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失った友、兄弟、過去

「馬鹿だね!背中ががら空きだよ」

「てめぇ・・・!」


 背に凶刃を受け、倒れかける咲也。

 反射的に、突如現れた男の姿を確認する前に槍を突き出していた。


「かはぁっ」

「お前、塔の二階にいた・・・!」


 そこにいたのは、塔ですでに倒したはずの、影を操る男だった。


 そんなはずはない。

 確かに、あそこで気絶させたはず・・・!


「洋人くん・・・どうして!?」


 その瞬間だった。

 自分を慰めてくれた咲也の血にまみれた姿に、姫芽が強く動揺した。

 それに呼応し、騎士が再び動き出す。


「っ!咲也!!」


 振り払われる槍から、咲也を助けるために手を伸ばす。

 その手は、咲也に届くことはなかった。


「じ・・・ん」

「咲也ぁあ!!」


 薙ぎ払われた咲也と洋人の体は、宙を舞い、そのまま塔の外まで吹き飛ばされた。

 塔の窓枠へと駆け寄ろうと、騎士に背を向け、一歩踏み出す。


 しかし、騎士の怒りはそれだけでは済まなかった。

 仁のその背に、巨大な槍が襲い掛かろうとしていた。

 だが、咲也に気を取られた仁は、それに気づかない。


「姫芽ちゃん、大丈夫だよ」


 緊迫したその場で、泣きじゃくる姫芽の身体を、優し気な声とともに、誰かの両の手がそっと包み込んだ。

 それと同時に、水流があたりを舞い、槍を飲み込む。

 姫芽を優しく抱きしめていたのは、目を覚ました玄花だった。

 玄花の術によって動きの鈍った槍が振り下ろされる頃には、仁の姿は窓枠のほうへと移動しており、当たることはなかった。


「あ・・・お姉ちゃん・・・?」

「大丈夫、大丈夫だよ」


 背中をぽんぽんとたたきながら、あやすように姫芽を落ち着かせる玄花。


「私のせいでお兄さんが・・・洋人くんが・・・!」

「大丈夫。落ち着いて、ね?」

「咲也・・・!」


 窓枠から身を乗り出す。

 咲也の姿は、もう見えなくなっていた。


 昨夜が槍で吹き飛ばされた瞬間、あたりがスローモーションに見えた。

 その中で見えた咲也の苦しそうな表情が脳裏にこびりつく。

 あの質量の槍を、その身で受けたんだ。

 すぐに手当てしないと・・・それどころか、もしかすると、もう・・・。


 なにが俺たちで支えればいい、だ。

 純との約束一つも守れないのか、俺は。

 涙があふれそうで、目をつぶる。


「仁くん・・・」


 後ろから、玄花が話しかける。

 その声色は、姫芽をなだめるときとよく似ていた。


「ごめん・・・ワタシが油断して、二人を危険にさらしちゃった」

「北条のせいじゃない。咲也は人がいいから、疑うのは俺の役目だったんだ。それを怠った俺の責任だ」

「お兄さん・・・」


 姫芽も申し訳なさそうにこちらへと近寄ってくる。

 だが、一定以上の距離を保って、こちらの様子を見ているようだった。

 ・・・怖いのだろう。

 いつまた、あの化け物が出てきて誰かを傷つけるかと思うと、足がすくんで近づけないんだろう。

 仁はそんな姫芽の姿を見ると、窓枠から離れ、そっと近くに歩いていく。


「仁くん・・・!」


 玄花の心配そうな声に振り向き、こくりとうなずいて見せる。

 姫芽は怒られると思い、目をぎゅっと閉じる。

 しかし、かけられると思った怒声は、大きく、温かい頭の感触に置き換わった。

 そっと目を開けると、仁が何も言わずに、静かに頭をなでていた。


「ぇ・・・お兄さん?」

「気にするな・・・お前が悪いわけじゃない」

「でも!」

「いいんだ」


 首を振る仁に、それ以上食い下がることもできない姫芽。

 聞こえるかどうかぐらいの声量でうん、とつぶやくと、満足そうに、そして不器用に笑うと、仁はなでていた手をはなした。

 二人の姿を少し遠くで見つめていた玄花も、その仁の姿にはらはらとしていた胸をなでおろした。


「北条、行くぞ」

「・・・うん」


 千東が、純が、そして咲也がつなげてくれた道だ。

 立ち止まるわけにはいかない。


「姫芽、お前の兄貴を、助けに行ってくる」


 絶対に止める。命に代えてもだ。




 一言も言葉を交わさず、塔を登っていく仁と玄花。

 先に口を開いたのは、玄花だった。


「皐月が天使から信託を得て、ここまでの力を得ることができたのは、血筋もあったんだね」

「・・・瓜生の血筋か」

「うん」


 姫芽へ別れを告げようとしたとき、これまでの経緯を一通り、姫芽の口から教わった。


 写っていた五人は、日下部洋人、妹の日下部息吹いぶき、瓜生皐月、姫芽、そして月斗つきとだと言っていた。

 日下部の二人は、瓜生兄弟の幼馴染で、よく遊ぶ仲だったという。

 そして、やはり月斗は晴明の依代になった元の人物だった。


 ある夜、陰陽師が村へとすると、人の未来のためといって村人たちへ不思議な紙を押し付けては何かを書きとっていたらしい。

 それから数日が経った後、忽然と長兄である月斗の姿が消えてしまったのだという。

 瓜生三兄弟は美しい見た目と優しい性格から、村人たちに愛されていたこともあり、陰陽師が連れて行ったと噂になるとすぐ、村の人々は陰陽師嫌いとなった。


 それが、姫芽の口からたどたどしく話された真実だった。

 そして、陰陽師嫌いの村の理由だった。


 それからの皐月は、姫芽の前では変わらず明るく振舞っていたらしいが、時折部屋から泣き声が聞こえてくることもあったらしい。

 さらに不幸なことに、村へ天使が侵攻してきた。

 なすすべなく破壊されていく村を助けたのが、天使だった。

 皐月はそれから、まるで悲しさから目をそらすかのように、天使を崇拝するようになったという。


「瓜生の血筋は、もともと気力が高かったみたいだな」

「符とかで出力するのがすごい苦手だったから、今まで陰陽師を輩出したことはなかったみたいだけど」


 月斗は稀代の陰陽師である晴明の依代に、皐月は膨大な天使の力を操る器に、姫芽もその力を受け継ぎ騎士の主に。


「皐月は、月斗を奪われたことを復讐するために、京都へ息吹を送り込んだんだろうか?」

「・・・わからない。でも、家族を奪われたんだもん、恨んでて当然だとは・・・思うよ」


 皐月は敵。

 悪人とはいえ、人を丸焦げにして殺すようなやつ。

 そう思おうとしてきた部分もある。


 だがそのたび、村人を守ろうとしていたあの姿がよぎった。

 俺は、どうしても皐月を完全な悪と断ずることができないでいた。

 それで、よかったんだ。

 皐月もまた、天使の被害者だった。


 天使の力を受けて、好きだったはずの村人や幼馴染の兄弟をないがしろにし、そして大事な妹にあんな残酷な力を与えるような人間へと変わってしまっただけだ。

 そんな相手をこれから相手にしなければならない。


 葛藤によるわずかな仁の表情の機微に気付いたのか、玄花が、あえて厳しい口調で話す。


「でも、恨まれていたとしても、天使を討伐するために晴明様の復活は必要なことだから」

「・・・そうだな」


 月斗がどんな想いで、自らの身を差し出したのかはわからない。

 だが、この世界に呼ばれた者として、その想いに応えなければならない気がした。

 なにより、咲也の犠牲と、姫芽の想いを無下にするわけにはいかない。

 必ず、皐月を何とかして見せる。


 塔を登り、扉が見えてきた。

 今までよりも装飾がしっかりしているその扉は、中にいる主の力を知っていることもあってか、一段と大きく見えた。


「・・・たぶんこれが」

「あぁ・・・」


 二人は一瞬顔を見合わせ、再び前を向いた。


「最上階、だな」

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