徹している。あくまでもDIYだからやるのはあくまで本人ということなのだろう。
あっという間に木材を大まかに切り分けると今度は台の上にあった電動の糸鋸の下へ。どうやらここから更に細かく切って行くらしい。
「すごいでしょ」
「え」
いつの間にかうるし先輩が隣にいた。その目はきらきらとした輝きを持って糸鋸を扱う彼の下へ向けられている。
「あんな感じでどんどん形ができて行くの。今はまだただの板だな、って感じなんだけどこれからどんどん椅子の形がなっていくの。私その様子がすごく好きで、だからここに入ったのかな」
「そうなんですね」
俺の目も気付けば糸鋸を扱う彼の下へ、その手元へと向けられている。振動音を鳴らしながら木材が切られて行き、やがてその切れ端が落ちる。彼は木屑と共にそれを手で払い続きを始める。徐々に、徐々にではあるが木材の形が整えられていくのがわかる。
「……ちょっとわかる気がします」
徐々に、徐々に目的の形へ、そうなって行く木材の姿はなぜだか美しい物のように思えた。
ふと、代表の姿が無いことに気付く。さっきまで糸鋸の彼の後ろで見守っていたはずだがどこへ行った?
「次は君の番だ」
「うわっ」
唐突に聞こえた声に思わず驚いて声を上げた。後ろには巨大な影が……、代表がそこに腕を組んで立っていた。俺の様子を見て顔をしかめる代表、それを見てフロゥは顔を背けて笑い、うるし先輩も口元を抑えていた。
「いや、その、すみません。急だったんで驚いて」
「……まあいい。君のその荷物、見せてもらおう。うるし君からそれをより良い形にできるよう手伝ってくれと頼まれている」
「あぁ、なるほど……」
それで俺の番か。見せなきゃ駄目? もうなんか既に恥ずかしいんだけど。しかし隣にうるし先輩がいるのにそれを拒めるはずもない。諦めの境地に達した俺は無言で持っていた袋の中身を取り出す。
「少し借りるぞ」
「はい」
代表は我が木箱を手に取りじっくりと見始める。その様子は至って真面目であるが、俄かには信じがたいかのような表情をしているのがよくわかる。
「……立方体、のような形を目指していたということでいいのか?」
「……はい」
聞かないで。本当に恥ずかしいから。つまるところ本当に立方体にしようとしてたのか怪しいってことでしょ? ちゃんと目指してたんです、目指してたはずなんです。気付けばそうなってたんです。
「これは少々……、時間がかかりそうだな」
「うっす」
時間かかるで済むか? 自分で言うと悲しくなるけど。
代表が道具を取ってくると言って五分、手に色々と持って戻って来た。
「そうだ、聞くのを忘れていたが少々表面に傷が付いたりするかもしれないが構わないか?」
「ええ、まあ。仕方ないかと」
「ふむ、そうか。まあ傷はある程度誤魔化す方法もある、それも後で教えるとしよう」
教えるねえ、教えられてもなあ。正直できる自信が無いし。それにどうせねえ。
不貞腐れかけていると代表が音を立てて箱を机に置く。
「さて始めて行くわけだが……。最初にはっきり言っておこう」
代表が俺作の箱を指差し沈痛な面持ちで、しかし宣言通りにはっきりと一言。
「何から何まで下手糞すぎる」
「……まあ、ですよねー」
こうはっきり言われると辛いものがある。こんなんでも結構頑張って作ったはずなんだが。やはり不器用な俺には向いていないということだろう。まあここでいい感じにしてもらったら家に飾ってこのことは忘れるべきかもしれない。うるし先輩と仲良くなるのは別の方法を見つけるかな……。
「それで、だ。まずは分解しないことにはどうしようもない。釘を抜いて元の板の状態に戻すところからだ。釘抜の使い方は知っているか?」
「あー、中学校の時に使ったような?」
「覚えて無さそうだな。では一度どうやるのか見せよう」
見せて貰ってもなあ。そう思いながらも口には出せず、代表が口での説明と並行して釘を抜き始める。
「釘はしっかり打ち込んであるから木材の表面はどうしても傷が付く。それは諦めてくれ、まずこちら側で釘の頭をすくうところからだ。金槌で打った方が楽だが傷はつきやすいな、どうせこの後も付くから誤差とも言える。そこから――」
説明と実演がどんどん進んで行く。俺はなんとなく遠い出来事のようにそれを見守っている。脳裏を掠めるのは昔の、それこそ中学の頃の記憶だ。ラジオを作る時だったか、あまりの下手さに呆れた先生が俺の代わりにどんどん組み上げて行くのを俺は眺めていた。時間が無いから代わりにやるが説明はきちんと聞けと言われてものの、俺はぼーっと組み上がるラジオを見つめるだけで話を聞いていなかった。完成したラジオを持って帰ると俺は引き出しの奥にしまい込んで二度と出すことは無かった。今も実家で眠っているのだろう。
「よし」
そんなことを考えていると代表が釘を抜き終え、その釘を手に取って俺に目の前に持ってくる。
「こんな風にして釘を抜いて行くわけだ」
抜かれた釘は少々曲がっているし、釘抜が食い込んだ跡のようなものが見える。まあそれがどうしたという話だが。そんなことを思っていると代表が今度は釘抜を俺の目の前に持ってきた。
「では残りは君がやり給え」
「えっ?」
思わず声を上げると代表が首を傾げる。
「何だ、まだ不安なのか? 安心し給え、そこまで難しいことは無い。それにやって見なければいつまでも出来ないだろう?」
胸元に押し付けられた釘抜を俺は手に取る。ひんやりとした鉄の質感が俺の手に伝わる。それは確かに俺が今釘抜を持っているということを実感させるのだ。
「え、俺がやっていいの?」
「む? 当たり前だろう。君がやらなくて誰がやるのだ」
「え、あ……、俺……はてっきり」
代表が俺に代わって全て組み上げるのかと思っていた。俺はそれを横で見ているだけなのかと。だってそういうものだろう? 今までずっとそうだったじゃないか。
「どうした? やり方を忘れたか?」
「あ、いえ」
俺は釘抜を手に自分で作った木箱の下へ。その場でじっと下手糞な木箱を見つめる。
「代表、俺、これをもっといい感じにできますかね?」
「それは君次第だろう。私は道具の使い方を教えたりアドバイスすることは出来るが最後に作るのは君自身だ」
「そっか」
……俺がやっていいのか。
「よっし」
俺は気合を入れて釘抜を木箱に、そこに刺さっている釘の頭へと向かわせる。
「そうだ、そこで釘の頭をすくうように」
「入りません」
「なら金槌だ。使い給え」
代表から渡された金槌、それを持つ手に力が入る。俺はこれからこの木箱をちゃんとした形に作り直すんだ。グッ、と金槌を握る手に力が入る。
「あ、そこまで力を入れなくても」
ガッ。
代表は止めようとしてくれていたが時既に遅し。嫌な音と共に釘の周りの木材が大きく抉れる。救いを求めるように代表の方を見たが、彼は即座に明後日の方を向いた。
「どうやら、君が不器用というのは間違いないようだ」
俺に道具を握らせてくれた代表もその点に関しては他の人と言うことが変わらないらしい。
それから様々な工程を行ったがその度にミスを繰り返し続ける。しかし代表はその都度親身になってやり方を教えてくれた。
「いいか、力はあまりいらない。金槌の重さに任せて振るのだ」
「はい」
「そのままでは角度的に難しい。ここは一旦引いて釘の途中に嵌め直すのだ。この根本辺りでいい」
「はい」
「事前に補助線を引くのもいいな。これを見ながら釘を打つ場所を決めるのだ」
「はい」
この他にも様々なアドバイスを受けながら俺は必死になって木箱を分解し組み上げて行く。作業には大いに手間取り代表の想定以上の時間が経っているのは容易に想像できたが、結局代表は手本を見せる時以外は俺に作業をやらせていた。いや、やらせてくれた。少なくとも全行程の八割ぐらいは俺がやっていたはずだ。
「あ、釘が曲がった」
「そんな時は一度引き抜いて別の釘を打てばいい」
「はい、ありがとうございます」
「いいから早くやり給え。日が暮れてしまうぞ」
まあこんな若干皮肉じみた言葉が降って来る時もあったが。実際そのぐらいは言う権利があるだろう。何せこんな俺に付き合って長々と時間を無駄にしているのだから。
そして木箱が完成した時、それは既に眩しい西日が差し込むような時間だった。
「出来た」
俺は思わず手に取ってその姿を見つめる。ただ木の板同士を打ち付けただけだが、以前とは違い形がきちんと整っていて隙間らしい隙間もあまりない。何度代表のアドバイスと苦言を聞いたかは覚えていないがその甲斐あって……、いやそれを教え続けてくれたおかげで何とか形にすることが出来たのだ。
「うむ、これなら人前に出しても恥ずかしくない出来だろう。本来ならこれに塗料を塗って傷を誤魔化す処置をしたいところだが……、もう今日はそこまでの時間は無いな」
まあ俺がやるんじゃそんなのいつ終わるかわからない。少なくとも外が暗くなる前に終わることは無い。
「君が良ければまた来るといい。次はそれの見た目をより良くしよう。塗料を塗れば木材の持ちも良くなるしな」
「良いんですか?」
思わずそう聞き返してしまう。今日一日の作業で既に代表は俺に呆れ果て見捨てられるだろうと思っていた。少なくとも、このサークルの世話になれるのは今日で終わりだと。
そう思っていたことを知ってか知らずか、代表は俺の近くまで来て小声で告げる。
「……私は君がうるし君を目当てに来た不届き物でDIYになど全く興味のないやつだと思っていたよ。その木箱も気に入られる為に適当に作ったのだとな」
「……えぇと」
正直、あまり言い返せない。実際ここに来たのはうるし先輩目当ての所はあるし、木箱の写真で先輩に取り入った実績もあるし。ただそれだけではない部分も確かにあったのだ。そして代表はそのことに気付いていた。
「しかし少なくとも君はその木箱を真剣に作ったのだろう? ……正直真剣に作ってあの出来ということには驚かざるを得ないが」
できれば後半の言葉は胸に仕舞っといてくれると俺が傷付かずに済むんですが。その想いが表情にでも出ていたのか代表はこほん、と咳ばらいをして先ほどの言葉を無かったことにする。
「あとはだな……、君はその木箱を作る時、楽しそうだったぞ」
「……楽しそうでした?」
「何だ、自分ではそう思ってないのか? ふとした拍子に笑みを浮かべては失敗を繰り返していたぞ」
……代表、絶対に俺の事嫌いだろ。或いはこんな長時間も木箱を作るのを手伝わされたせいで嫌いになったのかもしれない。どうして言葉の節々で俺を刺してくるんだ。
しかし笑みを浮かべていた、か。
「……こういうことって最後まで自分でやることってあんまり無かったんですよね。だからそれが嬉しかった……、の、かもしれない」
少なくともこの木箱は俺が作ったと言っていいだろう。製作協力の欄を作って代表の名前を記す必要はあるかもしれないが、作業のほとんどは間違いなく俺がやったのだ。実家の引き出しに眠るラジオとは違う。
「これ、良い出来だと思いませんか?」
「いや全然」
代表は俺の事嫌い、と。
ただ、代表はその後に言葉を続けた。
「それはまだまだ酷い出来だ。しかし君が何かを作り続けるならいつかは本当に良い出来の物も作れるだろう」
疲れた首や肩を回しながら代表はそう言った。お為ごかしだろうか、普段の俺ならばきっとそう思っていたに違いない。ただ、今日だけは、信じてみてもいいのかもしれない。
代表が話は終わりだと言わんばかりそれ以上は何も言わなかった。残された俺は手の中にある箱を夕日に照らし染まる様を見ていた。そこでふと思う。
「……あれ、そういえばフロゥは?」
そういえば途中からフロゥが姿を消している。どこへ行ったのかと周囲を見渡すと、少し離れたところに人の背よりも高い謎のオブジェがある。周囲にはサークルのメンバーがたむろしてオブジェを近くから遠くから観察しているようだ。
そしてそのオブジェの影からフロゥが姿を現す。
「フロゥ、お前何を……」
「見ろ、これがオーディン様の像だ」
「オーディン?」
そう言われて謎だったそのオブジェを改めて見ると確かに人に近い姿をした何かに見える。持っているのは細長い棒のような何か、それが……。変なポーズだ、こう、何だろう、野球のバッターがバットを振った後のようにも見える。神話の神だし何か他の意味があるポーズだろうけど。
「北欧神話の神を木を削って表現するとは中々やるわね」
「ポーズの作りも面白いな。俺たちにはない発想じゃないか?」
「フロゥちゃんこんなに大きいの作れるなんてすごいねぇ」
……俺より目立ってね、こいつ。フロゥを見るとめちゃくちゃどや顔で俺を煽って来た。本当に何をしに来たんだこいつは。
「フロゥちゃん、このポーズは何か意味があるの?」
「これは私が未来にこうなるといいと思っているその状況を彫ってみた。中々いい格好だろう」
「神様が現れるといいってこと?」
「まあその辺はいずれな」
俺を抜きにして盛り上がるフロゥとサークルメンバー、その中にはうるし先輩も入っている。俺はちょっと蚊帳の外な感じでその様子を眺めている。
「あいつ、俺の味方じゃねえのかよ」
そんなボヤキと共に眺めているとふと、肩に手が置かれた。
「どうやらうるし君は君よりもフロゥ君に夢中らしいな」
「……代表、俺は別にうるし先輩を目当てという訳では」
「それはそうと君、この後暇かな?」
話聞いてくれない。それはそれとしてこの後? まあ暇だ。そもそも俺に予定などあるはずもない。
「この後サークルの懇親会があるのだがよければと思ってね」
懇親会、それは、何と言うか、うるし先輩と距離を縮めるチャンスがありそうな響きじゃないか?
「いいんですか? てっきり代表は俺のことを歓迎していないと思ってましたが」
「そうだな、歓迎していなかった」
そうなのか、やっぱりそうなのか。いやならなぜ俺を懇親会に誘う。
「た、だ。過去の話だ。君がうるし君を目当てにここに来たことを疑ってはいないが」
「少しは疑っても良いですよ」
「欠片も疑ってはいないが、その箱を作る時の君の表情も嘘ではないだろうからな」
俺の話は無視されたが、しかし代表は俺の目を見据えて手を差し出して来た。
「君が良ければこのサークルに入らないか?」
俺はその問いに対して、かなり悩んだはずだ。代表がその手を差し出してから随分と待たせたのだから。うるし先輩と同じサークルに入れるのは嬉しい、しかし他の面々と仲良くできるかどうか不安だ、それに俺は下手糞でその内愛想をつかれるかもしれない。色々な考えが頭の中を過っては消えて行く。悩んで悩んで悩んだ末に出した答え、でも実は最初から決まっていたのかもしれない。
「……代表、よろしくお願いします」
代表の手を強く握り締める。理由なんて簡単だ、うるし先輩への下心が他の不安や恐怖に打ち勝った、誰かに聞かれたらそう答えよう。
俺の視線は手の中にある木箱に注がれている。これは間違いなく俺が作ったんだ。そう思うと不思議と笑みが零れていた。




