遺言
「皐月が!」
胸に槍が刺さったまま、皐月が力なく地面へと落下していくのが見えた。
このままでは、地面に・・・!
「っ、風雅!」
ギリギリのところで、落下する皐月を風でキャッチし、衝突を免れさせる。
「大丈夫か!?」
もう気力も使い切ってボロボロの身体を引きずって、皐月のもとへと駆け寄る。
皐月は血を吐き、意識ももうろうとしているようだった。
「今、京都に運んでやるからな・・・」
「僕のことは、気にしないで・・・君は彼女を連れて、早く戻ってください」
あまりにも穏やかすぎる声色に驚きを隠せない。
「あんたが・・・本当の瓜生皐月、なんだな」
「さぁ・・・どうでしょうか。君たち陰陽師を恨む気持ちは、確かにありました。それを否定はできないから・・・」
その言葉に、いたたまれない気持ちになる。
「はじめは・・・助けてくれた天使の背を追うように、もらった力で悪人を裁こうと、これ以上村人を傷つけさせまいと、必死でした・・・。でも、次第に家族を奪った陰陽師への怒りが、抑えきれないほど膨らんできて・・・」
そうか。
もともとあった感情を増幅したからこそ、ここまでの大きさの感情へと膨れ上がらせることができたのか。
「思えば、これも天使の仕業だったんでしょう・・・信託を届けた天使が、村を助けてくれた天使とは違うと・・・もっと早く気づけていれば・・・。ごほっ!」
「違う天使・・・」
確かに、皐月は晴明の器に選ばれるほどの力を持つ一族。
そんな存在が、天使を崇拝しているとなれば、ほかの天使が利用してきても無理はない。
村や豪を助けてくれた天使が、皐月をこんな風に操っているという矛盾の真相は、これか。
「・・・すまない。皐月くん」
剣を一身で受け止めた影響で、少しの間膝をついて動けないままでいた晴明も、少し休んで動けるようになったためか、こちらへと来てくれていた。
「月斗くんを君たちから奪ったことは、まごうことのない事実。もう遅いかもしれないけど、謝らせてほしい。すまなかった」
「・・・あなたが、晴明さんですね」
「うん、そうだ」
皐月が、焦点の合わない目で、晴明の姿を探す。
そんな皐月の手を、晴明が優しく握った。
「あ、ふふ、懐かしい・・・。どうですか・・・兄の身体は?ちゃんと戦えますか?」
「あぁ。天使にだって負けない、強い力を秘めているよ」
「ふふ、自慢の兄、ですから・・・げほっ!」
「もうしゃべるな!!」
苦しそうにせき込む皐月。
ささった槍のせいもあるが、今抜けば、さらに出血がひどくなる。
そして、それ以上に天使の力に、身体が耐えきれなかったのだろう。
まるで砂漠の地面のように、身体全体がひび割れた状態。
今すぐ治療をしたとしても、助かるかわからない。
「間に合わないかもしれない。今は生きることに力を使え!」
「・・・ここより、さらに南・・・。そこに未来の書かれた本がある、と僕に信託を授けた天使は言っていました。おそらく、僕が敗れたことは、もう伝わっているでしょう」
咳交じりのかすれた声で、そう話す皐月。
「天使が僕を操ったのも、それを探させるため・・・。ほかの天使が遣わされるのも、時間の問題です・・・!早く京都へ戻り、出発してください。それに・・・」
「何言ってる!いいから早く行くぞ。ほら、背中に乗れ!晴明は北条を頼む・・・」
それでもまだしゃべろうとする皐月を無視して、そう指示を出そうとする仁を、今度は晴明が制した。
静かに首を振り、皐月の言葉の続きを代弁する。
「この塔は、君の力で作られた。ということは、君が力尽けば、この塔は崩れる。違うかな」
「そうです・・・・だから、下にいる住人たちを、早く避難させてください・・・!お願いします。彼らは、いい人です。僕のために怒ってくれたり、ふさぎ込んでいるときには料理を作ってくれたり、ごほっ!!」
言葉の途中でひときわ大きな咳とともに、大量の血液を吐き出す皐月。
「ひどい態度もしたと思いますが、いい人たちなんです!お願いします、彼らを・・・」
「・・・わかった、大丈夫だ。絶対に助ける」
晴明が、皐月の言葉に何度もうなずき、落ち着かせるよう手を強く握る。
「仁くん、北条玄花と町の人をお願いできるかい?」
「・・・あんたはどうするんだ?」
「即興で術式を作って、塔の崩壊限界までの時間を稼ぐ」
「ここに残るってことか!?」
「すまない、頼む」
ふざけるな。
崩れるっていうなら、早く逃げるべきだろう。
「崩壊したらあんたまで巻き添えに・・・」
「それでも、頼む」
言い訳も弁明もなしに、まっすぐ目を見て、そう一言放つ晴明。
その眼差しから、もう意志を変えることはないのだろう、と分かった。
「・・・わかった」
仁は、立ち上がると鳥かごへとむかい、北条を背中に抱える。
「無事に戻ってこいよ」
「当然だよ」
一言、晴明と言葉を交わすと、急ぎ足で出口へと向かい、階下へと向かう。
その背中を見送った晴明が、静かに口を開いた。
「・・・これを見てほしい」
「そ、れは・・・?」
懐から取り出したのは、四つ折りにされた紙だった。
「君のお兄さん・・・月斗くんが遺したものだ」
「・・・え?」
「私の部下が、書いてもらっておいたみたいでね」
「兄さんの・・・最期の言葉」
「聞いてくれるか?」
「も、もちろんです。お願いします」
皐月の言葉に、静かにうなずいた晴明が、紙を開いた。
『姫芽、皐月、洋人、息吹。元気ですか?
俺は、多分元気です。
稀代の陰陽師なら、身体を雑に扱うなんてことはしないと思って。多分。
みんなのことだから、変に落ち込んでたりしそうだなと思って、陰陽師の人に言われて手紙を残すことにしました。
まずもし誰かを恨んだり、自分のせいで俺がなんて落ち込んでいるなら、それは間違っています。
俺は、俺の意志で、陰陽師に協力するのだから。
だから、もし陰陽師が村を訪ねてきたら、精一杯協力してあげてほしいです。
彼らは、懸命に天使と戦っています。
天使のいる世界では、いつ命を落としてもおかしくない。でも、そんな世界こそ間違っていると、俺は思う。
姫芽が、皐月が、そしてみんなが。
平和に過ごす世界のために、この身を捧げることができるなら、それは幸せだって思います。
だから、笑って。
どんなにつらくても、俺が絶対に守ります。
天使なんかには、絶対に負けません。
意識がなくなったって、この思いは絶対に、晴明さんへ受け継がれる。
皐月、洋人。
妹たちを頼みます。
姫芽、息吹
兄たちを支えてあげてください。
みんなで協力すれば、どんな困難も、絶対に乗り越えられる。
どうか、みんなが幸せな未来に生きられますように。
瓜生 月斗』
「・・・これが、手紙の内容だよ」
「・・・」
塔が、地鳴りを起こしだした。
塔が崩壊する前触れだ。
「皐月くん・・・必ず、月斗くんの想いを背負って、生き残った者たちに、幸せな未来を生きさせる。だから・・・」
手紙は・・・最後まで聞けたのだろうか。
ただ、ひび割れて、苦痛の残る身体のはずなのに、瞳を閉じた皐月の顔は穏やかだった。
皐月の頬に残っていた、一筋流れた涙の跡を、ゆっくりと拭く。
「・・・安らかに眠ってくれ」
晴明は、静かに眠る皐月の顔にかかっていた髪をそっと払い、優しい声でさよならを告げた。