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飛べない鳥  作者: アズ
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鳥籠

 若林家は代々医者の家系で男は決まって医者になっていた。例えば曽祖父は外科医で、祖父は若林内科の院長、その息子にあたる父は祖父の跡継ぎとなり現院長となった。だから当然、長男として生まれた自分は周囲からの期待を受けた。周りとは違う庭のある大きな家で個室を与えられ、お受験の為に家庭教師を招き、自分はそこで勉強漬けの毎日を幼少期から受けた。だから友達が外で自由に遊んでいるのを見かけると少し羨ましく思った。自分は部屋という鳥籠の中で大人達が必死に小鳥に言葉を教え覚えさせるみたいに、自分は言葉を覚えて発する小鳥のように必死にそれに応えようとした。

 でも、上手くはいかなかった。全ての小鳥が言葉を喋れるようになるわけではないように、自分はその部類へと弾き出されてしまった。

 そのうち弟が生まれると、周囲の期待はその弟に向けられるようになった。徐々に自分の期待が外れていくと、なんだか重荷から解放されたみたいに身が軽くなった気分になった。でも、それは同時に周囲から自分が見放されたことを意味していて、それに傷つく自分もいた。特に母親からも冷たくなって弟との温度差を感じるようになると、自分の家なのに、まるで居場所を弟に奪われたような感じに襲われ、少し怖い感じがした。

 それまでは勉強ばかりで友達もろくにつくらなかったものだから、自分には家族しかいなかった。それを失えば、自分は本当に孤立してしまうのではないかという危機感があった。こうしてはいられない。そう思い立った自分は更に勉強に費やした。

 それでも大学受験で第一志望を落とすと、私は完全に家にいてもいないものとして扱われるようになっていた。それは家にいても自分の分のご飯がなかったり、湯船の詮が抜かれ湯が捨てられた風呂とかもしょっちゅうであった。

 そして遂には親から家を出るように言われ始めると、この家に自分の居場所はないんだと実感するハメになる。

 対して弟は自分と違い結果を残し、着実に親の期待に応え医者への道を歩んでいた。

 どうして同じ兄弟なのに、自分はこんなにも出来ないのか。それは次第に自分への落胆と自信の喪失へと繋がった。

 何をしても上手くいかない。

 そう思うようになると、徐々に周囲や自分自身に苛立つようになり、アルバイトの接客も態度が悪いとクビにされてはバイトを点々とするダメ人間に急降下していった。

 その時から自覚していた。

 医者の家に生まれたからその息子も医者になるという連続性が絶対なものでないように、自分みたいな人間がいるから世の中は上手くバランスを取っているのだと。ちゃんと実力や努力があって医者になったのだと堂々と言える為に自分みたいなはみ出し者が時に生まれることが必要なんだと。

 結局、自分は医者になろうとしてもなることは出来なかった。そもそも自分は本当に医者になりたかったのだろうか? 正直に告白するとそれは凄く曖昧で親にずっと医者になるように言われ続けただけのどうしようもない理由だった。そう自分で振り返ってみると、やはり自分は医者に向いていなかったんだと自覚したのだった。




◇◆◇◆◇




 数年後、自分は◯◯会社の営業部にいた。そこを選んだ理由は特になかった。なんとなくだった。そんないい加減な理由なのも、よくよく考えたら自分が何になりたいのか、何をしたいのか深く考えたことがなかったからだ。それまでは親に言われるがままに医者を当たり前のように目指していた。だから、自分について、将来について考えたこともなかった。その時点で他の皆と遅れていた。皆は普通小学校の時に将来の夢を発表しただろう。最近の子はYouTuberという子もいるようだが、学校の先生やサッカー選手とか色んな夢を皆将来について考えた筈だ。だが、自分は自分が考え選んだものではなく言われるままに医者と書き、周囲もそうだろうなという当たり前の反応を示した。ただ一人だけ、同級生にいた女子だけは本当に? という顔をしていたのを覚えている。実はその子というのは高校まで一緒で、大学の第一志望まで同じだった。だが、大学入試で落ちて、今は何をしているのか分からない。後々分かったことだが、その子が受けた大学で不正が発覚し、意図的に女子という理由だけで不合格にし男は下駄を履かせ合格させていたのだ。それでも落ちた自分は……と思ってしまうが、あの子も本当は合格していたんじゃないだろうかと、実はニュースを観て知った後、少しだけ気になっていた。

 あの時は酷い話しだと思った。医者になる為に必死に努力してきたことが大学の大人達の無下な行為によって無駄にされてしまったのだから相当悔しい筈だし、未だにこの日本で性差別、性別的役割を気にする愚かな知識人がいたとは、あまりの衝撃だった。

 今更合格ですと言われても、性差別を当たり前のようにしてきた大学に、はい、行きます、とは簡単にはならない複雑な感情があった筈だ。本来なら合否で合格発表を受けて喜ぶあの青春の機会すら奪われたのだから罪は重いだろう。それでも大学のお偉いが何らかの罪で裁かれたわけではない。

 この国の人口流出増加はそんな社会から見放された終わった国なのかもしれない。

 円安や賃金の安さなど、どれを見ても明るい兆しは見えてこないし、選挙戦に立候補する見慣れた顔ぶれを見ても、パッとしないあたり、この国も政治もパッとしないんだろう。

 だが、そう思えば思う程それは自分にもブーメランのように返ってくる。それじゃ自分はどうなんだ、と。期待され金をかけたにも関わらず期待に応えられず医者にもなれず、入った会社もその中での成績は中の下だ。上場企業に入ってそこそこ良い給料を貰っているだけのパッとしない社員ではないか。それに加え家を追い出されワンルームの賃貸に住んでいる独身。彼女歴ゼロ、兆しゼロ男だ。それでいて何か努力をしたわけでもない。それすら面倒に思っている駄目な男だった。

 それでも出世の願望だけはちゃっかり持っていた。それは同僚には話してはいない。したらしたで関係が崩れそうだからだ。ライバル意識を持たれるより、素振りを見せず忍ばせ油断させておきたい。そんな嫌な男でもあった。

 だが、今のところ出世は遠い。対して弟は自分が落ちた大学に合格していた。やはり医者を目指してのことだ。ただ、弟は実のところどう思っているのだろうか。自分が家を追い出されてから弟とは話しをしたことがなかった。なにせ自分は新年の挨拶に実家に一度も顔を出したことがなかったからだ。そもそも親から挨拶に来なくていいと言われてしまったら帰る気もしないだろう。というわけで、自分は弟の本音というものを知らない。弟も言われるままに医者を目指しているのか、自分の意志なのか、きっと親はそれすら知らないのだろう。

 別に弟には弟の人生があって当然だろうに。赤ん坊が産まれる時に助産師が「お母さん、医者が生まれましたよ」とは言わんだろう。それとも一瞥しただけでこの子は医者だと言うのか? 否。生まれた段階ではその子どもがどういう大人になるかなんて分かる筈がない。それが当たり前だろう。

 だから、弟が入学して約半年経った頃に弟と連絡が取れなくなったと聞いた時は、まぁそうだろうな、とどこか納得する自分がいた。




 ようは遅い反抗期みたいなもんだと楽観視したのはそれまで弟は親の言う事にはなんでも素直に従っていたからだ。だから、反抗期がきたと自分はそう解釈したのだ。そもそもその前から珍しく弟から大学に専念する為に学生寮に入りたいと自ら言ってきたのは珍しいと思ったが、多分そこからが始まりなのだろう。家からようやく離れたことできっとそれまでの親からの拘束がなくなって自由を知ったのかもしれない。その反動でようやく弟にも遅い反抗期が訪れたんだろうと、自分はそのくらいにしか思わなかった。

 だが、実際はかなり深刻だった。

 珍しく母親が何度も自分の携帯に着信履歴が残っていて、折り返したら母親の焦る感情が電話の向こうから声として伝わってきた。

 どうやら弟は寮にもいなくて数日一度も戻ってきていなく、その間大学も無断欠席を続け心配した弟の友人から実家へと連絡が来たんだと。確かに羽目を外すにも無断欠席を数日続いてるのは意外だった。

 流石に気になったので自分から弟に連絡してみるが、留守電になってしまい連絡が取れなかった。

 友達とも一緒でないとなると、あいつはいったいどこで何をしているんだろう…… 。

 自分は窓の外を見た。激しい雨が風に吹かれ横殴りの雨が窓を打ち付けていた。

 暑い時期、台風がやってきて祭りの開催が中止したり交通機関では遅れや運休が起きているなど支障が出ていた。

 この時期だから仕方がないけど、その台風の外に弟がいなければいいなと、少し心配した。




◇◆◇◆◇




 それから…… 台風が過ぎ去って、夏も過ぎて、日が短くなり、やがて冷たい風が吹くようになり、半袖では肌寒いそんな時期に気づけばなった夕闇の空を室内の窓から眺めながら自分はスマホで実家と電話をしていた。弟が行方不明になってからもう既に秋。未だ行方が分からず警察に捜索願いを出して情報提供を呼び掛けているにも関わらず、弟の行き先は不明のままだった。携帯のGPSで位置情報をと思ったが、その弟の携帯はどうもGPSがオフになっているようで、居場所や行動履歴が追えないでいた。警察は事故と事件の両方を視野に捜索してもらっているが、弟が何かトラブルにあっていたという話しは今のところないとのことらしい。かといって弟は車を持っていないペーパードライバーだ。念の為に近くのレンタカーを調べてもレンタルした履歴はなかった。となると遠くへはそんなに行っていない筈なのに、中々見つからないことに両親は警察に対してかなり不満を抱いていた。そして遂に最近では両親は探偵を雇うようになった。

 不安があるのは自分も同じだ。このまま弟が見つからないのではないかという恐怖が月日が経過するごとに増していく。

 その際、特に感情的になりやすかったのは母親だった。母親は家族にまで八つ当たりをするようになり、最初に父に対して少し遠くても実家から通わせるように言うべきだったと言い出したかと思えば、自分にまで飛び火するかたちで、どうして行方不明の弟を探さないでよく仕事が出来るわね! あなたの職場は家族が行方不明になっても休みもくれないわけ!? とヒステリックを起こした。それも頻度が徐々に増している。よく、弟から、家から自分を突き放した当事者が言えたものだと思ったが、そこは言い返さずぐっと堪えた。

 とはいえ、いくら弟が行方不明になったからといってそれを理由に実家に閉じ込めるのが正しいだなんて随分な過保護だと思った。それが弟には窮屈だとは思わないのか? 弟が何故実家からでなく寮生活をそもそも選んだのか、交通費なら家が出しただろう。問題はそこではないからだろう。弟は家を出たかったんじゃないのか。そうさせたのは元はといえば両親ではないのか。

 そもそも自分は母親なんて嫌いだった。実家に弟の為と呼び戻した張本人が実際実家に戻ってくるなり、最初は自分を害虫を見るような見開いた目で驚いて一瞬間があいてから冷静になって呼んだのを思い出していたのを今でも忘れはしない。

「あなたはね、知らなかったかもしれないけど、あなたが医者になれなかったのは母親の責任だってかなり責められたんだからね」

 若林家もその親戚も近所もどいつも母親の役割というステレオタイプがいつまでもあって、その責任で責められているということは実は知っていた。

「あんた自分の弟に嫉妬してるんじゃないの? だから別に心配なんて実はしていないんじゃない?」

「そんなことない。心配しているに決まってる」

「なら、何故仕事を休まず働いてるわけ?」

「最初の頃は休んだよ。だけど、ずっと休んでるわけにもいかないでしょ」

「あら、いいじゃない。仕事と弟、どっちが大事なの?」

 そんな無茶な。でも、その無茶や理不尽なことを言ってしまうのが母親だった。

「あなたが医者にさえなってくれれば……」

 母親はテーブルの上に膝をつけて祈るようにして手を組み小声でそう呟いた。

 自分の母親がこういうものだと諦めがついたのはかなり早い時だった。母親は自分を見ていない。いつも周りの評価や責任で子どものことを考えているとはいえなかった。きっとこいつは親不孝だくらいにしか思っていないだろう。

 だから自分も母親に対して何も言わないし言うつもりもなかった。

 その点、父親は母親よりは多少マシだった。多分父親も心のどこかでは医者じゃない道を考えたことがあったのではないのか? だから医者じゃない道を自分が最終的にとった時、父は責めたりはしなかったし、それで母を責めたりはしなかった。問題は姑の方だった。裏ではかなり言われていたようで、それは後から知った。

 この家の家族というものは歪んでいて、皆が幸せに暮らそうといった雰囲気はない。どこかプレッシャーがあったり、世間体の目や家としてなど(今となってはどうでもいいこと)を抱えている。まさに理想な家族のあり方からは外れている家だ。

 弟はそれに耐えかねて逃げ出したのかとも思ったが、そうでないとしたらいったい弟はなんでいなくなってしまったのか。さっぱり分からなかった。そもそも、弟は家から一時的であれ自由になったのなら、いなくなる必要もないのではないだろうか。そう考えるといなくなったのは自分の意志ではなく、何かに巻き込まれたからではないのか。

 考えれば考える程に不安が海底に沈むかのように深まっていく。

 多分自分はどこかで希望を持ちたいが為に弟は逃げ出したと思いたかった。でも、時間が経つにつれ、脳裏から考えないようにしていた筈の別のパターンが浮び上がってくる。そして、それが自分を苦しめ始める。

 考えない方がきっといい。そう思っても、そうコントロール出来ない。

 嫌なことばかり連想しては、息が詰まる。

 だが、顔写真のポスターや街頭での配布や呼び掛けや弟の友人にも協力してもらったり、やれることはずっとやってきた筈だ。それでも出来ることは本当に全てやりきっているのか不安になる。インターネットでずっと調べて目が乾燥し頭痛や目眩がする時まで長時間弟の情報を探しまくった。正直、母は自分を仕事を優先していると責めるが、仕事なんて集中出来ていなかった。それどころか業績も下降していた。周囲はかなり気を遣ってもらっているが、このままではいけないと警告ランプという自覚が私の精神を圧迫させている。





 正直、弟が好きかと言われたらそうでもないと答える。そこまで考えたことはなかった。なのに、いざいなくなられると、家族だからというだけでは説明がつかない言語化出来ない感情が何故か私を悲しませ、辛くさせた。本当に人間ってのは都合のいい生き物だ。本当に自分が嫌になる。

 母親の言っていた嫉妬は自分の中にある意識高い系ではくだらないものだと吐き捨てながらも、嫉妬を弟に抱いていたのは本当だった。自分にはない能力があって、それが家では役に立つ。自分はその中に入っていけない孤立感、孤独感があった。何故、自分はその中に入っていけないのか、その答えは自覚しておきながらも、どうすることも出来ないもどかしさがずっと残っていた。

 だから、せめて家の外では活躍したいと、褒められたいと、そんな感情が自分に出世欲をもたらしたのだろう。本当にくだらなかった。会社の為にとか貢献とか何かを成し遂げたいとか、そんな御立派な目標なんて本当は皆無だった。





 いなくなるべきは本当は弟ではなく自分だったのではないか。そう思うと、気づいた時には実家を飛び出していた。




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