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ヴァルキリースコアボードの10

 金曜日の三限にあるゲド先の講義。それが始まる前はうるし先輩と話が出来る貴重な時間だ。そして今日、俺はどうしても先輩に聞いてもらいたいこと、見てもらいたい物があった。それを思うと朝から楽しみで楽しみで……、先ほどはフロゥにテンションが変だと言われたりもしたが気にもならない。

 そしてうるし先輩がやって来るとすぐ、俺はスマホの画面を点ける。そこには見せたい写真が既に準備してあった。

「先輩、実は見て欲しい物があるんです」

「見て欲しい物?」」

 首を傾げる先輩にスマホを差し出す。後ろからフロゥの声が聞こえた気もしたが多分気のせいだ。ともかく俺はこの写真を先輩に見て欲しい、そして俺の話を聞いて欲しい。

「これは……、箱?」

「そうです。箱です」

 スマホに映っているのは木の板を釘で打ち付けて作り上げた箱だ。30センチぐらいの立方体の上が開いている。

「この前先輩がDIYのサークルに入ってるって聞いて、ちょっと興味が出て。ホームセンターで材料を買って作ったんです。まああんまりいい出来じゃないですけど」

 先ほどは見栄を張って立方体と言ったが、実際にはかなり形が崩れている。木の板同士が直角になっておらず隙間が多いので仮に砂でも入れたならそのまま下にさらさらと流れ出て行くだろう。

「これ、真白君が作ったの?」

「そうなんですよ。板と釘と金槌を買って適当に打ち付けただけなんですけどね」

 大きさが30センチぐらいなのも木の板のサイズがそうだったからだ。もしあれが50センチの長さしか無ければ50センチの箱だっただろう。

「とにかく作ってみたかっただけなんで今はただの置物なんですけどね。何を入れるか今考えてる所なんです」

 机の上で場所だけを取っているこれははっきり言えば現状邪魔だ。でも不思議とどける気にもならない魅力がある。フロゥはお気に召さないようでこの数日間視界から排除しようと躍起になっていたが。

「……真白君って、不器用さん?」

 ぐさっ、と刺さりそうなことを言われたが俺は平気だ。何せ言われ慣れているから。小さな頃から何度言われたか覚えていないのだ。だから気にしていない、全然気にしてない。

 ……そっか、やっぱりうるし先輩から見ても下手糞だよなあ。

「あーっと……。すみません、御目汚しをして」

 スマホの画面を切りポケットに収める。改めて思うと何でうるし先輩に見せようと思ったのだろう、自分でも不思議だ。出来が悪いのは分かり切っていたしそれを見せられて他人がどんな反応するかなんてわかっていたはずなのに。

 でもなあ、あれは俺が作ったんだよ。

「あ、違うの」

 そんな俺に対してうるし先輩が待った待ったと声を上げる。

「ごめんね、その、不器用なんだなとは思ったんだけど、別に馬鹿にしたかったわけじゃないの。私は寧ろね、真白君が私の話を聞いて自分で何か作って見てくれてとっても嬉しいの」

「嬉しいですか?」

「そう、嬉しい。だって真白君、とっても嬉しそうにさっきの写真見せてくれたでしょ? きっと作るのが楽しかったんだろうなって思って」

 先輩は柔らかな微笑みと共にそう言った。その言葉を聞きながら俺は木箱を作っている最中のことを思い返す。


 ホームセンターで買った木の板を抱えて帰ると俺は早速とばかりに材料を床に広げた。DIYとやらに付いて色々調べたのだが俺には正直さっぱり理解できなかった。それでも何か試しに作ってみようと考えとにかく箱っぽい物を作ろうと決めたのである。

 買ってきたのは横幅30センチ縦幅10センチの板と釘と金槌。ただの木箱だ、板を釘でくっ付ければどうにかなるだろうという浅はかな考えである。

「とりあえずやってみるか」

 木材同士を合わせてそこに釘を打つ。言葉にすれば簡単だが実際にやる方はそうでもない。

「これどうやって固定するんだ?」

 木材を合わせたのは良いがそこに釘を打とうとしても衝撃でずれてしまう。色々と考え片方を足で挟んでそこに手で上手く押さえながらもう一枚の木材を合わせる、そこに釘を打ち込むと。

 ガンッ。

「ギッ」

 釘を外して木材を叩き、その衝撃が木材を挟んでいた足を通じて襲い掛かる。思わずその場に倒れ込みそうになったが持っていた釘を落としていたのを思い出しなんとか踏み止まる。というか釘はどこに行った?

「ふむ、これは前途多難だな」

 その後も数々の苦難があった。どうにか釘を打ち込んだはいいが予定の場所から大きくずれ、釘を取ろうとして箱ごとぶちまけ、あまりに音が響くせいで周囲の部屋からは苦情代わりに壁や床が叩かれ、最後にはフロゥに邪魔だから外でやれと追い出される。そんな紆余曲折を経て完成した木箱、出来栄えはともかく完成させたことを褒めてあげよう。

 俺なんかでも形にすることが出来るんだなあ。

 そして現在。そんな風に作った箱を見て先輩が嬉しそうにしてくれた、それはとても嬉しい。俺は先輩のことが好きだから、そんな先輩が微笑みかけてくれるのが嬉しくないはずがない。

 ただこれを作って得たのは先輩の笑顔だけではないのは確かだ。

「ねえ、真白君明日は時間あるかな?」

「え、明日ですか?」

 唐突に予定を聞かれると困惑する。そもそもこんな風に誰かに予定を確認されるのもいつぶりだろう。ウッシーは俺が賭け事に興味無いのわかってるから本気で誘っては来ないもんなあ。

 それはそれとしてうるし先輩から予定を聞くということはつまり、デートのお誘いだ。フィクションの世界だと決まってそうだが俺の場合はどうだろう。

「えっと、何かあるんですか? 明日」

 素直に聞き返そう。変な勘違いをしてしまうと恥ずかしいし。

「えっとね、実は明日はサークルの集まりがあって……。真白君が良かったらだけど、見に来たらどうかな、って思って」

 デートではない、サークルへのお誘いだ。サークル、うるし先輩が所属しているところがどのぐらいの規模かはわからない。しかし間違いなく他の人がいる。俺はその人達の前であの木箱を作るのだろうか? それを想像すると心の奥底から恐怖が湧いて来る気がした。俺が写真を嬉々として先輩に見せたのは、内心先輩はこれを見ても馬鹿にしたりしないと思っていたからではないだろうか。うるし先輩は少し話をしただでもその内面の穏やかな優しさが感じ取れる。しかしサークルの全員が同じとは思えない。

 急に不確かな足場の上に立っている気分がしていた。

「その木箱も持って来てくれたら塗料も塗らせてもらえると思うよ。そのままだと表面がざらついてるでしょ? もっと見た目にツヤが出て良くなると思うな」

 先輩が善意で誘ってくれているのは分かる。うるし先輩は悪意みたいなものとは無縁の存在だ、少なくとも俺はそう思う。本来大喜びで受けるべきだと思うのだが、ポケットの中にあるスマホを見てどうしても二の足を踏んでしまう。

 俺だってわかるんだ、写真の木箱を見て誰が笑わずにいられるんだ?

「ぜひ行こう」

 躊躇い続ける俺の後ろから声がした。ずっと黙っていたフロゥが俺の肩に手を回す。

「真白はもっと人と関わるべきだと思ってたんです。明日は暇ですし先輩からそんな風に誘ってもらえるなら行かない手は無いですよ。ね!」

 フロゥがこちらに向けた表情は圧に満ちている。断ればどうなるかわかってるなと書いてあるのが見える。

「え、ええ、もちろん! いやあちょっと突然で面食らっちゃいましたけど、ぜひ行ってみたいです!」

「ほんと? よかったあ。それじゃあ連絡先を交換しよっか。また後で詳しい場所とかを教えるからね」

 図らずも先輩の連絡先を入手。フロゥも当然のように持っていたスマホで連絡先を交換している。ちょっと待て、俺はお前の連絡先どころかスマホを持っていたことも知らないぞ。

「いやぁ、嬉しいなぁ。うちのサークルはねぇ、あんまり人がいなくて代表も困ってるって言ってたの。真白君が興味を持ってくれて本当に嬉しいよ」

「あはは、お力になれるかはわかりませんけどね」

「ううん、力になんてならなくても良いんだよ。新しく始めた人に教えるのも楽しいんだよ? たくさん人がいると出来ることも増えて前よりも楽しくなる、そう思わない?」

 俺なんかとは違うポジティブな意見だ。素敵な笑顔が眩しくて直視するのも何だか辛くなってしまう。このまま不確かな足場を駆け抜けて先輩の輝く笑顔の元に辿り着くことができるのだろうか?


「また後で連絡するね」

 別れ際にそう言って手を振る先輩に俺は手を振り返して応える。後で連絡するね、か。俺のスマホには今や先輩の連絡先が入っている。今までは単なる便利アイテムか暇つぶしの道具に過ぎなかった物も今や貴金属の類よりも遥かに価値のある物体だ。無意味にスマホをさすっては頬が緩んでいるのが自分でもわかる。

「まさかお前の作ったあれが功を奏するとはな」

 俺が浸っているとフロゥが皮肉っぽく声を上げた。

「あんな下手糞な木箱も結果的には作って良かったじゃないか。私はもう少し綺麗に作れるようになってから話を持ち掛けるのだと思っていた」

「……もう少し綺麗にねえ」

 言われて見れば一理ある話だと思った。あんな下手糞な物を見せるよりはある程度綺麗に作ったのを見せてサークルに入って役に立てますよ、なんてアピールをした方がもっと効果的だったかもしれない。

「比良坂うるしは初心者に教えるのも楽しいなんて言ってたな。おそらく駄目な奴を見て母性が湧くタイプなのだろう。いわゆるダメンズ好きというやつだな」

「お前にダメンズ扱いされるのはもう慣れたよ」

 こいつは一々俺を貶さなければ話ができないのか。いや、俺だってそれだけの理由があるのは理解しているつもりだが。

 ……しかし、一つ気になることを言ったな。

「お前は俺がもう少し綺麗に作れるようになると思ってたのか?」

 フロゥは俺の問いに対して怪訝な顔を見せた。こいつのこんな表情は珍しい気がする。少なくとも俺はあまり見た覚えがない。そんなに俺は変な事を言ったのか?

「……そうだな。確かに言われて見れば金銭的に厳しいか。あの材料はいくらぐらいだった?」

「えっと3000円ちょっとぐらいだったかな」

「成程、仕送りに頼る真白が何度も買えるものじゃなかったか」

 納得したようにフロゥは頷いているが俺が想定していた返答とは違う。今度は俺の方が怪訝な顔をしていると思う。

 そんな俺をフロゥがじっと見つめた。そして次の瞬間、ガッ、と頬を鷲掴みにされる。

「いいか、お前が思っているほどお前を馬鹿にしている奴は少ないんだ」

「……しょれ、お前が言うおあ?」

 フロゥ、お前以上に俺のことを貶してくるやつを俺は知らないぞ。


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