村での待遇
すると、純が口を開く。
「俺たちは、山の方で修業をしていたんだ。そこは神聖な力で隠されていて、今まで天使の侵攻には見舞われなかった。最近ようやく修業が終わって降りてきたから、まだここの事情に明るくない。もしよかったら、今何が起きているのか教えてもらえないだろうか」
まさかの嘘。現実離れした話を、口ごもることなく、すらすらと紡いでいく。
一点の曇りもなく平然と嘘をつく純を見て恐ろしくなるが、このまま黙っているわけにもいかなかったので、助かった。
「なんだそりゃ?そんなわけないだろう・・・。だが、あの強さは普通に生きていて得られるわけがないか」
「山籠もりかい?そりゃあ強いわけだね」
あまりに自信満々にそういうものだから、最初は半信半疑だった人々も信じつつあった。
何より、天使に対抗できる人間がいるという事実自体が信じがたいことだったのだろう。
恐るべし、純。
「とはいっても、教えられることはほとんどないよ。ここは京からも遠いからね。腕っぷしもかなりのものだし、京都の方へ行けば、何か役職をもらえるかもわからんよ」
なるほど、いまの都は京都なのか。東京なのに政治の中心でないことに困惑するが、同じ地名で別の場所だ、と考えて割り切ってしまうしかないのだろう。
純が住民から情報を聞いている最中にふと、像に祈りを捧げる女性が目に入る。
よく見ると着物に、森であった男の背負っていた籠の紋と同じ刺繍がされていることに気付く。
もしかしたら、あの女性がおじさんの妻かもしれない。森で待っていることを伝えなければ・・・!
「すみません」
「あら、救世主様、今回は本当にありがとうございました」
仰々しい呼び名に、恥ずかしくなる。
「豪っていいます。あの、森で同じ家紋のついた籠を持った男性と会ったのですが」
「本当ですか!?おそらく夫です」
「やっぱりそうですよね、今は森で待ってもらっています。今呼びに戻ります」
すると、ちょうど男が、息を切らせながら村へと戻ってくるのが見えた。
森で待っていてほしいと伝えたが、やはり村が心配だったのだろう。
こちらへ気付くと、手を振りながら、向かってくる。
「おお、先ほどの・・・!村は大丈夫だったのかい?」
「大丈夫なわけないでしょう、天使が襲撃してきていたのですよ!この方々が追い返してくれたからよかったものの・・・」
「やはりそうだったのか・・・ほかの村人は?」
「けが人はいますが、命に別状はないようです。天使もひとまずは撃退しました。数体は逃してしまったので、まだ油断はできませんが」
「いえ、それでも十分です。わが村をありがとうございました。立ち話もなんですし、わが家へどうぞ」
深々と頭を下げられたのち、家へと案内される。
純の様子も気になったが、先ほどの嘘を思い出す。あれならひとりでも全然やっていけるだろう。
そう判断し、先ほどの像の近くにある大きな家へと入る。
話を聞くと、どうやらこの夫妻はこの村の方針決定や相談事を受ける役割、いわば村長のようなものだそうだ。
「まさか本当に天使に対抗できる人がいるとは・・・」
「山籠もりで修業をしていた方々なんですって」
そういえばそうだった。
先ほどの嘘が広まっていく。
ばれないだろうか。冷や汗をかきながら、男の言葉を待つ。
「なるほど・・・そうですね。きっと、そうなのでしょう。修行がちょうど終わり、あの森で会えたのが本当に幸運でした」
話を聞いた瞬間はいぶかしげな表情を浮かべていた男だったが、何かを察したのだろう、追及はしてこなかった。
こちらの意を汲んでか、話をそらすように会話を続けてくれる。
「村を救ってくださったお礼をぜひしたいのですが、この村には渡せるようなものが何もないのです。せめて食べ物をいくつかお渡しできればと思うのですが」
「いえ、あまり気にしないでください、食べ物だってたくさんあるわけではないでしょうし」
「そうは言いますが・・・そうだ、ではもしよろしければ、服をお渡しさせてください。その服装では非常に目立ってしまうでしょうから」
確かに・・・住民もやはり全員和服だった。目立たないためには、こちらも和服に着替えた方がいいだろう。ここは厚意に感謝し、服を見繕ってもらおう。
「すみません、ありがとうございます、それでしたらお願いしたいです」
「それでは村の者に手配します、わが村の救世主様はゆっくりなさってください」
「その呼び方はやめてください・・・」
「はっはっは、照れずとも、きっと村のみんなそう思っておりますよ」
気恥ずかしさを覚えながらも、村の人たちを守れたことがうれしくて、頬が緩む。
しかし、その平和も再び訪れた脅威によって切り裂かれる。
「月影!天使の残党がこっちに接近している!村の人たちを一か所へ避難させる。準備をして手伝ってくれ!」