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第一村人

 「すみません、ここはどこでしょうか?」

 「ああ、この森は大きいからね、迷ってしまったのか。安心しなさい、町まで案内してあげよう」


 この天使がいる世界が何なのかと聞こうと思っていたのだが・・・。

 確かに、深い森の中でここはどこか、と聞けば、遭難者だと思われるのは当然か。

 改めて言葉を変えて質問をする。


 「遭難しているわけではなくて、地名とかを聞きたかったのですが・・・」

 「そうなのかい?ここはそうだね・・・東京だね、一応」


 東京。

 知っている地名が出てきて安堵する一方で、おおよそ自分の知っている東京とは似ても似つかない、整理されていない森林や農村があることに困惑する。


 「一応、というのは」

 「君たちも知っているだろう。もう何百年も、天使からの侵攻を受けて続けていて、土地や暦もぐちゃぐちゃな状態だからね。自分が今どの土地にいて、今がいつなのかなんて、ほとんど残っていないから、わからないんだよ。今を生きるので精いっぱいさ」


 何百年も天使に襲われている・・・。そんな歴史は自分の知っている日本にはない。頭の中がクエスチョンマークであふれ、純の方を見る。どうやら純も全く現状を理解できていないようで、困惑した表情を浮かべていた。

 だめだ、現実離れした状況過ぎて、整理ができない。

 この角度から質問するのは、かえって混乱するだけかもしれない。

 今度は、別の観点から気になっていることについて質問を続ける。


 「なるほど・・・。天使というのは、あの背中に羽を生やした存在ですか?」

 「そうだよ、とはいっても実際に見たことはないけどね、祖母から聞いた話だとそうだ」


 やはりあれは天使なのか。だが天使なら、なぜ人間を攻撃してくるのだろうか。

 少なくとも自分が知っている天使は、福音をもたらしてくれる存在だ。人を襲うような存在という認識ではない。


 「なぜ天使は襲ってくるのでしょうか?」

 「そんなのはわからんよ。相手は上位の存在。理由なんか理解できるわけないだろう?こっちはただ、いつ襲われてもいいよう、準備と覚悟を決めて日々を生きるだけだ」


 常に隣にある恐怖に、抗いながら生きてきたのだろう。そう語る彼の顔には年齢以上の心労がうかがえた。


 「そうだ、お前さん方、野菜はいるかい?この先の町に知り合いが住んでいてな。届けに行こうとしていたんだが、少しならおすそ分けできるぞ」


 そう聞き、さっきの惨状を思い出して心が苦しくなる。

 もう、あの村は・・・

 なんと言葉を続ければいいかわからなくなって、口をつぐんでしまう。


 「・・・この先にある村は、天使に襲われ、壊滅状態だ。あなたの知り合いも生きているかどうか、わからない」


 言葉に迷っている間に純がそう言い放つ。


 「純!」

 「!・・・そうか」


 そう一言いうと、男は籠を持つ手を強く握りしめる。

 悔しさとも悲しさとも、怒りとも言い切れない、苦悩した表情を浮かべる男性。


 「・・・覚悟はしていた。こんな時代だ。いつ襲われるかなんてわからないからな、だが・・・。いやとにかくあんたたちが無事でよかった」

 「おじさん・・・」


 親交のあった人たちを失い、つらいはずなのに、こっちの心配をしてくれる男の姿があまりにも悲痛で、豪は目を背ける。

 その時、背を向けていた方角から、悲鳴のような声が聞こえた。

 ハッとして振り返る。

 思えば、あの村へ襲来していた天使が本当にあれだけだったのかは定かではない。近くの村へ行っていても何ら不思議ではない。


 「!まさか」

 「待って、おじさん!」


 駆けだそうとする男の腕を握り、必死に止める。


 「まだあっちの村に家内がいるんだ!」

 「わかってる!でも行っても殺されるだけだ!」


 他の家族まで失うかもしれない。

 そんな状況で正気保つなんてできないことは豪もわかっていたが、それでもみすみす死にに行くような行為を止めないわけにはいかなかった。


 「純も止めるのを手伝ってくれ!」


 声の方向をじっと見ていた純に、手を貸すよう頼む。

 しかし、押し黙ったまま何かを考えているような素振りの純は、なかなか動こうとしない。

 やがて、怒っているようにも見える表情で、ぽつりとつぶやく。


 「・・・あなたはそこで待っているんだ。俺たちが様子を見てくる」


 わずかに聞き取れた思いもよらない言葉に、男は動きを止める。

 そしてすぐに、突拍子もないことを言い出した純へ、声を荒げる。


 「何を言ってる!あんたら町の惨状を見たんだろう。そんなことまかせられるわけがない。相手は天使かもしれないんだぞ!」

 「いや、例え天使だろうが、俺たちならどうにかできる」


 言い終わるのとどっちが早いか、純は剣と盾を携えていた。


 「行こう月影。今、村を守れるのは俺たちだけだ。天使を憎む気持ちや怒り、守りたいという想いがあれば、また武器を出せるはずだ」


 そういわれ、先ほど何度も命を救ってくれた手甲を思い出す。それと同時に悪魔の力であることも思い出し、葛藤する。

 本当にむやみに使ってしまっていいのか。それにさっきは勝てたが、次はそう簡単にいくとも限らない。


 だが、それ以上に今は、目の前の人を、おじさんを救いたい。

 遠くの友人をこんなにも想って、重い野菜を背負って届けようとする人を守らなかったら、一生後悔することになる。

 決意を改め、あの時の感覚を思い出す。初めて天使と対峙したあの時を。


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