一方そのころ。 怜衣編
「豪、今みんなが戦ってるよ。きっと、いろんな問題を解決してきてくれるから」
怜衣が、医務室で眠る豪へと話しかける。
傷はもうずいぶんよくなってはいるが、まだ意識が回復しない。
・・・塔に行ったみんなは、無事かな。
どうか、無事でいてほしい。
なんかの資料を眺めていたかと思ったら、何かに気づいたのか、突然晴明さんも塔へと向かってしまった。
だから、留守番は、ボクと依瑠だけ。
「豪、みんなを見守ってね」
・・・待って。これじゃ豪が死んでいるみたいじゃないか?まったく、縁起でもない。
そういえば、龍牙や朱祢さん、西門さんは大丈夫かな。
確か、北の方の村で問題に対処しているとか言っていたっけ。
ほかのみんなはそれぞれの場所で戦っているのに、京都で待機しているだけっていうのは、どうにも落ち着かない。
五領宮の中でも、散歩しようか。 一人で何もせずにいると、気が滅入ってしまう。
医務室の扉を開けて外へ出ると、ちょうど廊下を通っていた陰陽師の人とぶつかりかけてしまった。
眼鏡をかけた、三つ編みの少女。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそすみません!」
ぺこぺこ謝る陰陽師に、手を振って応じる。
両手に大量に抱えた資料は、陰陽道に関係するものだろうか。
再び頭を下げ、急ぐようにその場を後にする陰陽師を見送り、逆の方向へ歩き出す。
すると、後ろでガタンという大きな音とともに、ちょっとした悲鳴が上がった。
「きゃっ!」
「え?」
振り向くと、先ほどの陰陽師が盛大にずっこけて、手元の紙を散らばらせているのが見えた。
特に段差があるようには見えなかったけど・・・どんくさい子だなぁ。
すぐに駆け寄り、かがんで紙を拾い上げるその女の子を手伝う。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみませんすみません!」
拾い終えた紙を整え、渡す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
さっき以上に、申し訳なさそうに頭を下げる。
腰の低い子だ。
直角を超えるのではないかという角度で曲げられた腰を思いやり、頭を上げるよう促す。
「あなたは陰陽師、ですよね?」
「はい。い、一応ですけど・・・」
一応、とは。
まずは見習いから、みたいなのがあるのかな。ラーメン屋さんみたいに。
不思議そうに見つめられ、こちらが一応という言葉に引っかかっていることに気づいたのか、目の前の少女が慌てた様子で説明をつづけた。
「私、つい最近陰陽師として働くことになったんです。だから」
「あぁ、なるほど」
新人ってわけね。
「ボクは黒金怜衣。苗字でも名前でも、好きな方で呼んでください」
「あ、私は金気の陰陽師、赤岩百合って言います。呼び方は、私もどちらでも・・・」
「金気ってことは、西門さんの弟子ってことですね」
まぁ、陰陽頭が直々に教えているわけじゃないとは思うけど。
「わ、私なんかが西門様の弟子なんて、そんなそんな!おこがましすぎます!」
首も手も大きく振って、そんな、と連呼する鷲見さん。
この態度を見ると、やっぱり陰陽頭って相当立場が上の人たちなんだな、と改めて感じる。
まぁ、当代一番の陰陽使いなんだから、当然といえば当然なのかな。
「というか、陰陽頭の西門様にさん付けなんて、怖くないんですか?」
「怖い?」
「だって、稽古の一環で、弟子の陰陽師百人を相手にして、ほぼ無傷でのしてしまったとか、まだ発展途上だった金気を一代で大きく発展させたとか、とにかく恐ろしい逸話だらけで・・・。中には、修行をしっかりできてない力不足の陰陽師は、西門様の眼光だけで気絶してしまうって話もありますから・・・」
えぇ・・・?すごい話だな。
あの人がそんなことを?
まぁ、あの鋭い眼光だけを見ればわかるけど。
とはいえ優しい面もあるからなぁ。
「盛られすぎだと思うけど・・・」
「そんなことありませんよ!だから黒金さんも、本人がいない場所でも様を付けた方がいいです!」
「えっと・・・わかりました」
鬼気迫る表情の赤岩さんに押され、苦笑いをしながら、ついつい承諾してしまう。
そこへ、遠くから赤岩さんを呼ぶ声が聞こえた。
「おい、赤岩!早く資料を持ってこい!」
「あ!す、すみませーん!」
「まったく、どこで道草を・・・って継承者様!?」
「あ・・・」
「え?」
開いた口が塞がらない様子の陰陽師と、何が起きているのか理解できていない様子の赤岩に挟まれ、気まずい空気を一身に受ける怜衣。
こっちの陰陽師の人は、ボクを知っていたみたいだ。
「えぇえええええ!!??」
五領宮のフロアに、百合の叫び声が響き渡った。