一方そのころ。 依瑠編
「い、い、何かないかな・・・。あ、ここ、洋服屋さん?」
『何があるかわからない、警戒は怠らずに。でも多少は羽を広げて大丈夫。私は仁くんや咲也くんと合流する』
京都で待機を命じられていた依瑠はその言葉を受けて、街を見て回っていた。
「じゃあ、衣服屋・・・」
建物も、知ってる京都とは、ずいぶん違うみたい。
異郷の地は、見て回るだけでも楽しい。
「屋根も違うね、屋根」
あ、食料品店もある・・・八百屋さんかな?
野菜が売ってる。食べものは違いが少ないみたい。
見たことのある野菜が並んでいる。
「なんかないかな・・・あ、ねぎだ」
・・・野菜見てたら、おなかすいてきた。
「牛丼とかないかな・・・いや、丼じゃだめか。牛串とか、牛めしとかなら」
でも、見て回った感じだと、元の世界で普及していたそういうファストフード店はなさそうだった。
あ、そうか。
お店が並んでいるし、あれならあるはず。
「牛乳、牛乳・・・あった」
これなら・・・。
見つけただけで買いもせず、そのまま街へとくりだす依瑠。
店を見て回りながら、ご飯を食べられそうな場所を探す。
うーん、何かないかな。
ふと、目に留まったお店。
そこには、昔ながらの雰囲気の残る看板が立っていた。
「うなぎ・・・!」
まさに渡りに船。完璧なタイミング。
お金は五領宮から出てくるときにもらったから、多分大丈夫なはず。
お店に入り、注文を済ませる。
そこで、致命的な失敗に気づいた。
「しまった・・・!」
牛乳は、もう使ってしまった。
どうしよう・・・。
あたふたする依瑠だったが、蒲焼のいい匂いがしてくると、悩みもすっかり忘れて、ウナギを心待ちにするのだった。
「おいしかった」
ウナギを食べ終え、満足そうにそうつぶやいた依瑠。
お勘定しようと思い、手を上げて、お店の人を呼ぶ。
もらったお金を渡して、感情を済ませようとしたその時。
「お客さん・・・これじゃ足らないね」
「え?」
しまった。
よく考えたら通貨が違うんだ。
これが何円かとか、何も考えずに来ちゃったな。
お札だから一万円だろうという固定観念だ・・・やられた!!
「・・・どうしよう」
「お客さん・・・知り合いとかいないのかい?」
いるにはいるけど、怜衣って通貨のことわかるのかな?
呼んだところで、意味ないような気もする・・・。
すると、店に入ってきたひときわ大きい男の人が、険しい顔を浮かべたお店の人の手へ、補っても余りある貨幣をばらばらと置いた。
「これで足りるか?」
「え?」
「あ、お、黄我様!?もちろんです。なんなら少し多いくらいで・・・」
そこに立っていたのは、中桐黄我だった。
「気にしないでくれ、迷惑料だとでも思って受け取ってほしい」
何度も頭を下げる店員に手を上げる黄我と、二人で店の外へと出る依瑠。
「ありがとう。助かった」
「継承者殿に不自由な思いをさせるわけにはいかないからな」
「あなたは誰?」
目の前の大男に、特に気後れもせず正面から名前を聞く。
「私は、土気の陰陽頭、中桐黄我だ。あなたは・・・」
「征木依瑠だよ」
「征木さんか、よろしく頼む」
「うん、よろしく」
今まで会ってきたほかの継承者に比べ、あまりにも個性的な依瑠に、むしろたじろいでいるのは黄我の方だった。
「次はどっちに行こうかな。うーん、こっちにしよう」
今あったばかりなのに、次どうするか相談することもなく、マイペースに街を見て回っている依瑠。
なんとなく黄我も一人にするのが怖くなり、ついていく。
一人増えただけなのに、やけに大所帯になったように見える二人が、大した会話もなく街を歩く。
「傷は大丈夫なのか?」
「あれ、なんで傷ついてたこと知ってるの?」
「病院に運び込まれるのを見たからだな」
「そっか。もう大丈夫だよ。中桐さんも病院にいたってことは、ケガしてたってことでしょ?大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。私も、もう動けるまでに回復した」
「うん、ならよかった」
変なところで鋭い依瑠に、たじたじになっていると、依瑠はもう別の建物に興味を示していた。
・・・猫みたいな人。黄我はそう思った。
「今日はありがとう」
「え?」
数時間後、黄我のちょっとした解説を挟みつつ、依瑠は一通り街を見回り、五領宮の前へと戻ってきていた。
「一人で回らせるのが怖かったから、一緒に来てくれたんでしょ?だから、ありがとう」
「い、いや、継承者殿を一人で回らせるのは、よくないからな」
依瑠のニコニコした表情と、それに似つかわない洞察力にアンバランス味を感じつつ、黄我は首を振って、大丈夫だと伝える。
「それじゃ、また」
「あぁ、さようなら」
手を振って、別れる。
楽しかったな。まるで別の国に来たみたいだった。
いや、タイムスリップの方がニュアンスは近いかも?
あ、そうだ。
結局『ぎ』で終わっちゃってるや。ひとりしりとり。
「・・・まぁ、『ギブアップ』でいいやもう。飽きたし」
遠くでゆっくり歩いている怜衣の姿を見つけ、今日あったことを話すのを楽しみにしながら、依瑠は五領宮へと入っていくのだった。