火の陰陽頭
「いやあ、間に合ってよかった!継承者殿がやられちまったら、陰陽頭の顔も丸つぶれだからな!それにしてもうちの門番が悪かったな。だが、町の中の住民を守るのも門番の仕事なんだ、許してやってくれ」
天使をすべて退けたのち、オレたちは町の中へ入れてもらった。
蓮の足のケガも見てもらえるらしく、今は薫と一緒に病院で保護してもらい、オレたちはさっきの男に道案内を受け、歩きながら話を聞いているところだった。
どうやらあの天使たちはこの村にとっても悩みの種だったらしく、頻繁に襲われては何とか防衛を繰り返していたらしい。
「町が要塞みたいに壁で囲まれていますが、これも天使対策ですか?」
「一応そうだ。ただまあ奴らは空を飛べちまうから効果はいかほどかって感じだな。上はより強固な防護札で守ってはいるが、術式ももうだいぶ摩耗していたし、いつ侵入を許してしまってもおかしくなかった。だから、お前さん方の登場はまさに渡りに船ってわけさ」
「あの、その札というのは一体何なんでしょう?先ほど戦闘でも使っていたようでしたが・・・」
疑問に思っていたことを、怜衣が尋ねてくれる。
防護札やら火符やら、さっきからよくわからない単語ばかりが口から出てくる。
先ほどの戦闘では、その力を使って数の多い天使たちをものの見事に制圧していた。オレの刀や、怜衣の銃と同じようなものだろうか?
まあ、そもそもこの武器やあの声だって、いまだに何なのかよくわからないわけだが・・・。
「これか?これは陰陽五行の力を込めた札だよ」
これが何なのかを尋ねて、その説明でさらに意味のわからない言葉が出てくる。
堂々巡りじゃないか・・・。陰陽五行ってなんだ・・・?
「はっはっは。何のことやら、って顔をしてんな。陰陽道を知らないなんて、今時珍しいがな」
そんなにメジャーなものなのか。
学校の授業をもっとちゃんと聞いておけばよかったと思ったが、まじめな学生だった怜衣も、あまりピンときてはいないようだった。
「陰陽道って安倍晴明とかの、ですよね」
「晴明様のことは知ってるんだな。まああれだけの大物だ。そっちにもやっぱいたんだな」
「そっち、というのは・・・」
「ん?そりゃお前さんたちがいた世界のことだよ」
オレたちがいた世界・・・。
驚きのあまり、足が止まる。
うすうす思っていたことではあったが、改めて言葉で聞くと、受け入れがたく思えてしまう。
ならここは一体どこなんだ。別の世界なんてものが現実にあるとでもいうのか。
なにより、どうやら目の前の男は、こちらの事情を知っている人間のようだ。
「・・・ここはやっぱ別の世界ってことっすか?」
「あぁ。ここはお前さんたちがいた世界とは違う場所、らしい」
「らしい?」
「わしも詳しいことは知らんのよ。ただ、代々受け継がれてきている過去の資料を見ると、そうらしいってだけでな」
「代々受け継がれているって・・・あなたは一体何者なんすか?」
「おお、確かに名前をまだ言ってなかったな。わしは火の陰陽頭、南雲 朱祢ちゅうもんだ。よろしく頼む。そしたら今度は、お二人さんの名前を聞いてもいいかい?」
「ああ、オレは火宮龍牙っす、よろしくっす」
「ボクは黒金怜衣です。それで陰陽頭っていうのは・・・?」
「陰陽頭ってのはまあ、文字通り頭みたいなもんだな。わしは火の力を扱うのに長けているから、火の陰陽頭として、火の気を扱う連中を統率しているというわけだ」
統率しているってことは、あの札を使える人が他にもいるってわけか。
「火以外にもあるんですか?」
「おう、そうか。まずそこからか。わしらが軸としている陰陽道には基本となる考え方がある。それが陰陽五行だ。この考え方は、この世界の構造についての考え方で、この世界の万象は、火水木金土の五つの要素によって構築されている。さらにその物事一つ一つには、陰陽二つの面があって、それぞれが勢力を強めたり弱めたりしながら、存在しているってのがこの考えってわけだ」
な、なるほど・・・?
わかりそうで、よくわからない。
「わかりやすく例を出すなら、鉱石は金の気によって構成されている。流れている川や落ちている石だって、それぞれ対応する気によって構築されているってのが五行。そして善悪や明暗とか、二つの相反する面を、すべての物事が持ち合わせているというのが陰陽の考え方ってわけだ。この世界では、天使相手にはそれぞれの得意な気を使って戦うのが主流だし、きっとお前さん方の力にもなるだろうから、なんとなくでもいいから認識しておくといい」
「なるほど、なんとなくですがわかりました」
「そして陰陽頭は、京都にいる将軍様から直々に拝命され、直属の機関として仕える。まあ五つの要素があるわけだから、陰陽頭も当然」
「5人いるってことっすよね」
「そういうことだ」
将軍直属の機関。どうやら、とんでもなく偉い人に助けてもらったらしい。
「ほかに聞きたいことはあるか?つっても聞きたいことだらけだろうけどな」
南雲サンの言う通り、聞きたいことが山積みだが、多すぎて逆に何を聞こうか迷ってしまう。
すると頭を悩ませていたオレを見かねてか、怜衣が進んで質問をしてくれる。
「陰陽道の話は説明をしてもらってなんとなくわかったのですが、そもそも、なぜボクたちはこの世界に飛んできてしまったのでしょうか?」
確かに、別の世界だということは百歩譲って飲み込んだとして、なぜオレたちなのか、なぜここにきてしまったのかについてはわからない。
さあ、なんて返ってくる・・・?
「さあ、わしにもわからん」
納得のいく答えが返ってくることを期待していたオレたちはずっこける。
「わ、わからない?」
「おう。確かにわしは陰陽頭、責任ある立場ではあるが、陰陽道の知識があるだけで、この世界のすべての知識を持っているわけではないからなぁ。はっはっは、すまんな」
他人事だと思って、このおっさんは・・・!
さっきまでのかっこいい姿はどこへやら、ひょうきんなおじさんとなっていた男をあきれた目で見つめる二人。
「南雲サン・・・いや南雲のおっさん・・・」
「失礼だよ龍牙・・・」
「まあ待て。選ばれた理由はわからんが、昔にも別の世界からこちらへ来た者がいた、というのは、わが一族の資料からわかっている。その者たちが継承者やら、救世主やらと呼ばれていることもな。呼び名から考えるなら、この世界を救うために呼ばれた、と考えるのが妥当だが・・・。もしかしたら都の資料をあされば、より詳しいことがわかるかもしれん」
さっきからちょくちょく呼ばれていた継承者ってのはそれが理由か。
なんともまあ仰々しい呼び名だ。
「救世主・・・?絶対そんな大それた存在じゃないけどな、オレは」
「話に出てきた都ですけど、場所はどこなんですか?」
「あぁ、ここから北へ行った先にある、京都だ。わしは継承者殿を見つけ出して、京都へ合流させるよう、仰せつかっているからな。どのみち一緒に京都へ向かってもらうつもりだったんだが」
予定調和ってわけか、食えないおっさんだ。
だが、ことの真相がわからない以上、希望を求めて、京都へ向かうしかないだろう。
怜衣も同じ思いだったのだろう。自然と視線が合うと、うなずき合う。
「行きたいです、京都に」
「よし!そうと決まれば早速出発の準備をするか!仲間の陰陽師たちにも、準備を手伝うよう伝えておく。何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ!」