反撃の剣
「金符 十束剣」
仁へと伸ばされていた皐月の手が、長い剣ではじかれた。
「私たちの希望の芽を、こんなところで摘まさせはしないよ」
「っ!あんたは・・・!」
皐月が、驚いた顔を見せた。
「お前・・・その身体は!!」
「無事かい?仁くん」
姿を現したのは、安倍晴明だった。
「なんでここに・・・?」
「この一連の騒動に、私の復活がかかわっていると知ったから、かな」
皐月を優雅な太刀筋で押し返すと、懐から取り出したのは、数枚の紙だった。
「これは、西門白兎から前に受け取った資料だ」
宝を操る天使を倒した後、用事があるといって姿を消した白兎がしていたことが、この資料の作成と、晴明への提出だった。
晴明の依代を探すことが役目だった白兎が、そこまでの過程を記録しておいたのだった。
「ここには、私の依代となってくれた者の情報が書かれていた。南にある村の瓜生月斗。家族構成や、そこに至るまでの経緯、それら全てが。まぁいかんせん、枚数が多すぎて・・・多忙で見るのを後回しにしていたことが悔やまれるけどね」
ということは、晴明も皐月が、月斗の弟だということを知ったのか。
それで、放置するわけにもいかず、合流してくれたということか。
「お前が・・・お前が安倍晴明か!!」
震えた声で、そう叫ぶ皐月。
その表情と声色は、完全に怒りに支配されていた。
「・・・その通り。私が、君のお兄さんの身体を奪った張本人だ」
まっすぐと目を合わせ、そう言い切った晴明。
「仁くん」
「え?」
「よく耐えた。純くんも咲也くんも無事だ。洋人くんと姫芽くんについても、保護が完了している」
「・・・!本当か!?」
あの状況から・・・助かったんだ。みんな、無事なんだ。
「純くんは、塔の崩れたがれきの中にいたから、救出し千東青那に託した。咲也くんは、塔から落ちてきたところを、これまた千東青那が気づき、式神で捕まえてくれたみたいだ」
千東が・・・。
感謝の気持ちがこみ上げる。
「ありがとう・・・ございます・・・」
「感謝はまだ早いよ。生きて、彼らに直接言うほうがいい」
そうだ。
まだ、何も終わっちゃいない・・・!
溢れそうになった涙を振り払い、前を向く。
「茶番は終わりか?屑ども」
「確かに、私たちは君たちの家族を奪った。だけど君には、それを言われる筋合いはないよ。幼馴染の感情を無くして、戦うだけの兵器に変えるような人にはね」
「は・・・?」
感情を無くした?
「姫芽くんの話を少し聞いたけど、その話に出てくる洋人くんと、今の彼の様子はあまりにも違いすぎる」
「戦いに必要ない感情だ。消して当然だろう。それに、私に歯向かってきたからな」
「お前・・・!」
怒りに前のめりになった身を、晴明に制された。
「仁くん。憎むべきは瓜生皐月ではない。彼もまた、感情や考えを作り替えられたんだろう。『信託』という形でね」
その言葉にハッとして、冷静さを取り戻す。
そうだ。皐月は前は優しい人だったんだ。
天使は・・・そんなことまでできるっていうのか?
感情を操作して、憎しみ合うよう差し向けるなんて。
もともと、人を助ける存在なんじゃないのか・・・!?
「助けるんだろう、彼を?」
「・・・はい」
決意を改め、こぶしを強く握った。
左手に力をまとって、改めて皐月へと対峙する。
「兄の・・・そして、私の苦しみを味わえ!」
ひとまず、槍を回収しなければ、身を守る術が限られてしまう。
だが、槍は皐月を挟んで向こう側のがれきの中にある。
取りに行くのは難しいだろう。
「はぁあああ!!」
そうこうしているうちに、皐月が動き出した。
踏み込んだと思ったら、超速度で目の前へと到達する。
「させないよ」
反応が追い付かない俺をかばうように、皐月の拳を晴明が剣で受け止めてくれる。
くそっ!このままだと、結局足手まといのままだ。
せめてなにか力にならなければ・・・。
それに加え、余裕ができて思い出したことがある。
北条の容態だ。
あの時は、確かに息はあったように見えたが、それでもこのまま放置しておくのは危険すぎる。
かばってくれた彼女を、ここで見捨てるわけにはいかない。
「晴明、俺は北条を安全な場所へ運びたい」
「ふむ、分かった。なら、私が瓜生皐月を止めよう」
「助かる!」
北条の方へ向けて、仁が一歩踏み出す。
皐月も当然、仁が何かをしようということはわかったため、そちらに標的を変え、追いかけようとした。
しかし、それもお見通しの晴明が、皐月の進路をふさぐように立って、剣を振るう。
硬化した皐月の腕と、晴明の剣が火花を散らす。
「どけ!!」
「ご自慢のその力で、腕ずくでどかしてみれば?」
「いちいち、癪に障るやつだ!」
拳と剣がぶつかる音が、部屋に響く。
この間に、早く北条を助けなければ。
北条のもとへとたどり着き、急いで脈を確認する。
・・・大丈夫だ。息はまだある。
とにかく安全な場所へ運ばなければ。
どこか安静にできる場所は・・・。
そうだ、あの部屋なら。
姫芽が閉じ込められていた部屋なら、ベッドもあるし、部屋の耐久性も高い。
忌々しい場所ではあるが、背に腹は代えられない。
北条を抱え、その方向へと走り出す。
「させるか!」
晴明を振り切り、皐月が再び目の前に現れた。
速い・・・反応ができない!
「危ない!」
晴明が叫ぶ声が聞こえる。
振りかぶった脚がこちらへと振り払われるのが、スローモーションに見える。
このままだと、抱えた北条まで、攻撃を受けてしまう。