ヴァルキリースコアボードの1
『いけー』バヨヨン。
ゲーム音声が鳴る暗い部屋の中で人を駄目にしてくれそうなクッションを背に寝転んでいるのが俺だ。せめてこのゲームを自分でやってるなら楽しそうと思えるけど俺はスマホの画面を眺めているだけ。そのスマホの中では最新のゲームをプレイしているVTuberの映像が流れている。
ザアアァアァ。『おー、これすっごいね。めっちゃ綺麗じゃない? この川すごいよ』
じゃあこのVtuberが好きなのかと言われると別にそうでもないし、実はVtuberが何なのかよくわかっていない。単に動画を流してたらどんどん次の動画にってなって今はここにいるだけ。今日は休講で休みだというのに何もやる気が出ない。
「あー、何もやる気でねー」
声出してみたけど単にさっき考えてたことそのままじゃねえか。ゲームでもしたいけどなんか起動するの面倒だし、別にいいかって感じになってるのが俺だ。
「なんか面白い事ねーかな」
友達でも誘ってどっか行くか、なんて考えてみるがあいつ誘っても奢らされるしなあ、と二の足を踏んでしまう。うん、嘘だ。出掛けるのが面倒で動きたくないだけだ。ここのところずっとそうだ、何もやる気が出なくてただずっと何もせずだらだらしている。
大きく息を吐いてスマホを投げ出した。動画を見ているのも何か疲れる気がして。開けた視界の先は何も無い天井……。
何かある。
「天井から、足?」
言葉通り、天井から足がこう、部屋の方に突き出てる。一見すると心霊現象だ、いや何度見ても心霊現象だ。だってこの部屋にそんなものあるはずないというか、そもそもさっきまでそんなものは影も形も無かった。天井にいるのは精々どっかから入って来た変な蛾とかそのぐらいのはずだろ。
しかし何度目を逸らしてもその足は消えてくれない。
「えぇえぇぇぇ……。幽霊って」
非常に残念ながら俺には寺生まれの住職見習いも教会で育った神父も友達にいない。当然巫女やシスターもいない。幽霊なんて手に余り過ぎるというか、呪われるとか嫌に決まってる。
「事故物件なんて聞いてないはずなんだけどなあ」
大家さんに頼んで家賃を安くしてもらえないか交渉してみるか。いやでも別に親しくも無いし、大家さんには見えないとかだったらどうするんだ? そもそも信じてもらえるのかこれ。どうせ家賃は仕送りで払える範囲だしいいか。
一通りの現実逃避が終わったのでそろそろ幽霊と向き合うことにする。
「……うわあ、マジでどうすんだよあれ」
改めて観察すると幽霊の足にはなんか西洋の鎧っぽい感じのあれになっている。つまりこの幽霊はなんかあっちの方で戦死した人ってことになるわけだ。ようこそ日本へ。
「話し合いで解決できそうにねえな」
ヨーロッパ語なんて話せねえよ。ん、ヨーロッパってフランス語か? いやドイツ語もあったっけ。まあどうせ日本語しか離せないから関係ないか。
「……さ、触れるのか?」
おっかなびっくり、俺はちょっとずつ足の方へ近付いていく。足は天井の端の方にあって、丁度俺が部屋のごみ置き場にしていた辺りだ。邪魔なゴミ袋を幾つかどけるとその辺にあった埃の積もった椅子を足場として置く。この椅子ずっと物置になってたけどとうとうちゃんとした役目ができたな。いや椅子の上に立つのはちゃんとしてないか。
「……よし、触るぞ」
椅子の上に立った俺は気合を入れていざ足に手を伸ばす。そして俺の手は金属っぽい冷たい触感を。
「うわっ触れた!」
ガタッ。
「あ」
驚きの余りにバランスを崩して椅子が倒れる。しかも後ろに倒れたせいで受け身も取れそうにない。これって大丈夫なのか? 死にやしないよな? 何かを掴もうと伸ばされた手も当然何も無い空を切り、近付く床に背筋が凍る。もう駄目だ!
ぱしっ。
そして床に頭がぶつかる寸前で停止した。俺の手が何かに掴まれている。恐怖から閉じていた目を開くと、そこにはファンタジーにでも出て来そうな鎧を着た女の姿があった。
「今お前に死なれると困る」
そう、これはまるでファンタジーの冒頭だ。異世界からやって来た美女が選ばれし勇者と対面するシーン。俺は柄にもなくワクワクして心臓が跳ねるような気がした。俺だって何度そんな妄想をしたかわからない。これからの展開に期待を込めごくりと生唾を飲み。
「今のお前が死んだら私の休暇が無くなるだろうが!」
現実の厳しさに打ち震えることになる。