罪の象徴 崩壊
主を失った塔が、崩れていく。
仁と晴明、そして住民たちは、土煙と破片をあたりへとまき散らしながら崩壊していく塔を、遠くから眺めていた。
避難をさせた女性も、おそらく子どものもとへとたどり着いている頃だろう。
終わったんだな。
天使崇拝のうわさから始まり、豪の負傷、瓜生皐月の存在、天使の力、そして、この塔。
数日の出来事のはずなのに、内容が濃密すぎて、何週間もたっているようにすら感じている。
その間、たくさんの被害も出た。
・・・皐月は、どんな想いで最期を迎えたんだろうか。
「晴明、皐月は・・・」
「・・・穏やかな顔だったよ」
「・・・そうか」
静かに目を閉じる。
兄を奪われ、天使感情を奪われ、それでも高潔な精神を最後に見せてくれた皐月。
たくさんの罪を犯したことは、ぬぐえない事実だが、今はただ、安らかに眠ってほしい。
そう願うばかりだ。
「月斗くん・・・かい?」
後ろから、懐かしむ声が響いた。
「あ・・・」
「おぉ、久しいねぇ。ほれ、こっちに来て顔を見せておくれ」
「村はなくなってしもうたけど、月斗が帰ってきたんだ。これほどうれしいことはねえ」
そう語る村の人々の姿に心を痛める。
月斗はもう、この世にはいない。
さらに言えば、皐月だって・・・。
「私は安倍晴明。月斗さんではないのです」
晴明がきっぱりと、集まってきた村人へ説明をする。
「月斗さんは・・・もうこの世にはいません」
はっきりとそう言う晴明に、怒りをあらわにする住民たち。
「何を言っとるんだ!」
「私がこの世に生まれるために、月斗さんは身体を譲ってくれてたので・・・」
「わけわかんねえこと言うな!」
村人たちは、晴明へと怒号を浴びせる。
晴明は、頭を下げたまま、その声を一身に受ける。
「ちょっと待ってくれ、晴明は・・・」
「仁くん」
いたたまれなくなり、晴明を援護するため口を挟もうとしたが、名前を呼ばれ牽制される。
「ふざけるな!」
「月斗さんを返して!!」
「うり坊だって、姿が見えないぞ!!」
「皐月くんをどこにやった!?」
悲痛な叫びが、鳴りやまない。
どうしてだ。
天使を倒すため、みんなを助けるために晴明はここにいるのに。
なぜ、人間同士で争ってる?
やるせない思いが、胸にこみあげる。
「出ていけ!」
誰かのその一言が、まるでこだまするかのように、周りへと伝播した。
「出ていけ!出ていけ!出ていけ!」
その声を受け、晴明はゆっくりと頭を上げると、村人たちの脇を通り過ぎて、京都へと歩みを進めだした。
「お、おい・・・」
「行くよ。仁くん」
かける言葉が見つからず、ただ後をついていく。
晴明は、なぜ説明しないんだろうか。
命を懸けて人を守っているのに、その相手に責められて、悔しくないんだろうか。
「晴明・・・」
言葉は見つからなくとも、声をかけようとしたその時。
「待って!」
小さい男の子と、その母親とみられる女性が駆け寄ってきた。
「あれ?さっきの・・・」
近づいてきて分かったのは、その女性が逃げ遅れていた人だったこと。
少し息を切らしながら、少年が言葉をつづる。
「お母さんを助けてくれて、ありがとう!!」
「・・・!」
言葉の発せない母親も、一生懸命ぺこぺこして、謝意を示そうとしていた。
「かっこよかった!まるで、おとぎ話の救世主様みたいだった!村のみんなはあんな風に言うけど・・・」
「・・・うん、ありがとう」
晴明が、一歩近づき、少年の頭をなでた。
二、三言、言葉を重ねて、俺たちと別れた親子は、姿が見えなくなるまでこちらへ手を振っていた。
少し前を歩く、穏やかな顔の晴明に、先ほどまでは見つからなかった言葉が、自然と口から出た。
「よかったな、晴明」
「他人事だねぇ。君への感謝でもあるんだよ?」
「俺は・・・別に何もしてないからな」
「謙遜しちゃってさ」
「・・・うるさい」
照れた仁が、晴明を抜かすように早足で京都への帰り道を進む。
「そうだ、まさか晴明があの母親の場所を知っていたなんてな」
「・・・?何のことだい?」
「え?いや、伝紙を送ってくれただろ?」
心底不思議そうな晴明の表情に、嘘はついていないと悟る。
じゃあ、あの伝紙はいったい誰が?
あの場に、ほかに伝紙を送れた人がいた・・・?
考え込む仁へと、心苦しそうに晴明が口を開いた。
「壮絶な戦いが終わって、すぐするのは心苦しい話なんだけど、私たちはできればすぐに、南の村へと行かなければならない」
「・・・未来のことが書かれた本、だな」
「うん」
皐月が追っていた、例の本。
天使が、わざわざ皐月を操ってまで探させるような代物だ。
与太話ということはないだろう。
たとえなかったとしても、そこへ天使が遣われる可能性があるなら、そこへ向かう以外の選択肢などない。
「それがあれば、こちらも天使への対策に役立てられる」
「逆に言えば、天使の手に渡ってしまえば、相当厳しいことになる」
それに加え、洋人の言っていた『蓮と薫』に関しても疑念がある。
怜衣と龍牙の友人とかなんとか言っていたな。
京都には怜衣もいるはず。
早くこのことを伝えよう。