目覚め
受け止めた剣から伝わる強い衝撃とともに、身体が後ろに吹き飛ばされる。
しかし、まるで流れる時が遅くなったかのように、風景がスローモーションに感じる。とっさに受け身を取り、片膝立ちのような体勢で着地する。
斬られたはずなのに、受け止めたはずの腕には痛みもない。それどころか、
「なんだこれ・・・」
両手には黒色に輝く手甲。先ほど勢いよく振り下ろされた剣を受け止めたはずのそれには、傷一つついてはいなかった。
「この気配・・・悪魔の力か!」
伝承でしか見たことのない存在が、伝承でしか聞いたことの無いような言葉を口にする。
悪魔・・・先ほどの声がそうなのだろうか?
ただでさえ理解不能な状態だったのに、さらに疑問が増えていく。
だがそれ以上に、自分の中に、目の前の脅威に対する怒りの感情が満ちていくのを感じていた。さっきまで恐怖で支配されていたことなどもう忘れてしまったかのように、天使への憎悪が膨らんでいく。
それは理不尽への攻撃性の顕現というより、死にたくないという想いと対抗できるという安堵から生まれた一種の防衛本能だったのかもしれない。
先手を取られる前に、地を踏みしめ、駆け出す。
「!は、速い」
天使が言い切るかどうかの時点で、すでに彼の右手は天使の左頬をとらえていた。確かな手ごたえとともに、天使を大きく後ろへ吹き飛ばす。
戦える・・・。勝てるかもしれない!
さっきまでやられそうになっていた相手に、拳がとどいたという事実に自信がつく。
「くっ・・・さっきまで立つこともままならなかった人間がなぜ・・・」
「はああああ!」
再び天使との距離を縮め、手甲を叩きつける。
だが、二度目の攻撃は剣によって防がれてしまう。
「油断しなければ、そのような直線的な攻撃など!」
剣で押し返され、わずかに体勢を崩す。その隙をつかれ、反撃を受けてしまう。
危ない!
すんでのところで手甲で防ぐが、その間に天使は体勢を整えてしまう。距離の少しひらいた戦況で、互いににらみ合う。相手がどう動くのか、瞬き一つせず、つぶさに観察する。
だめだ・・・。ただがむしゃらに殴りかかっても、受け止められてしまうだけだ。
必死に思考を巡らせる。
「そちらから来ないなら、こちらから行くぞ」
そう言い放つと、天使が剣を振りかぶり、距離を詰める。
それと同時に、違和感を覚える。
遅い?
声が聞こえる前に斬りかかられたときよりも、明らかに天使の行動が遅かった。いや、遅く感じられた。
さっきもそうだ。剣を受け止め、後ろへ吹き飛ばされたときも、無意識に空中で姿勢を整え、受け身をとれていた。そんな芸当が並の人間にできるはずがない。
本当に悪魔の力を得てしまったのだろうか?
天使の言葉を思い出し戦慄する。
何か代償があるのではないか、魂を取られてしまうのではないか、そういった不安を抱く。
しかし、今はそんなことを考えている暇はない。どちらにせよ、この力がなければ斬り殺されているのだ。
なら、今は極限までこの力を使うしかない!
上から振り下ろされる剣を左手で受け止めると、右の手甲で相手の腹を打ち抜く。
「かはっ」
言葉にならないうめきが天使の口から洩れる。
「まだまだ行くぞ!」
腹を抑え、無防備な相手に次々と打撃を打ち込む。応戦するため天使も剣で防ごうとするが、まるでどこをガードするかがわかっているかのように、本体へ攻撃を繰り出し続ける。
見える・・・!剣で守られても、見てから攻撃が間に合う。
幾重も重ねた殴打により、既に息も絶え絶えの天使。
「これで終わりだ!」
一等、力を込め繰り出した正拳突きが、剣を砕き、天使の顔面へ繰り出される。
面白いほどに後ろへ吹き飛んだ天使は、そのまま力なく地面に突っ伏し、やがて息絶えたのだろう。さらさらと光の粒となって空へ消えていった。