どんな窮地でも、前を向け
晴明の剣によって傷を負い、血を吐きながらその場にあおむけに倒れた皐月が、足のベルトにしまった本へ手を触れた。
「もういい・・・もう・・・!」
本が開き、ページが捲れていく。
「ごほっ・・・禁忌と言われたが、これを使う!第十六頁 ソウル・リリース!」
「させるか!!」
晴明が剣を構え、再び皐月の身体へと刃を突き立てようとするが、本が発したドーム状の結界のようなものがそれを防ぐ。
「くっ・・・届、け・・・!」
力を目いっぱい込めるが、それでも結界はひび一つ入らない。
「クソッ、俺も!」
相手が何をしようとしているのかは、わからない。
でも、身体が動くなら、力になれる瞬間があるなら、今しかないだろ!
晴明の持つ剣に両手をかけ、力を加える。
「助かる!」
「うぉおおおお!!」
気合を込めて、叫びながら力を目いっぱい込める。
パキ、という音とともに、結界に少しひびが入った。
いける・・・!このまま押し込むんだ!!
「頼む、壊してくれ!この結界を!」
しかし、着々と相手の術は進行しているのだろう。
本が傷だらけの皐月の中へと、みるみるうちに入っていく。
「本が、皐月の中に・・・!」
「天使の力を全て、身体に取り込む気だ!」
「は、はは。これほどの力を身に宿せば、貴様らなど・・・貴様らなど!!」
人は器。
純たちから聞いた、京都への侵入者、日下部息吹の話を思い出す。
ここまでの天使の力を、一人の人間の身体が取り込んだら・・・!
「そんなことをしたら、お前の身体が崩壊するぞ!!」
「わかっている・・・それでも、たった一秒でもこの力を振るうことができれば、お前たちを・・・兄さんの仇を、取れる・・・!」
気づくと、皐月の瞳には涙が浮かんでいた。
「私にできることはもう、それしかないんだ!!」
「ばっかやろうが・・・!」
本が、もう完全に入ってしまう・・・。
だめだ、間に合わない!!
結界が破裂し、俺たちは大きく吹き飛ばされてしまった。
「仁くん!防御を!」
「わかってる!!」
だが、皐月の発する光のせいで、まともに目を開けられない・・・!
槍も結局手元にない。心もとないが・・・!
せめてもの策として、腕を顔と心臓の前にクロスさせ、急所を守る。
本を完全に取り込んだ皐月の攻撃を警戒する。
・・・?何も起きない・・・?
いや、違う・・・この光は!
この光は、皐月の持つ剣が発するものだ!!
本と同化した皐月は、宙に浮き、光り輝く大きな刃を頭上に振り上げていた。
剣は天へと延びており、塔の天井をも穿っていた。
がれきが崩れ落ちる中、わずかに見えた光の剣に、仁は圧倒される。
「はぁああああ!!!」
皐月の力か、重力に従ったのか。
その剣が仁と晴明へと振り下ろされる。
塔の天井を壊しながら、こちらへと落ちてくる。
ここまで・・・か。
絶望の中、静かに視線を落とした。
その瞬間。
「あきらめるな!」
うつむいた視線の先で、晴明が、手に携えた剣で光刃を受け止めていた。
「くっ、うう。なんていう力だ・・・!」
「晴明!!」
あきらめるな。
気持ちはわかる・・・俺だってあきらめたくはない。
だが、あの力をすべて身に宿したんだぞ。そんな相手に、もう策なんて・・・。
「どんなに不利でも、相手から視線をそらしちゃだめだ!どんなに窮地に立っていたとしても、前を向け!足元に策は転がってはいない!!」
前を向く・・・。
晴明の言葉に、視線を上げる。
そこには、大きな晴明の背中があった。
俺を守るため、とっさに動いたのだろう。
力の込めにくそうな姿勢で、剣を構え、刃を押さえてくれている。
「帰るんだ。咲也くんたちの待っている、京都に!!」
「!!」
北条へ言った言葉が、脳裏をよぎった。
『さっさと倒して、一緒に京都に帰ろう、な』
そうだ、俺が言った言葉だろう・・・。
その俺が、あきらめてどうする!!
「帰るんだ、みんなのもとに。そして、皐月を助けるんだ!」
前を向け、策を練ろ!
命が消えるその時まで、頭を働かせろ!
何かないか・・・状況を打破する何かが!!
その瞬間、光の刃の先に、わずかに皐月の姿が見えた。
胸元が、光っている。本の影響か?
いや、そうか!
ある・・・一つだけ方法が!!
「風雅!!」
風を起こし、がれきの中にあるはずの槍を探す。
どうしても、槍は自分の身を守ること主体で考えてしまっていた。
だから、こんな戦い方は思いつきもしなかった。
槍を風に乗せ、空中を舞わせる、防御を全て捨てた構え。
「くっ、もう力が・・・!」
「晴明!耐えてくれ!!」
「っ!わかった!!」
先ほどまでのうつむいた姿と打って変わって、歯を食いしばって気を操る仁の姿に、晴明がうなずく。
何かを思いついたのだな。
ならば無理をしてでも、彼を、彼の策を信じ、守る!!
「見つけた!」
吹かせた風が何かにぶつかる感覚を頼りに、がれきの中に落ちた槍を見つけた。
がれきを吹き飛ばしながら、風に乗せ槍を宙へと飛ばす。
「うおおおお!!」
風雅によって、空を舞った槍が、皐月のもとへと一直線に飛ぶ。
狙う先は、皐月の光る胸元!
本があいつの力の源なら、それを外に出せばいい!
「いっけぇえええええ!!!」
掛け声とともに、槍が皐月の背中を貫いた。
正確に言うなら、皐月の中にあった本を。
ピンポイントで貫かれた本が、皐月の中から、槍に突き刺さって身体から飛び出る。
「かはっ!!」
胸を貫かれ、刃を振り下ろしていた皐月が背を反って、口から空気の抜けたような音を発する。
それと同時に、手が刃から離れた。
それと同時に、力の供給を失った光刃が形を保てなくなり、静かに消えていく。
「やった・・・!」