幽霊騎士
「皐月お兄ちゃんは今、おかしいんです。昔のお兄ちゃんはもっと優しかったのに、洋人くんや冷泉おじさんに変な力を渡して命令したり・・・」
昔は優しかった。
この評価は、ほかの村人も言っていた。
それに加えて、変な力。
おそらく、影を操る能力のことだろう。天使ではなく、瓜生皐月が渡した能力だったのか・・・。
「村を日陰ばっかりの場所にするなんて、おかしいんです。村のみんなにもとっても優しいお兄ちゃんだったのに・・・。あの像が建った時から、皐月お兄ちゃんはおかしくなっちゃった・・・」
あの像とは、おそらく村人のばあさんも言っていた、天使の像だ。
やはり、天使に何かされているということなのだろう。
とうとう我慢できなくなったのか、少女の頬に一筋、雫がこぼれた。
「お願いします、皐月お兄ちゃんを・・・」
「わかったよ」
玄花さんはそう言うと、拳を下ろして、何のためらいもなく瓜生姫芽のそばに近づいていく。
「北条・・・!」
「大丈夫、あの子はたぶんいい子だよ」
歩を緩めることなく姫芽へ手の届くところまで近づくと、そっと頭を撫でる。
「お兄ちゃんって大切だよね。ワタシも大事なお姉ちゃんがいるから、気持ち痛いほどわかるよ」
「・・・お姉さん」
「大丈夫、お姉さんに任せなさい!絶対、お兄さんを取り戻すから・・・」
その瞬間。
姫芽の後ろから現れた何かが、玄花の身体を大きく吹き飛ばした。
壁へと吹き飛んだ玄花は、そのまま砂埃の中に姿を消してしまった。
「・・・え?」
「玄花さん!!」
「北条!」
目の前で玄花が吹き飛ばされ、呆然とする姫芽。
今、確かに何もいなかったはずの瓜生姫芽の後ろから、何かが・・・!
改めて見ると、そこには巨大な甲冑姿の騎士のような者が、槍と盾を携えたたずんでいた。
北条はあれに攻撃されたのか!
まずい、瓜生姫芽が攻撃を受けてしまう!
「玄花お姉さん!!」
悲痛な叫びとともに姫芽が泣き出す。
それに呼応するかのように、騎士が暴れ出した。
「なんだこいつは!」
「一体どこから・・・!?」
しかし、その騎士は姫芽を攻撃する様子はなかった。
むしろ、手あたり次第あたりのものを破壊しているかのようだ。
もしかして、罠だったのか・・・?
俺たちを油断させるための?
「ごめんなさい!ごめんなさい!私、こんなの知らなくて・・・!」
いや、あの様子だと、だましたわけではないのか?
感情をあらわにする姫芽の姿に、だまされたわけではないと悟る仁。
だが、だとするとあの騎士は一体何なんだ?
いや、考えている暇はない。
とにもかくにも、応戦しなければこちらがやられる!
「風雅 疾風!」
油断していたとはいえ、北条に一太刀浴びせられるほどの力だ。
間違いなく強敵。
操気によって風を纏い、素早く近づくが、巨大な槍によってすぐ後退を余儀なくされてしまう。
騎士の攻撃は非常に力強く、そして速かった。
攻撃の隙を見つけたかと思っても、大きな盾で攻撃がまともに通らない。
咲也に関しても、矢を番えて放つ隙すらなく、まともに戦うことすらできない状況だった。
正面から戦っても、かなわない。
この数秒で否応なく理解できてしまった。
だからこそ、アプローチするとしたら、術者と思われる瓜生姫芽しかない!
「瓜生姫芽!ここ数日でなにかしたか!?」
「あーー!!」
この騎士の正体を探るため、姫芽へと声をかけるが、優しくしてくれた玄花を攻撃してしまったことに強くショックを受けているらしく、泣き続けている。
だめだ。今のままでは、まともに会話ができない・・・!
なおも続く槍の攻撃を必死にいなす。
薙ぎ払いや叩きつけなんかは、正面から受けたら衝撃に耐えられずぺしゃんこになるだろう。
だがこれほどの力を、この少女が生まれつき、無意識に持っているなんてことがあり得るのだろうか。
本人はこんな力があることを知らなかった様子だ。
もしかするとつい最近、天使ないしは瓜生皐月によって、本人の知らぬ場所で与えられた力なのではないだろうか。
「仁!どうする!?」
「今考えてる!!」
まずいな・・・。
咲也は、俺とは違って相手の攻撃を受け止めることができる魔装じゃない。
ステップでなんとか避けてはいるものの、あの戦い方では体力の消耗が激しすぎる。
先に倒れるのはまず間違いなく咲也だろう。
急いで策を練らなければ・・・。
そう焦れば焦るほど、頭の中が真っ白になる。
ちくしょう!
純と約束しただろうが、咲也は俺たちが支えればいいと。
咲也はこんなとこでやられていいたまじゃない。
どうしたら瓜生姫芽の気を引ける?
あの騎士のせいでまともに近づけないってのに・・・!