塔からの避難
「早く!!こっちだ!!」
仁が、塔で避難の指示を出す。
少しずつ崩落し始めている塔の中。
その声にこたえるように、人々が駆け足で外へと走っていく。
最下層には、出口になりそうな大きな横穴が開いていた。
おそらく、晴明が来たときに開けた穴だろう。
ここからなら、外へ出られる。
「崩落するぞ!」
「こっちだよ、お父さん」
「おぉ、すまんな。足が悪くて・・・」
ひとまずこの夫妻で、目に映った住人は最後だろう。
「財布、財布が・・・」
「おい待て!戻るなバカ!金なんか気にしてる場合か!」
穴から中へ戻ってこようとする老人を、外へ引っ張り出す。
崩落が進んでいる。戻っている余裕などない。
「これで、全員か?」
正確には全員ではないのはわかっていた。晴明が戻ってきていないからな。
あっちは大丈夫だろうか。
上に残ったまま、一向に降りてくる気配がない。
早くしないと、本当に塔が崩れ落ちてしまうぞ・・・!
その時、子どもの声が響く。
「あれ、お母さんは?お母さんがいない!」
「なんだと!?」
どこで見逃した・・・!?
かなり大声で、何度も避難を促したし、こちらの声に気づかないはずはない。
それに、この地響きだ。何かが起こっていることはわかるはずなのに。
なぜ避難してこないんだ・・・!
「この子のお母さんは、耳が聞こえないんだ。もしかすると、地震だと思って、家の中で隠れちゃったのかも・・・」
「なにっ!そういうことか!」
すぐに探しに行かなければ!
「俺が探しに行く。信じて、ここで待っててくれ」
涙目の子どもへそう言い聞かせると、塔内へと駆け出す。
地響きがさっきより大きくなってきている。
長居はできないだろう。
道中、大きく地面が揺れ、塔の破片が目の前へと落ちてくる。
「あ、危ねえ・・・」
まずいな・・・このままだと本当に生き埋めになるぞ。
早いとこ見つけないと。
「どこだー!いや、声を出しても意味がないのか・・・」
くそ!耳の聞こえない人を探すには、どうすればいい!?
疲れ切った頭を懸命に動かすが、それでも案は浮かばない。
しらみつぶしに探すしかないか。
適当な家屋に目を付け、中を捜索しようとしたその時、まるでタイミングを見計らったかのように、足元へ小さな紙切れが飛んできた。
「これ、伝紙か?」
かがんで、紙に触れる。
『このまま十秒直進し、左に曲がった少し先にある、大きな植木の家に遭難者あり』
これは・・・。
流れ込んできた情報は、ちょうどいま探している遭難者についてだった。
タイミング的にも、あまりにも怪しいが、今は時間がない。
罠だろうが、信じて行ってみるしかない。
伝紙の主をいぶかしみながら、落下してくる細かい石を手で防ぎ、前へと進む。
指示通り進むと、書いてある通り、そこには植木があった。
「この家か・・・!」
隣にある大きな家のせいで、影になってしまっていたようだ。
崩れる前に、捜索しなければ。
「おーい!いるか!」
意味はないとわかってはいるものの、どうしても誰かを探すときには声を出してしまう。
居間へとたどり着くと、机の下で丸まっている女性を発見した。
「おい、大丈夫か!?」
身体をさすって、起こす。
何が起こっているのかわからず、パニックになっているようだ。
「・・・!」
「大丈夫だ・・・あぁ言ってもダメか」
そうだ、さっきの伝紙の裏に・・・。
近くにあった筆記用具で、さらさらとメモを書き、女性へと見せる。
『怖かっただろう。もう大丈夫だ。塔が崩壊するからすぐに避難する。動けるか?』
メモを見た女性が、コクコクとうなずいたのを確認し、足が震えうまく動けない彼女へ肩を貸しながら、脱出を試みる。
その最中、外から大きな音がした。
まずい、本格的に崩壊が始まっている!
「すぐに出るぞ!」
急いで外へと向かう二人。
しかし、目に入ってきたのは、最悪の光景だった。
「がれきが・・・」
「・・・!!」
出口を落ちてきたがれきがふさいでしまった。
くそ!急いでるっていうのに、どうしてこうピンポイントで・・・!
「大丈夫だ、まだ手はあるはず!」
さらにパニックになりかけている女性を宥めながら、策を考える。
俺も落ち着け・・・。そうだ、窓があるはずだ、少し遠回りになる可能性はあるが、そっちから出よう。
そう考え、窓を探すため、あたりを見渡していると、再び外から轟音がした。
しかし、何かが落ちる音というよりも、何かが壊れる音だったような気が・・・。
すると、肩を貸している女性が出入り口を指さしていた。
「・・・!岩が、壊れている」
何か強い力が加わったようで、岩が木っ端みじんに砕け散っていた。
「またふさがってしまう前に急ごう!」
何が起きたかはわからんが、そこから出られるなら好都合だ。
せかすようなジェスチャーで、女性へ急ぐよう伝える。
宥めていた甲斐もあったのか、少しだけ落ち着き、自分の足で動けるようになった女性とともに、来た道を駆け抜ける。
「見えた!あそこまで走るぞ、あとちょっとだ!!」
指をさし、出口を指し示す。
よし、あとちょっとで・・・!
その瞬間、ひときわ大きな地響きとともに、出入り口の天井部分が崩れ始めた。
あたりにも、大きながれきが落下してきている。
「っ!急ぐぞ!」
岩は依然として転がり落ちている。
もういつ埋まってしまってもおかしくない。
「間に合ってくれ・・・!」
まだ終わるわけにはいかない。俺も、この女性も。
待ってる人がいるんだよ!
「大丈夫だ。土符!」
頼りになる声とともに、術式が発動した。
地面が隆起し、穴の外側を補強していく。
「晴明!!間に合ったんだな!」
塔から降りてきた晴明が、穴を補強してくれた。
間に合って、本当に良かった・・・。
「よく避難させてくれた。さぁ、出よう!」
三人で、塔から脱出する。
「落下の勢いで遠くまでがれきが飛んでくるかもしれない。できる限り離れるぞ!!」