水穹
聞いていた効果と全く違う状況に、焦りだす咲也。
「え、ちょ、どういうことですか!?水を放出する符なんじゃなかったんですか?大丈夫ですか玄花さん!」
「ワタシにもわからない・・・。でも、これ・・・」
玄花を包み込んだ水は、やがて玄花の中へと吸い込まれていく。
「これ・・・癒力?」
「え?」
「元気が出てきたよ・・・!ありがとう、咲也くん!おかげで、まだ全然耐えられそう!」
話が全く見えてこない。
水を前方へ放出する符に力を込めたら、味方を包み込む水が出て、それが回復の力を持っている?
整理してもわからないことだらけだ。
だが、状況は好転している。気を操る感覚もわかった。
符の効果が変わったのはもしかしたら、心のどこかで、玄花さんのことを助けたいと願っていたからなのだろうか。
なら、今度は鳥を倒し、町を守りたいという思いを込める。
玄花さんから符をもう一枚もらい、今度は片手で試してみる。
同じように、体内を巡る水分を手へ、そして符へ。
力を込め、放出した気は、今度は思った通り水流となって、鳥を襲う。
スピードが遅くて簡単に避けられてはしまったが、使い方は完全に理解できた。
あとは、この感覚を矢へ生かす。
だが、慣れないことを二度も行ったせいだろうか。目の前がちかちかして、平衡感覚が少しおかしく感じる。
「玄花さん・・・」
「咲也くん?大丈夫!?」
「わからないです、なんだかふらふらして・・・」
「気の使い過ぎかも・・・まずい。初めてなのに無茶させすぎてしまったんだ、ごめんね」
使う気力には限界があるのか・・・。
くそ、こんなところで倒れてたまるか・・・。
守るんだ、町を!玄花さんが、花実さんが大好きなこの町を!
「大丈夫です。感覚は完璧につかめました。おそらく弓でもできると思います、ただ、体力的にあと一回が限界かもしれないです」
「わかった、よく頑張ったね。あとはワタシが何とかする。必ず隙を作るから、合図をするまでは、よけることだけ考えて!」
そういい、盾を解除すると、ものすごい速さで加速する玄花。
「ワタシもここで全部を出し尽くす!回復してもらった分までね!」
飛んでくる羽根も、暴風もすべてかわし、敵へ急接近する。
「玄武水符! 真・六甲水爪!」
四神の名を冠した符を発動させると、先ほどまでの手甲爪と比べると大きさも、鋭さも一段階上がった装備へと変化する。
それと同時に、付近の建物を使い、相手の周りを猛スピードで飛び回る。
「消耗はすごいけど・・・でも、ついてこれないでしょ?」
それまでのスピードをはるかに凌駕する速度で動く玄花に、相手は追いつけていない。
あまりの速度に、敵の姿を見失った鳥の背後で滞空した玄花は技の準備をする。
「水技 空水槽!」
両手の爪の間で、大きな水の塊を生成した玄花は、そのままそれを鳥へと投げつける。
虚を突かれた鳥は避けきれず、放たれた水の中に包み込まれる。
玄花の気力と表面張力で丸くなった水の塊が宙に浮く。
水中で思い通りに動けない鳥は懸命に体を動かすが、それでも、大きすぎる水の塊の中から抜け出すことはできない。
「今だよ!!!」
合図をもらい、先ほど気を操ったことを思い出し、もらっていた最後の符を媒体として、水の矢を作り出す。
そして、それを弦へ番える。
目標をまっすぐ見つめ、強く、強く弦を引き絞る。
極限まで集中していた咲也には、弓を受け取ったあの時のように、周りの時が止まっているように感じられた。
深呼吸をする。
そして狙いを定め、矢を射る。
「はああああ!!!」
光のようにまっすぐ標的へ突き進んだ水気の矢は、途中で水龍の姿へと変化し、鳥に牙をたてる。
玄花さんの作り出した水中空間も龍を後押しし、威力を高める。
巨大な龍に食らいつかれた鳥は、形容しがたい鳴き声とともに、全身を震わせながら、地へと墜落する。
大きな音を響かせ地へと堕ちた怪鳥は、もがき苦しみながら、やがてピクリとも動かなくなった。
ふっと緊張の糸が切れ、息をつく。
玄花さんも限界だったのだろう、武装も完全に溶けた状態で、こちらへと歩いてくる。
「やったね・・・倒したね、咲也くん」
玄花から話しかけられるが、かくいう咲也にも、もう立っている気力もない。
膝から崩れ落ち、ひざまずいてしまう。
駆け寄ってくる玄花さんに心配されるが、言葉を発せられる余裕も、もう残ってはいなかった。
しかし、町を守った充実感と、期待に応えられたという安心感から、その表情は安らかだ。
その時、遠くから玄花さんの名前を呼ぶ声がした。